第2章23話 「誓いの眼差し(前編)」
トイレのドアを通じた理由は邪魔されないことだったが
こうしてみると中々に不衛生ではないか?と慶は考える。
そして次からは自室を出入り口にしよう、そう口の中で呟き
ドアを捻り狭間の世界から現実へ、由理のいる世界へと帰還する。
個人的には数時間いた気分だがまだ1分1秒も経っていないと考えると
いつか骨が折れるんじゃないかと思うくらいの時差ボケをかましてしまう。
確かツキネのいる世界に来る前は夜だったはずだ。
夜の0時は過ぎている。
慶はすたすたと音を経て由理のいる寝室へと赴く。
寝室は確かここだった…はず。
はず、と疑ってしまうのはどうしても和風家屋に慣れてないからだった。
とは言え実家はこうだから慣れるも慣れないのも無いのだが。
寝室の前、襖に立ち開けるとそこには夜の庭を見つめる由理の姿だった。
「わぁっ!早いね…」
そう驚く由理に慶は笑って由理の横に座りながら
そうか?と呟く。
由理はそうだよ~と話しながら夜空にかかる星々と満月を眺めて
はぁと溜め息のようなものを吐く。
慶は不思議そうにどうした?と心配そうにもとれる声でかけると
「いいや~…綺麗だなぁって見てたら何か眠れなくなっちゃってさ。
ねね、慶。あなたは夜何を考えて寝てたかな?」
「何を…?」
「ああ、ごめん。
言葉の綾だね。
えーっと…夜眠る前に何かしてたかな?
何でもいい!本を読んでたーとか、
家族と話してたーとかさ。」
最期に言った言葉に違和を感じつつ
慶は言われたことを頭の中で考える。
何をしてたか。何を…。……。
「何だったのかな…」
「―え?」
「え?ああ、いいや。
特に覚えてないから分からないかな」
嘘だ。
俺は転生した状態で今の自分に成り代わっている。
でも何でだろう?
転生したとはいえ同じ"山城慶"なはずだ。
どうも転生する前の記憶はあるのに夜何をしていたか、
その記憶には曖昧なものしか頭には浮かんでこなかった。
そして慶が悩んでいるのを見兼ねたのか由理は話し出す。
「―私はいっつも何かの景色を見てたかな。
でも春も夏も秋も冬も…何かの景色を見ては寝てた思い出がある。
……ねぇ、慶?今思えば私あなたのこと知ってた気がするんだ。」
「え?知ってた?」
「うん。いつの日かは分からないんだけど…
でも思い違いかなぁ…だって私知らないもの。
今のいる世界の外がどんなものなのかってさ。」
この世界での由理は外の世界を知らない。
幼少期から家を継いでおり今の今まで箱入り娘のように
実家より遠くには出てはいないそうだった。
テレビや雑誌といった開放的な娯楽はなく食事もすべてが
和食で統一されているという。
確かに陰陽道の実家でもそういった娯楽用品を見かけることは
なかったなぁと慶は由理の話を聴きつつ考えた。
「…ねぇ」
「ん、どうした?」
すると由理は慶を見つめる。
その瞳は訝しむような目だった。
それに慶は少し身構えるも由理はそれすらも見抜いたようだった。
「慶と私はあのときが初対面だと思う。
でもあのとき朧気に見た夢が正夢かもしれないし
もしかすると過去にあったのかもしれない。
ねぇ慶…私は"何人目"?」
その言葉に息を呑みかけて驚く慶。
―――まさか…知ってる?
そう考えたがいやいやそうではないと、その考えを振り切る。
そしてばれないように深呼吸をして由理の問いに質問で返す。
「何が何人目なんだ?
恋愛とかなら勿論由理が初めてだぞ?」
「本当?でもどうしてなんでこんなに涙があふれるの?
だってだって私の中に記憶に慶と関わってるまた別の私が
いるんだよ?!ねぇ慶…私は…私は!!!」
「―由理!!」
一喝。
その声に由理は正気を取り戻しまた
慶は由理の謎の記憶から掬い上げた。
どうして思い出したのか、あるいはどうして知っているのか。
それは慶にとっては明るい真実であり過去だ。
でもこの世界の由理にとってそれは違う由理の記憶なはずだし
今は話すべきでもこれ以降も話すこともない。
混乱は避けなくちゃいけない。
でもどうしてか慶には謎の想いに駆られたままだった。
「取り敢えず落ち着こう。
きっとそれは何かの夢だ。」
「…夢…本当に…?」
「ああ。」
本当にのあとに"信じても良いのか?"という声を聴いた気がする。
そんなことを頭の隅で考えながら慶は由理を落ち着かせる。
すると由理はそうか、夢だったんだね。
と安堵したような顔で俯きながらも慶を一瞥し立ち上がる。
それに少し困惑気味の慶の手を由理は掴む。
「目…覚めちゃった。
一本やってくれない?」
由理に連れてこられた場所は道場だった。
夜の道場は青白い空気と光に包まれていた。
…孕子。ふと何故か扉からひょこっと出す
狐耳の少女のことが頭によぎる。
多分それは由理のさっきの一言に自分が答え合わせのように
記憶を重ねたせいだろう。
由理は竹刀を握るとそれを慶に渡す。
「一本試合…やってくれないかな?」
「一本試合って…何で急にまた……――っ!」
フッと風を切らした竹刀を慶に突き刺すように
向ける由理の目は真剣な眼差しだった。
さっきまでの疑念の顔に続いた顔のようなもので
慶本人からはそれがとても凶器のようなものに似ていると
そう感じるしかないほどだった。
…確かめている?いや試そうとしている?
多分先の会話は誤魔化しきれてなかったようだった。
「正直…酒呑童子様の見よう見まねだから本物の剣術には劣る。
でも絶対手を抜かないで。
陰陽道大将として本気で私を反百鬼夜行大将の首を狙って。
本気でやるなら私は慶を信じる。」
「信じるってなんでそんなこと…」
すると由理は慶に竹刀を向ける姿勢を取りながら構え見つめる。
「さっきの慶の目…あれは人が嘘をつくときの目だよ。
私には分かる。だから今すぐ竹刀を持って戦って。」
「…やらなかったら?」
「竹刀を真剣に変えて私から行く。」
瞳の色は本気だった。
狩る者の目。
正直怖い。
慶はどうしようか迷うような雰囲気で目を逸らす。
だがすぐに由理はそれを感じ取る。
「……山城慶、逃げる気なら竹刀を置いて!
私は本気、本気であなたを信じるから…
…どうか逃げないで私に信じさせて。
あなたが何を抱えているかなんて今は聞かない。
でもそれをするために私を信じさせて。
女だからじゃない。
私はあなたの愛する者として本気であなたと
ぶつかって信じるわ。だからお願い。
―――本気になって考えないと何も始まらないのよ!!」
「……。
……本気になって考えないと何も始まらない…か。」
慶は今の一言で何かから目を覚ました様子だった。
深いまどろみの淵から抜け出したかのような…そんな。
そして慶はふぅと深呼吸して目の前の愛する者を見つめる。
「分かった、本気でやろう。
……この姿はあまり見せたくなかったけど
由理も本気になって真剣に考えてるんだもんな。
……なら行くぞ。」
二人は竹刀を構えた。




