第1章6話 「由理の状況と世界構造」
何もかもが急すぎる中、香山は呟く。
慶も確かに早すぎないか…?と考えていたその刹那だった。
とは言えその応えは慶の予想とは違った。
「あのう………1つ良いですか?」
『ああ。』
と銀次郎が応答する。
「話が見えません………あと、別に敬語
じゃなくていいですよ。」
と香山は落ち着いた声でそう呟いた。
場の空気が呆れと安堵に見舞われた雰囲気になると
銀次郎は話し始める。
『あーえと………じゃあ何て呼べばいいかな?』
「香山か、由理でいいですよ。
こだわりはないので。」
どうしてこんなに落ち着いているのか、そんな疑問は
消え失せた慶は銀次郎から幼少期に何度も聞いたそれを聴く。
それこそ由理が来なければいけない理由なのだが。
『じゃあ由理さん
この場にいる君を除いた3人だけど
僕たちは妖怪のいる怪村に住んでいる―』
そう銀次郎は話し始める。
由理が侵されているもの、いやこの場合は由理を侵しているものか。
妖怪の世界…とは甚だしいが普段の人間のいる世界とは違う環境において
目には見えない、だがそれを感じることのできる妖気というものが存在する。
どこからか視線を感じる、気配がするといった霊気ではない
また違う別の気のことだ。
古くからもしくは幼いときから妖気に馴れていれば
別に問題といったものはない。
だがそれは馴れていればの話だった。
妖気…それは結局のところ一種の病気みたいなものだった。
目に見える見えないというものではなく
ただそれが子供のころから罹っているもの。
風邪と少し似たようなものだろう。
『で、その病気を治すためには
小さいころからその場の空気を吸って吐いて
免疫をつけなくちゃならない。
…ここまでは大丈夫?』
とするっと九つの尾を持つ狐から
銀髪の青年に戻るとそう由理に尋ねる。
まぁその方が喋りやすいと考えがまとまったのだろう。
慶もまたそれに頭を傾げる必要を失くし話に耳を傾ける。
由理も渋々了解したのを見て銀次郎はまた話し始めた。
「今の由理さんが危ないといったのは
まさに今の状態のことなんだよ。
一切免疫も抗体も持っていない病気に罹ったら
少なからず苦しいというのはある。
でもそれが未知の病で治す方法は知っていても、
症状が謎だったら方法は知りたいじゃん?」
「つまり?」
「由理さんは妖怪でもその怪村にいるわけでもないのに
何故か"妖気がついて回っている状態"なんだよ。
僕たちの役目はそれは払うこと。
とは言ってももっと別のことが目的でここにいるんだけれど…
でもこれとそれは別問題として片付ける必要がある。
でないと生きることよりもっと恐ろしいことが起こるからだ。
…選択は君に任せられている。
諦めるのであれば今ここで僕が君を殺すだろう。
何が起こるかがわからないんだ…特に常人に妖気がついている
状態はね。陰陽師…ではないのは分かったけれどだったら尚更だ。
…それにあのときみたいな同じことをすることはしたくない。」
そう締めくくると銀次郎は意味ありげに
ため息をつきながら呟く。
「…頼むから危険因子…でなくてほしいけれど
それは君には分からないか。」
銀次郎の言葉にまた由理は心と言葉を固まらせる。
自分が長生きするためにはこの人たちについていくこと。
でも諦めるならばすなわち死。
どうしてこんなにも運命が早いのかがまるで謎だが
その分意思決定は早かった。
「私…諦めたくないです。
わたし…!生きたいです!」
「後悔は?」
「ありません。私は家族も身寄りもほとんどいません。
だからこの命が無駄になるならないは自分自身が
決めなくちゃならない!ならそう決めたいです!」
その言葉に銀次郎はふっと笑うと
了解した、と今後の話を進めるのであった。
・
「あの最後に良いですか?」
今後の一通りの説明を受け香山は呟く。
それに対して銀次郎は椅子に座りながら
話の最中に汲んだコーヒーを片手に吸い応える。
「ん?何かな」
「はじめ話した際に言っていた
"あのときみたいな同じことをすることはしたくない"
の意味を知りたくて…」
それを言うと明らかな表情で銀次郎はコーヒーを啜り飲み干し
カップを置いて話を始めた。
「"天使は少女に恋をする"
これを話すと世界観がややこしくなるけど良いかな?
まぁ答えを聞く気はないのだけれど…この今いる世界の世界観として
僕たち妖怪は3つの世界があると語り継がれている。
正確には4つなのだけれど…
天界、魔界、そして僕たち妖怪と人間のいる常界。
これら合わせて3つの平衡世界。
そして一部の妖怪しか知らない謎に包まれた狭間の世界。
この4つの区分に世界は分かれていると
妖怪は古くから知ってるし信じてる。」
ここからは長いからと慶に
目配せをすると呆れたように香山の前に座る。
由理は不思議そうに俺を見つめる。
それに俺はあー…と一間を置いて話し始めた。
「俺でもこの世界観を信じたのはつい最近なんだが…」
ある事件が起こったんだ。
天界のある一人の天使が常界のいる少女に恋をしてしまった。
天界魔界…妖怪も信じていない者もいるのだけど
それには訳があって天界魔界そして常界。
この3つは平衡を保つためにもお互いが干渉しないようにしていたんだ。
それは恋愛とか事件事故その類も同じで、
干渉すれば何か起こるからと危惧していたからなんだ。
天使は天界の忠告を無視して恋をした少女にまっしぐら。
しかしここである問題が起こる。
天使は一人自力で常界には行けないのだと知る。
少女と会ったのは天使が大勢で
俺ら人間、妖怪の動向を監視しに行った際のものだった。
天使の誇りである翼を隠し人間と触れ合い監視を続ける。
そのときに…なんだろうな。
人間という少女にその天使は恋をしてしまったのだ、と。
天使は悩んだ。悩み悩み苦悩の末、すべてをその少女に打ち明けた。
「え?なんで少女と会えたの?」
「ああ、それな。
それは…それだけ分かってないんだよ。」
驚く香山をなだめると銀次郎は俺の言葉の続きを語る。
「天界の天使と僕ら百鬼夜行の妖怪たちが会議をしたんだ。
なんでも天界魔界の監視を潜ったからって。
で最後の討論で可決したのが謎の世界、狭間の世界の介入なのでは?って。
天界魔界がましてや常界の僕たちが…平衡する平和な世界を
わざわざ崩すために色沙汰なんて起こすかってね。」
「と…言いますと?」
簡潔的に言おう、と慶はその答えを先ほどの話の続きを
するようにしゃべり始めた。
打ち明けた天使と打ち明けられた少女は一緒に繋がり
また逃亡することを望んだ。
憶測だが逃亡しようと決めた場所は狭間の世界のことだろう。
その世界に逃亡しようと決め行動を始めた天使と少女だが
その騒動に魔界が参入。
天使ではなく逃亡を決めた少女を…
…鎌や槍で串刺しに残虐にも天使の目の前で殺した。
天使は呟く、まるで自分が殺したみたいじゃないか。
自分が死神みたいじゃないか、と。
その後さっき言った会議で
天使は二度と天界にいられることはなく
誇りである羽をもがれて
「人間へと移り変わった。」
「え……じゃあその天使さんは生きているってこと…?!」
ああ、と呟く慶は話す。
「あくまでもその元天使は暴動を起こさせないためにも
その少女と関わった記憶全てを消したがな。
消したというより塗り替えた、か。
この行いは天竜八部衆である乾闥婆様が行った。」
へぇと感心する香山は思う。
(じゃあ私もそうならないように
行動しなくちゃいけないんだ。)
話し終える慶は思う。
(…"すべてが嘘であり真実ではない"…か、よく言ったもんだ。
あのとき親父が言った言葉…あれが本当なら真実は―――?)
いくつかの思惑が重なりながらその後は銀次郎の
声掛けによって終いとなる。
お開きになった会議で夜危ないからと銀次郎が言い、
村ではない拠点として住んでいる
山城の家に香山は泊まることとなったのだった。