第1章37話 「避難」
「お前と話すのは久々だな紗々よ」
「そういう緊那羅さまもお変わりないようですね」
と茶化すように笑う紗々に緊那羅は
歳はとったがな、と呟く。
紗々は前述通りこの世界の妖怪ではない。
みんなが今は口々に言う狭間の世界出身である。
とある事情であの"ツキネ"に拾われそして
常界の百鬼夜行、峰崎家に拾われた。
当時の峰崎家当主、峰崎榛は紗々を
養子として迎い入れた。
偶然にも吸血鬼一家であったがため紗々は歓迎された。
紗々は自分の場所を手に入れたのである。
「昔のことを思えばお前はとても無邪気に笑う
活気のある子じゃったなぁ」
「今も!ですよ?
力もありますし、元気ですし?」
「元気か?はあ…お前それを言うために来たんではないだろう?
昔から…目を見ればわかる。何を怯えている?」
無言になる紗々。
昔から変わらないな…と思いつつ緊那羅は言う。
「昔からお前は何かを迷ったとき、
下を向いて無口になる…どうしたと言うんだ?」
「お願いが…あるんです。」
・
「戦いに関係の無い者を追い出す?」
紗々は緊那羅との面会の後
銀次郎を呼び出しそのようなことを言うと
反復しながら半分驚き答えた。
「ああ、緊那羅さまにそう伝えてな。
孕子も含んでいる、ということも伝えるために
こう呼び出したというわけだ。」
「ああ…ありがとうございます。
でも、それだけじゃないですよね?
それだけだったら…急いでるんですが?」
と壁際に立ち、去ろうとする銀次郎を
特に焦りもせず紗々は止める。
「まあ落ち着け落ち着け。
…ならば単刀直入に言おう。
北園詩織はどうした?」
ダンッと銀次郎は壁に向かって左拳を当てる。
眼は見開き歯は食いしばっている。
何かあったんだな、と紗々は呟いた。
「……あんたはその先を聞く妖怪か?」
「いや敢えて聞かないでおこう。
話は変わるがお前、鬼の蹄で一度
蘇ってるそうじゃないか。
最近聞いた話なのだが…鬼の蹄で
生き返った場合どうなるか
お前は完全に理解したか?」
「…?あんたは…ツキネを知ってるたちか…?」
「そうだな―」
と呟くや否や銀次郎は紗々の首を掴み
へし折るように力を強める。
手には血管が浮かび上がり目は赤く、
形相もまた慶以上に鬼のように歪めていく。
「―まぁまぁ話を聞け。」
その首、姿はたくさんのコウモリに変わり
そして銀次郎の後ろにそれは集まる。
「おやまぁ…これは…」
と紗々は銀次郎の白い長爪の攻撃を
ひらりひらりとかわしながら目を見る。
目は狐の妖怪には見られないどす黒い色をしていた。
(…完全に操られているな…しかし。)
「お前に何が起きた?
それともこの質問は無粋だったかな?」
紗々は避けつつそう言う。
すると銀次郎の身体がすっといなくなる。
文字通りすっと、身体が速く動いたのだ。
驚き感嘆するような素振りを見せながら
ただの神速か。と思いながら次の攻撃を受け止め
廊下側の庭へと叩き落とすとそれでも尚、
向かい攻撃するのを見て
紗々は諦め彼を呼ぶ。
「ディオミス」
銀次郎の身体がぴたりと止まる。
ディオミスがすでに張った糸で
押さえつけているのだ。
押さえつけている、というよりはか
関節を止めると言ったところだろう。
ディオミスは嘲笑しながら銀次郎の目と
自分の目をほんの数センチまで近付ける。
「アナスタオシス、あなたに逃げ場はもうない。
今夜…ゆっくりと休むがいいでしょうねぇ…永劫に。」
最後の3文字にはかなりの悪意と
憎しみが込められていると紗々は思う。
そしてディオミスはそのまま銀次郎に
かけられた呪いとも言うべき洗脳を解いた。
すると解かれたことでだらっと身体はよろける。
止めていた糸もほとんど絡まった状態だ。
今までピシッとしていたがため糸は
頑丈に行動を止めていた。
しかし絡まったとなれば話は別。
完全に力を抜いた証拠だ。
「ふぅ」
とディオミスもまた力を抜き銀次郎の拘束を解く。
ディオミスはそのまま銀次郎を背に紗々になおる。
「さて、お次はあの男へと向かいましょ―」
コクリと頷きディオミスに近寄った
紗々の身体に血飛沫がかかる。
ディオミスの背にいるその白銀の狐は
先程とは違う剣幕で、持っていた短刀で
ディオミスの身体を突き刺しそしてそのまま
上下斜めに抉るようにして、また目の前の
紗々に血飛沫がかかるくらいの具合で傷つける。
白銀の青年は紅く色付いていたがお構いなしに
ディオミスの背を蹴り下ろし
紗々に被せる。
「やっぱテメェらが関与してんのかよ」
そう呟くと銀次郎はまた言う。
「全部全部。
テメェらが関わったから…こんなことに
なってるんだろうがッ!」
短刀ではなく懐に締まっていた
もう一本の長刀で二人を突き刺そうと振り上げる。
紗々は動かない。
力はある、先程のようなコウモリに
化けてしまえば一人助かる。
しかしまず避ける意味がないと悟ったからである。
「坂崎銀次郎さん、
あなたは不老不死を信じますか?」
そう紗々に跨がる男は振り下ろした
長刀を振り向きもせず右手で受け止める。
右手で握り締めながらパキッと刀身を折ると
銀次郎はすぐさま後ろに下がるが。
「どこに行くというのですか?
まだ説明もし終わっていませんよ?」
とその後ろも取られ銀次郎は神速を使おうとするも、
すぐに追いつかれ終いには
「こんなにも遅い神速を見たのは初めてですね」
と銀次郎よりも速い神速で頭を掴まれ
そのまま床に叩きつけられた。
もうディオミスからも紗々からも余裕が無くなっている。
これ以上事態を遅らせた場合のことを
考えたとき構っている暇が無いと判断したからである。
「ディオミス、記憶を“追体験”しろ。
私は最終準備をはじめる。」
「待て…あんた…ら最終準備って…!」
「かしこまりました。
―最終準備は最終準備ですよ?銀次郎さん。
私たちはこれからアナスタオシスを殺しに
行かなければなりません。
ですからあなたとのお戯れももう終わりです。
まぁただし…“追体験”してからですがね。」
とディオミスは銀次郎の頭を
掴みながら何かを唱える。
唱えられた銀次郎は頭を両手で
掴みながら喘ぎ叫ぶ。
こうして銀次郎は満月となった夜に手を
伸ばしながらも気絶するのであった。




