第1章36話 「早まる足音」
会合はすぐに終わった。
また美世や孕子の姿がないことを銀次郎に尋ねると
戦闘に参加する者のみの会合らしい。
そしてその二人、美世と孕子は今回の争いを機に
幹部としての職務をやめ関与しない立場となるそうだ。
会議の内容としてはどのような戦略で相手を責めるか、
どう攻略するかといったところだ。
黒服でまた仮面をつけながら会議する俺の姿は
まさに異色だったが銀次郎同様に慶は
その会議を詳しく聞いていたわけではない。
(なぜこんな大事な時に総大将はいないのか)
大事な場面ではいつも自ら行動していたはずだ。
何に言われようとも銀次郎をなくして俺が久々に目覚めたときも
あの妖怪は真っ先に行動し俺に恩を売ってくれた。
復讐という契機をあの方は売ってくれた。
なのにいきなりどうして…疑問はこれだけじゃない。
百鬼夜行と陰陽道は長きに渡り冷戦状態にあった。
戦えば必ず妖怪と陰陽師だけの話ではなくなるからだ。
だからこそ百鬼夜行は反鬼を抑えつつ陰陽道との戦いを
しないようにしていた。
それなのに今まで沈黙していた妖怪総大将自らが発起したのだ。
そしてその質問を遠ざけるように総大将は欠席。
しかしそれを頭では分かっていても誰一人問おうとはしない。
主観的に見て不思議な光景であった。
『…はそう…と…?』
『ええ…で……を』
会合終わり、慶はいつの間にかいなくなった銀次郎を探しに行ったのだが
そこで思わぬ妖怪と出くわす。誰かと話しているようだったが
すぐこちらに気付くと紺色の袴のような浴衣のような
そんな中性的な服装で挨拶をしてきた。
「!……慶くん?」
「ご無沙汰しています、紗々さん」
峰崎美世の母、峰崎紗々の姿がそこにはあった。
紗々さんは美世の髪のような綺麗な桃色のような髪色ではなく
白銀を連想する灰色の髪で短髪。身長は平均的な160くらいだ。
「えと…そちらは……?」
「ああ、こっちは私の古くからの友人さ。」
と気さくに眉を上げてニシシと笑いながら
その横の好青年のような人を紹介するように肩を叩く。
すらりと高い身長に黒縁のメガネをしている。
「…紗々さん痛いですよ」
「良いじゃないか!別に気にしなくてもいいだろう?
どうせ私がしたことはそっちの主にこのことは笑って
過ごせるくらいの余裕があるんだしね」
と常に敬語のような口調で話す男に紗々さんも
また話が見えないような内容で話しかける。
「えと…であなたは?」
「ああ、すみません。
私の名前は…ディオミス。
紗々さんとは…旧友という立場になるでしょうか。」
ディオミスさんはそう呟いた。
紗々さんの話によると仕事のために来てもらったのだとか。
とディオミスさんは紗々に何かしらの刀を渡す。
紗々さんは感嘆しながら懐にしまうと。
「で慶くん、美世ちゃんは美味しかったかな?」
え。
と驚く慶をよそにディオミスさんもほう…と呟く。
紗々さんを恐る恐る見る慶の眼にはそれは恐ろしく
ニヤニヤとゲスい顔で見ている。
どうやら紗々さんはこっちに来た際にそのまま自分の娘に
会いに行ったそうだ。
そこでどうやら慶とのすれ違いで布団の中で寝ていた裸の美世を見て
何があったのかを察知した模様、そして起きた美世の口から真実が語られ。
「慶くんが美世と結ばれたってね。
やるじゃないか…自分の娘に手を出すなんて…ねぇ?」
「…それは…」
「さらにこの戦いが終わればプロポーズすると来たもんだ!
…咎める気はないよ山城慶?私は嬉しいだけだよ。
好きな人と結婚できるってすごいことじゃないか。
美世しかり、な?…だから死ぬなよ?何があっても」
と紗々さんは美世との婚姻の話を嬉々として了承した。
一時はどうなることかと思ったが少し安堵した慶はそのまま
銀次郎を探しに二人に会釈して別れたのだった。
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「で、よろしいのです?
戦場に出るな、とお止めしなくて。」
ディオミスは別れた鬼の後ろ姿を見送りつつ
そう紗々に呟く。紗々もまたそれに返した。
「どうにしろ…今の総大将にこの刀を突き刺さなければ
戦況もこれからも変わらないさ。
…来るのか?お前も。」
とディオミスに懐の日本刀に近い長刀を見せる。
渡された刀の刀身が青く煌びやかに輝きを放っている。
ディオミスはそれを見るとただただ静かに。
「ツキネ様にはそうしろと仰せつかっております。
万が一の時は私がお相手するようにと。」
「万が一…か。
しかしお前はあの男に一杯食わせられているのだろう?
そのような者が私と同様に力を出せるとでも?
……青龍刀、これは斬った者の存在をどの世界の線からも
消すことのできる唯一の対抗策だ。
だが使い道を誤れば自分が無くなりかねない。」
「しかしあなたも同様、あの男には勝てない。
だからこそあなたはその刀で自分の夫を斬り殺してしまった。」
紗々はディオミスにつかみ掛かる。
事実だ、だがそれ以上は言ってはならないと
紗々はディオミスに獲物を狩る目をして睨む。
ディオミスはそれを見るとため息を漏らしながら
つかみ掛かる手をどける。
「事実は事実、だからこそあの男は今も生きている。
あの世界で鬼の蹄で殺しておけばどうにもならなかったものを。
ツキネ様に"終焉"を行わせてまで追放させたものを。
…今度は常界で青龍刀で斬らねばならない?
馬鹿馬鹿しい、だから私は人間も妖怪も嫌いなのですよ。」
とディオミスは同じような目で紗々を睨む。
紗々も睨みながらやがて話題を変える。
「それはそうと…いつまで天谷柚子を預からなくちゃいけないの?
早く公に出して葬式を執り行わないと可哀想だわ。
妖怪とはいえど、あなたが嫌いだとはいえど
彼女は立派な被害者よ、あの男の行動のね。
それに対して怪しいと睨んでる者もいるけれど
ほとんど力で抑えつけられてる。
……それとも公に出したらまずいことになるかしら?」
「公に出せば必ずあなたが疑われる。
確かにあの男に勝てないかもしれないが青龍刀を
扱えるのはあなたしかいない。
それとも山城慶に任せますか?」
紗々の眉が上がる。
「どうしてそこに彼が出てくのかしら?
ツキネのお気に入りになったかしら?」
「鬼の蹄の現所有者ですよ彼は。
あの黒姿の中にあるのを目でも確認しましたし、
何よりあの刀のせいで鬼になってしまった
といっても過言ではない。」
それを聞いて驚く紗々。
鬼の蹄は所有者を選ぶ刀だ。
なのに選ばれたということは紗々同様に
青龍刀を扱える身となる。
「そう…そうね。
…じゃあこうしましょう。
今日の夜、総大将に変装しているあの男。
アナスタシオスを襲撃する。
そしてもし万が一私が死んだとき。
ディオミス、あなたは引き返して
青龍刀を山城慶に渡してちょうだい。」
そう呟くとはっきりとディオミスは言う。
「はい、かしこまりました。」
朝であった日はいつの間にか
暗い曇天へと変わる。
……長い夜が始まろうとしていた。




