プロローグ
ぼくが何故万引きに手を染めたか、と言われれば、恐らくぼくは楽しいから、と答えるだろう。どうやって陳列棚から菓子パンを抜き取るか、どうすればバレずに懐に押し込めるか、どうやって店から退出するか。盗むまでの一連の流れを工夫する努力、そして盗んだ後に得られる達成感、形容しがたい高揚感が、ぼくを虜にしているのだ。
ぼくにとって万引きは唯一の趣味であり、スポーツでもある。マラソン選手や登山家は、酸素が不足すると恐怖感が薄れ、異常な興奮に体を支配されることが多々あるという。クライマーズ・ハイや、ランナーズ・ハイと呼ばれるものだ。それがぼくの感じる高揚感と同じかは知らないが、そういう線引きで考えると、万引きも一種のスポーツと言えないだろうか。
そのようなことを、ぼくは同じ犯罪仲間のケンジに話した。
「まあ、その高揚感は確かに何物にも替え難いな」
そう言ってケンジは先程置き引きしてきたハンドバッグから財布を抜き取る。どうやらアタリらしい、高級そうな革財布だ。
「だが、スポーツってのは流石に無茶苦茶じゃないか」
「冗談だよ。でも、射撃だってスポーツになってる訳だし」
「俺はお前がどこまで冗談で言っているのか分からないよ」
失礼だな、とぼくは少し腹を立てる。ぼくだって分別のある健康的一般人だ。万引きの常習犯ではあるけれど、最低限の道徳は持っているつもりだ。
ぼくは鞄に詰めてある万引きした商品の中から、チョコレート菓子を選んで封を切った。
「それに、お前が万引きを始めた理由は、そんなことじゃないだろう」
ケンジがぼくのチョコレートを羨ましそうに見つめながら言った。
「まあね。本当はドンキーのおかげ」
「だろうな。まあ俺もだけど」
「あの人がいなかったら、ぼくはどうなっていただろう」
「なんの刺激もない青春を謳歌してたんじゃないか」
そうかもしれない。
ドンキーがぼくらの犯罪の才能を見出してくれなかったら、きっとぼくは何色にも染まっていない高校生活を過ごしていただろう。そういう意味では、きっとぼくらは犯罪に救われている。
「ケンジは今をどう思う」
「どうって」
「今の犯罪に塗れた生活を」
それなら、とケンジは快活に笑う。
「楽しいよ。毎日が刺激的だ」
「ぼくもそう思う」
ぼくは破顔した。きっと誰かが見たら、満面の笑みと形容するような笑顔だ。
刺激と興奮が入り混じった、犯罪に塗れた毎日。スリルと高揚感を求め、日々盗みを働く。
これがぼくたちの生きる青春だ。きっとこれはあまり人には理解してもらえないけれど、ぼくはこれが最高に楽しくて仕方が無い。
それじゃあ行くか、と言ってケンジがぼくを見る。
ぼくは頷いて、残りのチョコレート菓子を口に突っ込んだ。
アカウント持ってたんですけど、メアドとパスワード忘れたんで改めて始めました
ぼちぼちマイペースに更新していくので、よろしくお願いたします