パンジーの香りがした
一応カテゴリは文学にしましたがこれが文学?と思わせてしまいましたらすみません。
パンジーの香りがした
かつて愛した人がいた。狂おしいほどに、切ないほどに愛した人がいた。彼女はいつか何処かで会うようなそんな気配のする女性だった。だから初めて目にして相見えた時私は初めましてではなく「やぁ。」稚児の友人のようにさりげなく、はたから見ればさぞかし滑稽かつ当惑を孕んだ第一声だっただろうに。
彼女は優しく微笑み「やぁ。」返しのだ。
どうした事か私の心と頭は彼女に埋め尽くされていった。一緒に歩く小道が、ふと香るパンジーの香りが今もなお色濃く鮮明に蘇る。パンジーの香りは知らないが、彼女といつも歩く道に植わったパンジーがとても綺麗だったから、きっとあれはパンジーの香りなのだろう。どこまで続くのだろうか、終わりなく続くかのような心地よい暖かさに包まれた私と彼女の道は突然別れることとなった。朝私が起きた時彼女は未だ床についたままだった。珍しい事もあるものだと白髪は混じってきたがいまなお美しい彼女髪を優しくひとつ梳き何十年かぶりとなる朝餉の準備へと私は台所に向かった。
子はいなかった。息子も娘も独り立ちし今では子を持つ親だ。孫が産まれてもそこらの爺さんのように馬鹿にはなるまいと思っていたがこれが愛おしくてたまらない。彼らの笑顔が絶える事のない生を送ってもらいたい、そう心から思った。いつからか孫も我が家への足が遠くなった。みないっぱしの大人となって会社に追われる日々だ、今の就職難の社会では辛かろうと思っていたが思いの外充実しているという報を先日息子たちから聞いた。嬉しい限りだ。
ふと気がつけばグリルから黒い煙が漏れていた。しまった。物思いにふけりすぎたか。急ぎ火を消し開けてみるがそこには見るも無残な元鯵の開きが忌々しく鎮座するのみであった。仕方がない、おかずは一品減ってしまったが食も細くなってきた事もあるしこれはこれで良いだろうと思い直す事にした。
配膳を終えあとは米をよそうのみにし彼女を呼びに寝室へと向かった。
彼女は綺麗だ。見目も麗しいが何よりも心の在り方が誰よりも美しかった。まさに瀟洒という言葉が似合う女性なのだ。改めてそう感じ世の男への優越感に浸る。
彼女が居なくなってからどれくらい経ったのだろうか。恐らく実際の時間としては三年弱といったところだろう。私の心は三年弱のうちにここまですり減ったのか。歳を老いた事に加えてこれでは心身ともにボロボロの爺さんと誰もが言うだろう。若い頃に買っていた小説を読み直してはいるがいかんせん頭に入ってこない。文字の羅列、黒い点々、線、一面黒の何か。徐々に変わっていくのは老眼や本が不良品という訳ではないだろう。少し眠ろう。目を瞑って、また起きたら、墓参りにでも。
パンジーの香りがした。完