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若干グロい描写がありますので、苦手な方は前半を読まないようお気を付け下さい

 ゴブリンの剣が迫ってくると、ただ事実を受け止めて生を諦めたと言うのに、本能的な死への恐怖なのか、自分でもわからないうちに目を閉じて、左腕を我武者羅に前へ突き出していた。

 落ち着いて考えれば、そんな、手を前に出すだけで剣を防ぐなんてできはしないことはすぐにわかるはずだって言うのに、ただ前に突き出しただけだ。

 目を閉じてしまえば迫りくるゴブリンの姿を見ることが出来ない。しかし、ほんの一瞬後には剣で斬られた衝撃が襲い掛かってくるはずだ。

 1秒、2秒と時間が過ぎるが、剣で斬られる衝撃はいつまでも襲ってこない。と言うか、金属同士がぶつかるような高い音が聞こえたほかは、さっきまでの戦闘音以外には真新しい音もない。

 体をこわばらせ、痛みに襲われるのをびくびくと待ち続けていても一向に変化がないのだ。

 不思議に思ってゆっくりと目を開けてみれば視界に飛び込んできたのは、半透明でオレンジ色の壁みたいなものと、それに阻まれつつも何とか俺に近づこうとするゴブリンの姿だった。

 これは……JTフィールド!? JTフィールドがある限り、俺には近づくことができない。

 タバコの煙さえ阻むこの壁には、誰も近づくことなんてできないのだ。これは、嫌煙家が煙を阻む心の壁だ。まさか俺にもこれを使う素養があるなんて……って、んなわけないか。

 元ネタ通りの展開になったらこの後バリアが無理やり引きちぎられて、俺がやられちゃうし。

 冗談はさておき、状況が全く理解できない。何が起きたのか確かめるためにあたりを見回してみると、半ばから折れた剣が地面に転がっているじゃないか。

 グスタフとルーアもゴブリンを相手取ってはいるけど、しきりに驚いた表情でこちらへ視線を向けている。2人の表情を見る限り、普通に出来ることじゃないっぽいよな。

 っと、考え込んでる場合じゃない。数は少なくなったけどまだゴブリンは残ってるんだ。

 戦いに戻ろうと慌てて目の前の邪魔なゴブリンの頭を掴み、そのままどかそうとして横方向に力を込める。


「GI……GAAAA…………」


 断末魔の叫びを上げ、ゴブリンの首がブチッと引きちぎれた。青い血をふきだしながら倒れる頭のないゴブリンの死体。左手に残されたゴブリンの頭。

 なにこれ……え、マジでなにこれ……

 ちょ、グロいよ。誰かモザイクかけて、放送禁止になっちゃう。

 戦いに戻ろうとしていたのに、俺の思考は再び混乱した。

 力なんて大してこめてない。せいぜいがちょっと乱暴に横開きの扉を開けるぐらいの力加減だ。断じて生き物の体を引き裂けるような力はこめていない。だって言うのに、あまりにもあっさりとゴブリンの首はもげてしまった。

 なにこれ怖い。

 いったい俺の体はどうしてしまったんだ?

 まさかさっきの命の危機に反応して勇者の力が覚醒したか? ヘラクレス的な感じの肉体を手に入れるとかそんな感じのやつ。でも、それだとさっきのバリアが説明できないな。

 いや、三井さんの話だと、勇者の特殊能力に目覚めればそれを自分の力だと自覚できる、って言っていた。生憎と俺は、これが自分の力だとは認識できていない。個人の差ってやつか? それとも勇者の力とか関係ないのか? まったくもってわからない。

 って、だから考えるのは後だ、後。今はとにかく全員で無事に帰れるようにゴブリンを倒さないと。

 左手でつかんでいたゴブリンの頭を放り捨て、再び飛拳を放つことに集中する。

 ついさっきまでは所狭しと森の前を埋め尽くしていたゴブリンたちも、最初に比べれば大分数を減らしてまばらになっている。

 数が減るのは好ましいことなんだけど、位置がまばらになったおかげで、飛拳1回の爆発で吹き飛ばせる数は減ってしまった。まぁ、それだけこっちが優勢に戦えてるってことだろう。

 これなら威力は弱めても大丈夫か? 発射間隔を短くするほうがいいっぽいな。

 飛拳を撃つので一番時間がかかるのは貯めの時間だ。当然魔力が多ければ多いだけ威力は上がるんだろうけど、そのために時間がかかっている。

 片手で飛拳を放つまでに溜める魔力の量を今までの半分ぐらいにして、左右の拳にそれぞれ魔力を集める。右を撃ち、魔力を集めている間に左を撃つ。こうすると射程が少し短くなった。

 魔力を減らしたおかげで有効射程も短くなってしまったようなので、さっきの失敗を繰り返さないように注意しながら少しだけ前へ出る。

 近くにゴブリンがいれば優先的に飛拳で吹っ飛ばし、安全を確保してから飛拳を打ち込む場所を探すために視線を巡らせる。

 よし、左右で撃つのもこの位置なら大丈夫そうだ。射程は短くなったって1発あたりの射出時間は半分、約4秒に1発だったのが2秒ぐらいで1発撃てる。


「ガイ、あなた大丈夫だったの!?」

「ルーア、後にしろ。ガイ、悪いが当てにさせてもらうぞ。もう少しだ」

「心配ありがとさん、たぶん大丈夫だ。グスタフ、そっちは任せる」


 俺が前に出るってことは2人との距離が縮まるってことだ。俺が近づいていることに気付いたのか、2人の方から残りの距離を詰めてきた。合流すれば、前衛のグスタフもいるしさっきみたいに不意を突かれる心配はかなり減る。

 残りの数は100匹ぐらい、さっさと倒してしまおう。

 フォーメーションは自然と定まっていた。

 グスタフが前衛になり、剣を振り回して注意をひきつける。

 中衛の俺がグスタフの援護とゴブリンへの牽制。

 ルーアは後衛で、少し離れたゴブリンをまとめて吹き飛ばす。

 即席の割にはかなりいい感じだ。

 グスタフの後ろから近づこうとするやつは俺が飛拳で吹っ飛ばし、俺に近づこうとするやつは範囲魔法じゃなくてファイヤーボールみたいな単体攻撃の魔法でルーアが倒す。ルーアの方まで近づかないようにグスタフが前でひたすら暴れてゴブリンたちの注意をひきつける。

 3人でうまく連携を取れたおかげか、戦いが始まって10分ほど、俺たちにはまともな被害1つなくゴブリンたちを全滅させることに成功した。

 まさか軽く500以上いたゴブリンが10分ももたないとはなぁ……


「ふぃ~~、助かった」

「はぁ、はぁ……はぁ。な、なんとかなったわね」

「…………だな」


 俺たちはまだ生きているゴブリンがいないか最低限の警戒をしつつも、激戦を終えた解放感から自然と腰を下ろしていた。

 たかがゴブリン、されどゴブリン。

 塵も積もれば山となるをまさしく体現してくれやがったよ。


「……まさか勝てるとはな」

「あ、アーカードさん」


 いつの間にやら俺はアーカードさんよりも前に出てたみたいだ。後ろから近づいてくるアーカードさんの姿を見て俺は今更になってそんなことに気が付いた。

 最初の予定とは大幅に違った試験になってしまったけど、アーカードさんが手を出した以上は不合格なんだよな。俺はまだいいけど、グスタフとルーアは少し残念だろう。

 これだけ戦えるのに、戦闘力を測る試験で不合格になるのはちょっと規則に問題があるんじゃないのか? 普通の新人冒険者ならこの状況になれば引率の冒険者と一緒に死んでるだろうに。


「一息ついている暇はないぞ。さっさと自分の分の魔石を回収してこい」

「え?」


 あれ? 不合格だったら魔石とかあってもなくてもいいんじゃない?

 夜まで時間もないから急がなくちゃいけないのは理解できるけど……

 魔石ってやつは弱ければ体の外側に近い位置にあり、ゴブリンほど弱いと外に露出している。強い魔物ほど魔石は体の奥深い位置にあるため、魔石を取るのも大変になる。まぁ、魔石は魔物にとって心臓とも言える部位だから守るためにも体の中にあるのはわかる。けど、ゴブリンみたいに露出してるのはどうなんだろう。

 そんなことを考えながら手近にあったゴブリンの死体から魔石を手に取る。足の踏み場もないぐらいごろごろと転がっているのでわざわざ探すような手間もない。


「よし、3人とも魔石は取ったな? 街に戻ってそれをギルドに提出すれば試験は終了だ」

「不合格じゃないんですか?」

「なぜだ?」


 俺の問いに心底不思議そうな顔をして聞き返してくるアーカードさん。

 なぜも何もないでしょうに。


「なんでも何も、あんただって戦ってただろ」

「そうね。試験のルールでは、今回みたいに不測の事態でも引率の冒険者の手を借りれば不合格のはずよ」

「って言うわけです。2人の意見はもっともだと思うんですが?」

「……お前たちは何を言ってるんだ? 俺はあくまで自分の身に襲い掛かってきたゴブリンを倒しただけだ。俺はお前たちの護衛対象じゃない。自分の身を自分で守っただけなのになぜお前たちを不合格にする必要がある」

「2人はともかく俺はなんか違いません?」

「お前は状況を見て加勢に入るタイミングを計っていただけだろ? 俺は万が一、先に戦い始めた2人が危険になった時に備えるため前に出ただけだ。結果的にお前に向かうゴブリンも倒すことになったが、それは不可抗力だ」


 それでいいのかね? まぁ、試験の説明では本来この試験は街の外で魔物と戦えるかどうかを見るためのものだ。不測の事態とは言え数百匹ものゴブリンを全滅させる力があるんだからそのぐらいはサービスしてもいいってことかな?

 予想外に俺も戦えるってことはわかったし、今回は結果オーライだろう。


「わかったらさっさと街に戻るぞ。夜になって街道まで魔物が現れれば面倒だ」

「はい」

「はい」

「おう」


 アーカードさんが先頭になって行きに通った道を戻る。

 そう言えば、このゴブリンの死体はどうするんだ? と言うか、ゴブリンとしか戦ってないけどキングとかがいたはずじゃないのか?


「あの、アーカードさん」

「どうした?」

「このゴブリンの死体ってどうするんですか?」

「放っておけば数時間で消える。魔物は別の種族同士でも魔物の肉を食いはしない。自分たちで食おうにもゴブリンの肉なぞ野犬も食わないほどまずいからな。これだけ森の近くなら半日ほどで魔石が魔力になって森に帰る。そうなれば、肉体の方も風化して土に帰るだろう」

「……わかりました」


 なにその不思議な常識は。いや、魔物同士で共食いしないとか、野犬が食わないってのだけならまだ理解できる。でも、半日で風化するって早すぎじゃね? 魔石って森の近くだと時間経過で魔力になるとかさ……

 森の中で何日か狩りをしたらどうなっちゃうんだろう? 初日に狩った魔物の魔石とかなくなっちゃうわけ?

 今気にしても仕方ないな。とりあえずさっさと街に戻ろう。

 たった10分ほどの戦いだったとはいえ、数百匹ものゴブリンと戦い続けたおかげで精神的にも体力的にも限界だ。ゴブリンに囲まれて乱戦状態だった2人なんか、大きい怪我こそしてないけど、消耗は俺なんかよりよっぽどキツイんだろう。

 帰り道は行きのように和気藹々とした雰囲気になるはずもなく、ただただ無言で足を動かし続けるだけになるのだった。


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