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昇級試験。
普通に冒険者をやっている人間にとってそれは非常に重要なモノである。
ギルドの定めるランクは、甲種を除けば実力ではなくギルドからの信頼、もしくは評価の証なのだ。世界中に支部が存在するギルドの信頼とはそのままあらゆる場面での信頼に直結する。
明日の命も知れない職業であるため融資などの金融的な評価は得られないものの、引退後などはそうでなかった人間よりも基準が下げられる。
その他にも、たとえば商会の警備員を募集した際、元冒険者の応募は多い。そうした中で採用されるのは冒険者時代のランクが上だった順に採用されることすらある。元乙種1級などになれば面接すら免除されて即採用だ。
引退後のことを考えていない現役の冒険者であろうと、ランクが高ければ割のいい依頼を紹介されたり、ギルドから受けられるサービスがよりよいものになるなどの特典も多い。
そうであるからこそ、わずかでも向上心のある人間ならば1つでも上のランクを目指している。
そして、だからこそ試験を受ける際には、その時に自分に揃えられる最高の装備を用意し、最高のコンディションを持って昇級試験に臨めるよう体調管理にも細心の注意を払う。そうやって試験に臨んでも失敗する人間も存在するのだから当然のことであろう。
ほとんどの試験は、その時にギルドにある以来の中から現在のランクより1つ上の――と言ってもその中で比較的難易度のが低いか危険が少ない――仕事を試験として受けることになる。
実力次第では簡単と思える場合もあれば、難しいと思えることもある。達成できなければ再試験が受けられるように1から元のランクで研鑽をつまなくてはならない。
ほとんどの昇級試験はそんな形で行われるのだが、丙種2級から1級に上がる試験だけはその例から少しばかり漏れることになる。
基本的に丙種の冒険者は年若いことが多く、あらゆる面で経験が不足していることが多い。だからこそ魔物が跋扈する街の外に出る依頼は滅多にない。例外と言えば薬草の採取などと言った比較的街の外でも危険の少ない採集系の依頼だ。
丙種1級が受けられる街の外の依頼は危険が少なく、複数人での受注と言う制限もあるが、だからと言って最低限自衛することができないのでは話にならない。
そう言った理由からギルドの訓練場での模擬戦と実際に街の外に出てゴブリン――もしくはそれと同程度以上――の魔石を入手し持ち帰ると言う2つの試験が行われる。
不正防止や死傷者が出ないよう保険の意味も兼ねてギルドが選出した乙種2級以上で戦闘経験が豊富な人間が引率として同行するのも丙種1級への昇級試験ならではのルールだ。引率の冒険者が危険と判断した場合は助けてもらうことはできるが、その場合はその時点で不合格になってしまう。
説明されたことを思い返しながら、指定された集合場所である南門にたどり着くと昼ごろということで人通りはそこまで多くない。それでもそれなりの人数が往来する中で、門の近くで立ち止まり誰かを待っている様子の冒険者らしい集団は1組しかいなかった。
最初に目に入ったのは俺と同い年か少し上くらいの男で、皮の鎧にいかにも冒険者っぽいロングソードを装備している。露出した腕やら太ももは筋肉で膨れ上がり、どう考えても訓練をしているのは間違いない感じだ。
2人目、俺よりも少し年下ぐらいの女の子で、オリーブ色のローブに漫画なんかで老練な魔法使いが持っていそうな身の丈ほどもある木の杖を持っている。ザ・魔法使いという装備だ。特別美少女と呼べる容姿ではないが、魔法使いの少女、魔法少女だと考えるとなにか背徳的なものを感じる。
3人目は、たぶん30代ぐらいかな? 1人目の男よりもさらに鍛えられた体つきで、大小無数の傷跡がそこかしこに見える風貌は歴戦の戦士と言った雰囲気を醸し出している。背負っている剣は現実でこんなものが使えるのか? ってぐらいの大剣だ。
いかにも歴戦の戦士ですって言う雰囲気のこの人が試験を受けるってことはなさそうなので、彼が今回の引率なんだろう。
彼らが今回の試験を一緒に受ける人間だろうとあたりを付けて近づいていくと、俺に気が付いた引率の冒険者が声をかけてきた。
「お前がシシオー・ガイで間違いないか?」
「はい」
「今回の昇級試験で引率を任されたアーカードだ」
引率の冒険者はアーカードさんと言うらしい。
俺も今回の試験を受ける人間だとわかったからか、残っていた2人もこちらに近づいてくる。
「初めまして。私はルフト。見ての通り魔法で戦うつもりです。こっちは兄のゼル、昔から剣を使っていたので、今日も剣を使います」
「よろしくな」
魔法少女(笑)のルフトと剣士のゼルが一緒に試験を受ける仲間らしい。
「俺はガイ。正直、武器も何もないので役に立たないとは思うけどよろしく」
「え?」
「はぁ?」
そりゃあ驚くよな。試験に武器も防具も持たないで参加するなんて正気の沙汰じゃない。
アーカードさんはギルマスあたりから話を聞いていたのか、さして驚いた様子ではなかったが、ルフトとゼルは目を大きく見開いて驚いている。
「武器も持たないで試験を受けるのか?」
「もしかして魔法を使えるの? それとも無手の技?」
「いや、ギルドマスターに無理やり試験を受けさせられただけで、魔法も知らないし格闘技の心得みたいなのもない」
「なんだってマスターは……」
こんなやつに試験を受けさせるのか、って言いたいんだろうな。気持ちはよくわかるよ。むしろ俺の方が強くそう思ってるよ、ゼル君。
「こいつは勇者らしいんだが、この世界に来て間もないそうだ。勇者の力も覚醒していないようだから、魔物を目の前にして力が覚醒するか確かめるためだと俺は聞いている」
「な、なるほど」
え、そんな理由があったんですか?
俺はてっきりあのくそアマが面白いからとかそんな理由だと思ってたよ。意外と考えがあるんだね。
「まぁ、十中八九それは建前で、本当の理由は自分が面白いと思うからだろうがな」
やっぱりね。そうだろね。ざけんじゃねぇ。
ちょっと見直して損したよ。
「ゴブリンが相手だ。危険なことは滅多にない。不合格になるが、ゴブリンと戦えとも言わん。形だけはついてこい」
「ありがとうございます」
話の分かる人で助かったよ。
ルフトとゼルは理解が追い付いてないみたいだけど、それはしょうがないだろう。
「試験を受けるのはあと1人、時間までまだ余裕はあるからゆっくりしていろ」
アーカードさんはそう言うが、初対面の人間と一緒でゆっくりってのはちょっと難しいです。
コミュ症ではないけど、恥ずかしがり屋(笑)なんだ俺は。
かっこわらいってなんだ!?
「ギルマスに無理やりとかってのは災難だな」
「えぇ……まぁ」
「勇者ってのには初めて会ったんだが、やっぱり強いのか?」
「ほんと召喚されて間もないから自分の実力ってやつもまったくわからないんですよ。ギルマスは勇者なら大丈夫とかテキトーなこと言って、それが事実かどうかもわからないもので……」
「敬語とかいらねーよ。俺は18だ。見たところ同い年くらいだろ? 模擬戦の試験は受けてないのか?」
「俺17、推薦状持ってたら免除された。免除しないで受けさせてくれって言ったら免除するのが規則だから無理だとさ」
本当にあのくそアマは……
「それは本当に災難ですね。話によれば勇者は身体能力も群を抜いているそうですから、マスターの言葉もあながち間違いではないのかもしれませんけど……」
アーカードさんが言った言葉でなんとか混乱を抑えて表情を引き締めた。
「では、今回の試験について詳細を説明する」
アーカードさん曰く、今回の試験で合格するためにはゴブリンクラスの魔石を自分の力で1つ入手しなくてはいけない。誰かが倒したゴブリンなどから魔石を取って持ち帰るのは禁止だそうだ。3つセットで1B程度の値段で買えるライターに使われるぐらい安価な魔石だから、あらかじめ購入した魔石を提出しようとした馬鹿もいたんだとか。それらを監視する役目も引率の冒険者にはあるらしい。
基本的に引率側から進んで手を出すことはしないが、想定されるランクを上回る敵が現れるなどの受験者では対処できないだろう危険に直面した場合は受験者の意思を無視して手を出すことはあり得る。
また、魔物を狩る時だけでなく、行きと帰りの途中も試験の対象であるため、街を出た瞬間からギルドに魔石を提出するという今回の試験を終えるまでの間にどれだけ危険なことが起きようと引率の冒険者の手を借りれば即刻不合格になる。
引率の手を借りると不合格だが、一緒に試験を受ける人間と協力することに関しては禁止していない。パーティを組んでいるのだから、むしろ推奨されているぐらいだ。ただし、誰か1人が無双して全員分の魔石を取ってくるのはダメだ。協力とは、参加者全員でトラップを作ってゴブリンを相手に有利な状況を作ることや、怪我を他の受験者に治してもらうことなどがその範疇に含まれている。
つまり、今回の俺が役立たずでも2人には何の影響もないわけだ。もともと俺がいなければ2人で試験を受けるはずだったんだから大きな問題はないだろう。それに兄妹だから連携も練習してるだろうし、前衛と後衛に分かれているから新人でも多少はパーティとしてのバランスが取れている。
「なにか質問はあるか?」
「大丈夫です」
「問題ないぜ」
「……大丈夫だと思います」
「さっきも言ったがシシオーはついてくるだけで構わない。何かあれば守ってやるから、常に俺の隣にいろ」
「わかりました」
常に俺の隣にいろなんて、プロポーズですか?
すいません。俺にはウホッな趣味はないんです。BL的な展開は御免こうむります。
「街を出た瞬間から試験は開始だ。気を引き締めて行け」
「はい」
「おう」
「じゃあ、アーカードさんよろしくお願いします」
気合を入れるグスタフとルーアだが、俺だけは完全に遠足気分だ。まぁ、自分から望んで試験を受けるわけじゃないからなんだけどな。
これから向かうのは昇級試験で毎回使っている狩場なんだそうだ。
過去の魔物の出現状況からゴブリンクラスの数が多く、強力な魔物が滅多に出現しないことが証明されている場所と言うだけで、何か特別な手入れなどをしているわけではない。が、ゴブリンクラスを越える魔物は十数年前に1度だけゴブリンクラスをわずかに越える危険度の魔物が現れた以外には2度と現れていないため危険性はかなり低い。
昇級試験で何度も使われている狩場だが、失敗したという記録は1度もないぐらいには安全な狩場なんだとか。
「でも、勇者なんて初めて見たわ」
「やっぱり、どこかの国で召喚されたのか?」
狩場まではそれなりに距離がある。
暇つぶしというわけではないが、今日1日パーティを組む2人といろいろ話をした。最初に予想した通りグスタフは19で俺より年上、ルーアは14で年下だそうで、年が近いおかげもあってか、だいぶ砕けた感じで話が出来るようになった。
「まぁね。でも、俺を召喚した国は本当にすぐ滅ぼされちゃって、ぜんぜんこの世界の常識とか生きていく術とかを知る前に放り出されちゃってさ……偶然帝国の勇者をやってる人と知り合ってその人にいろいろと便宜をはかってもらえたんだ」
「へぇ。運がいいんだな」
「勇者って別の世界から来るんでしょ? よかったらあなたのいた世界のことを教えてくれない?」
「あぁいいよ。その代わりといっちゃなんだけど、そっちが良ければ魔法とか教えてもらえると助かる」
「魔法のことが知りたいの?」
「うん。俺のいた世界だと魔法なんてなかったからさ。もし、魔法は一子相伝とか人に教えちゃいけないルールになってるとかだったら仕方ないけど、できれば教えてもらえると嬉しいかな」
「大丈夫よ。私も駆け出しの冒険者でそんなにすごい魔法使いってわけでもないし、この世界の人間だったら誰でも簡単な魔法は使えるから」
「そうなの?」
「えぇ」
「じゃあ、たとえばグスタフはどんな魔法が使えるんだ?」
「俺はルーアと違って魔法の才能はあまりないからな。生活魔法が使えるくらいだ」
「生活魔法?」
「そうよ。魔法はいくつか種類があって、生活魔法、戦闘魔法、特殊魔法に分類されるの。魔法ってただ言えば、普通は戦闘魔法のことを言ってることが多いわね」
テンプレだなぁ……
生活魔法ってあれでしょ? 種火だったり飲料水だったりを出せる魔法なんでしょ?
でもグスタフが言った才能があまりないからって理由で生活魔法しか使えないってことは、生活魔法は消費MPが少なくて、戦闘用の奴は高いってわけだ。特殊ってのもどうせ召喚魔法とかその辺のこと指してるんじゃないのか?
テンプレってのは実にありがたい。
「誰でも生活魔法は使えるけど、戦闘魔法と特殊魔法は使えるって言う自称魔法使いはいても実力がピンキリなのよね。戦闘魔法をただ使えるだけなら3人に1人ぐらいの割合でいるわ。冒険者として魔法使いを名乗ることができるぐらい魔法の才能がある人はその中でもだいたい10人に1人ぐらいかしら」
「へぇ~……ちなみに魔法が使えるかどうかってどうやったらわかるんだ?」
「1番簡単な方法は……そうね、両手を出してもらってもいい?」
「ほい」
言われた通りに両腕を前に出すとルーアがその手を取る。
軟らかい。俺の抱いた感想と言えばそんなもんだった。
両手をつないで2人だけで輪を作ったような形になったけど、これからどうする気だ?
「これから私の魔力を右手から流すわ。もしもあなたに魔法を使えるだけの魔力があれば、私の魔力が抜けた後に自分の魔力がわかるようになるわ」
「どゆこと?」
「魔力はね、魔法を使ったことがない人や生活魔法以外使わない人って体の中を循環してないの」
「ふむふむ」
「それで、これから私の魔力をあなたの中に流して、魔力を無理やり動かして魔力が循環するように流れを作るのよ」
「なるほどね。わかった」
「じゃあ、いくわよ」
そう言って目をつぶったルーア、つながれた右手からなんともむず痒い感覚が体に入ってくる。
これが魔力なのか?
むず痒い……いや、ほんのり温かい?
なんとも形容しがたい感覚だ。
右手から入って俺の中を通る感覚は腕を経由し、肩から左腕へ抜ける。
「っきゃ!」
「ぅおっ!」
ゆっくりと俺の体の中を通った魔力は、つながれた左手から彼女の中に戻るのかと思えば、彼女とつないだ手のところに達した瞬間、突然弾けた。静電気のようにビリッとくるのではなく、入ってくるときには問題なかったのが、俺の左手とルーアの右手に差し掛かった瞬間にその場の空気が破裂した感じだ。
なにこれ、どういうこと?
「……すごいわ」
「えと……大丈夫? これっていったい」
「たぶん、あなたの魔力が多すぎたのが原因ね」
「おお……すぎ?」
「えぇ。あなたの中を私の魔力が通って、右手から戻ってくるときにあなたの魔力が多すぎて破裂したの」
「? それって……」
「えっと……そうね。たとえば川の支流に関を作って水を止めて、本流が増水してるのに関を開けたって言えばいいのかしら……ごめんなさい、これじゃわかりにくいわよね」
「いや、なんとなくわかるよ」
つまり、魔力の流れってやつは、本来自分の体の中で完結している。しかし、今回は俺の魔力を動かすためにルーアが流れを作った。
入る時は逆流しないから問題なかったけど、出る時になって俺の魔力も一緒に流れ出て、ルーアが許容できる量以上に俺の魔力が一緒に流れ出てしまって魔力が弾けた。とか、そんな感じなんだろう。
やったね。少なくとも魔法使いを名乗ってるルーア以上に魔力があるんだから、俺にも魔法使いとしてやっていけるだけの魔力があるってわけだ。
「でも、さすがは勇者ね。これでも天才って呼ばれて、それなりの魔力量があると思ってたけど、あなたに比べたら私なんてぜんぜん普通の範疇に入っちゃうんだから」
「そんなに多いのかな?」
「たぶんね。あなたみたいな人が甲種になれるんだと思う。一応私は師匠から今でも魔力量だけなら戦闘向けの丙種1級の魔法使いと比べても遜色ないって言われてるし」
ルーアが実はかなりすごい人と判明。
え、なにそれ。
丙種1級って冒険者何年もやって到達するベテランじゃん。
今でもってことは、魔力量って増えるってことでしょ? 俺より年下でベテランレベルの人間と同じぐらいの魔力を持ってるって超優秀じゃん。
この世界の魔法使いの実力ってのがどんな風になってるのかまだわからないけど、魔力量ってゲームで言うところのMPでしょ? これからいろんな魔法を覚える必要はあるのかもしれないけど、低レベルのうちからMP気にしないでバカスカ魔法を撃てるってかなりチート気味でしょ。
いやいや、さっきあんたそんなにすごい魔法使いじゃないって自分で言ってたじゃないですか。謙遜か? あれは謙遜だったのか?
天才って呼ばれてるなら十分すごい魔法使いだろうが。
「すごいな」
「なによそれ、嫌味?」
「いや……そんなつもりじゃ」
「ふふ、冗談よ。勇者と私みたいなこの世界の人間じゃあ根本的に違うもの。比べるだけおかしな話ってだけよ」
「あ、あはは」
つか、兄妹ならグスタフも実は魔法の才能あったりするんじゃないのか?
いや、今みたいに簡単な方法で魔力の有無がわかるなら、見逃してるってこともないか。この世界では家系による魔力の遺伝とかその手のテンプレには当てはまらないんだな。
だったら剣の才能が半端ないとか……
「ちなみに、グスタフの剣の実力は?」
「一応今すぐでもバルデンフェルトやリエルドなんかの騎士団中隊長クラスといい勝負できるって師匠に太鼓判押されてる」
「……ですよね」
はい、超有能ですね。
さっき三井さんが言ってたけど、バルなんちゃらとリエルドって大国なんでしょ? そこの騎士団で中隊長って言ったら相当強いんじゃない?
なんなのこれ。
なんで今頃こんな低ランクの試験受けてるのあんたら。
10才でギルドに入るのが普通ならお前らどう考えても試験受けるの遅すぎるって。
「なんでまた、2人は超優秀なのに今更丙種1級の試験なんて受けてるんだ?」
「ある程度修行が終わるまではギルドに入らせてもらえなかったんだよ」
「それに、この世界の人間の中では優秀でもあなたみたいな勇者と比べたら私たちなんて大したことないのよ」
「でも、勇者なんてそうそういるもんじゃないだろ」
「それを勇者のあなたが言うわけ?」
「……いや、まぁそう言われると」
でも、俺自身はこの世界に来てから自分がどんな存在なのか、どんな力を手に入れたのかなんてまだわかっていない。あくまで俺は自分が普通の人間としか思えないんだ。
この世界の人間からすれば、勇者は特別な存在ってのが普通のことだとしても、俺自身は自分がどこにでもいる普通の人間なんだから、2人がすごい人間だって思うのも仕方ないことだろう。
「やっぱ、2人はすごいってことに変わりはないんじゃないのか? というか、なんで俺が2人みたいにすごい実力者と一緒に試験を受けることになったのかって思っちゃうよ」
「マスターがこの2人が試験を受けるからこそ無理やり試験を受けさせようとしたからな」
「え、そうなんですか?」
「あぁ。この世界に来て間もないって言うお前にギルドが前々から将来有望だと睨んでいた2人の冒険者とのコネが出来ればお前にはこの上ないプラスになるだろう。もしも上手く馴染めなかったとしても、2人が自分で言っていた通り実力は本物だ。その実戦を目にできればそれだけだって十分な成果になるだろう、とな」
「……なるほど?」
ありがたい言葉だけど、額面通りにその言葉を受け取っていいのか?
どう考えたって裏があるとしか思えないよ。
「さりげなくこう言ってお前がギルドに恩を感じさせれば、お前が勇者として力に目覚めた後も上手く操れるだろうとも言っていたな」
やっぱりね。そうだろね。
あのくそ女が……腹黒だよ。めっちゃ腹黒だよ。この世界の人を信じられなくなっちゃうよ。
「てか、ぜんぜんさりげなくないですよね? 完全に本心言っちゃってますよね?」
「あいつの考えを伝えるなとは言われていないからな」
何この人、俺のこと心配してくれてるの?
それともあのギルマスが嫌いなの?
それともただ単にKYなの?
ダメだ。アーカードさんの考えが全く読めない。
「ってそうだ。魔法だ。俺に魔力があるのはわかったけど、魔法の話が終わってない」
「あら、そっちの話は終わったの? てっきり魔法の話なんてどうでもよくなったのかと思っちゃったわ」
「悪い悪い。で、俺は魔法使えるのか?」
「魔力量は十分よ。自分の体を魔力が覆ってるのがわかる?」
「ん? あ、あぁ」
普通に見ただけだとわからないけど、目を凝らして集中してみればなんとなく俺の体を半透明の何かが覆っている。狩人×狩人か? 念○力者の仲間入りか? 天空闘○場で200階以上にも行けそうな感じだな。
「問題は属性ね」
「やっぱ属性あるんだ」
「えぇ。基本は火、水、土、風の4種よ」
テンプレだな。やっぱりテンプレだな。
どうせ光と闇はレアなんでしょ?
「特殊な属性だと光と闇、時空なんてのもあるわね」
道具袋のフラグですね、わかります。
てか、やっぱりあったよ光と闇。
「ちなみにルーアの属性は?」
「私は基本の4種類全部ね。特殊属性は使えないわ」
「それってどうやってわかるの?」
「さっきやった魔力通しで自分の中に魔力が流れてるのがわかったわよね?」
「うん」
「意識を集中して自分の中にある魔力を感じてみて」
「?」
魔力を感じれば属性がわかるのか?
よくわからんけど、とりあえず目をつぶって自分の中を流れている魔力に意識を集中する。
しばらくして、ぼんやりと3つの色が思い浮かんだ。
「なんか、白と黒と緑が思い浮かんだんだけど」
「それがあなたの属性よ。でもやっぱりさすがは勇者ってところね。いえ、勇者でもさらに特別だわ。光と闇両方使えるなんて相当珍しいわよ」
「そうなん?」
「普通は特殊属性が使えるとしても1種類ね。闇属性が使える人間なんてほとんどいないわ。勇者なら光が多いし、光と闇の両方が使える人間は歴史的に見ても片手で数えられるんじゃないかしら?」
超珍しいですね。もしかして、勇者としての俺の才能は魔法方面なのかな?
歴史に名を残す偉大な魔法使いってのもちょっとカッコいいかもしんない。
とりあえず、ここまではテンプレだし、魔法を使うのもテンプレ通り頭の中でイメージするのが大切で、イメージをより明確にするために詠唱が必要になるって感じか?
「…………」
「え?」
「っよ!」
30センチくらいの風で出来た刃を飛ばすようにイメージしてみる。と、さっき魔力の有無を確認する時に起こった爆発よりも大きな爆発で俺は後ろに大きくのけぞる羽目になった。
「げふっ!」
「っちょ! あんたなにやってんのよ」
「……いや、魔法ってこう使うのかなぁって軽く実験を」
「……はぁ。ずいぶんと軽率な真似をするわね。初心者の内に魔法を使うのは本当に危ないから1人でテキトーに練習しちゃダメよ」
はい。身を以て勉強しました。
ここはテンプレ通りじゃなかったのかな。まさか暴発するとは思わなかった。
「魔法を使うのはイメージが大切なの。うまくイメージできないとさっきみたいに暴発するわ。慣れないうちはきちんとしたイメージが出来るように詠唱と合わせなくちゃ」
「え?」
テンプレ通りじゃん。
じゃあなんで今俺は失敗したんだ?
イメージは完璧だったはずだ。三日月状で大きさは30センチぐらい、風で出来た半透明の刃がただまっすぐ飛ぶのを想像した。今俺の頭の中に思い浮かんでいるのと同じイメージを思い浮かべながらやったんだぞ。
いったいどうして、何がいけなかった。そんな疑問が俺の中でひたすら渦巻く。
「俺は……イメージはしっかりできてたはずだ。頭の中で、魔法をどんな形にするのかとか、どういう方向で放つかとか……そうやってイメージするだけじゃだめなのか?」
「イメージしてた? どんな形をイメージしたの?」
「こう、このぐらいの大きさでこんな形の風の刃をまっすぐ飛ばす感じで」
しゃがみこんでイメージしてた形を指で地面に描く。さすがに三日月みたいな形を描くだけだから絵心のない俺にだって問題なく描ける。
俺の描いたイメージ図を見てルーアが呆れたようにため息をこぼした。
「剣もないのに刃の形にしたわけ? それは失敗するわよ」
「え?」
「風の刃ってイメージは悪くないわ。ウィンドカッターって名前でごく一般的な魔法だもの。でもね、それはある程度の大きさがある剣とかがないと使えないの。少なくとも魔法初心者のあなたには無理だと思うわ」
なんだその意味わからん設定は。責任者を出せ!
ここまでテンプレのくせにいきなりテンプレ外すなよ。ていうか、剣がないと風の刃が使えないってどうやったらそんな設定になるんだよ。
「魔法に慣れないうちはその魔法に合った道具を使う必要があるの。たとえばファイヤーボールって魔法なら、ボールに火をつけて飛ばすところから練習しなくちゃいけないわ」
「それってさっき言ってたイメージが大事ってのと話が違ってない?」
「イメージも大切よ。ただボールを投げるだけじゃあ意味がないの。ボールに火をつけて飛ばす練習をして、慣れてくればボールがなくても火の玉を作れるようになるわ。でも、それだって私が持ってる杖みたいに魔石が入った道具を使わなくちゃいけないしね」
触媒みたいなものは必要ってことか。
ある意味でテンプレから外れてないけど、アウトコースギリギリって感じだな。
「じゃあ、素手で使える魔法って何かないかな?」
「そうねぇ……あ、飛拳があるわ」
「ひけん?」
「飛ぶ拳って意味らしいわ。昔に勇者が考え付いた魔法よ」
まんまだな。飛ぶ拳で飛拳か。
あれ? でも、拳は飛ばせるのに形を変えるとだめなのか?
なんとも魔法は微妙な制約が多いな。
「それって魔石がなくても大丈夫なのか?」
「えぇ。飛拳は魔闘術の技に含まれてるからね」
はい。魔法を身に纏って戦う格闘術ですね。わかります。
テンプレだ。やっぱりテンプレだ。
でも、基本的に魔石とか触媒が必要なはずの魔法で、触媒なしで魔法が使える魔闘術ってどうなんだ?
いったい何が違うんだか……
「とりあえず、練習する? 魔闘術はほとんど使えないけど、練習を見てあげるくらいは出来るわよ」
「魔闘術なら俺でも多少のアドバイスはできるな」
「あ、じゃあ2人とも頼むよ。うまくすれば今回の試験でも使えるかもしれないし」
「わかったわ。それじゃあ、まずは魔闘術について簡単に説明するわね」
「任せとけ」
「よろしく」
「魔闘術は文字通り、“魔”法を使った“格”闘の“術”よ。普通の戦闘魔法より消費魔力が少ないし、ちょっと魔法が使えるだけでも簡単な技なら使えるから、いろんな国の騎士団でも訓練に組み込まれてるわ。厳密に言えば魔闘術は魔法なんだけど、一般的な認識では魔法じゃないのよ」
「え、なんで?」
「格闘術の延長線上ってイメージが強いのよ」
人間、最後の武器は己の体1つってわけだ。
まぁ、長期戦になれば剣が折れたり弓が尽きたり、武器がなくなることだってあるわな。
戦士が最後に使う武器である己の体を使った術だから格闘術って考えられるわけか。
「で、魔闘術はいろんな流派に分かれていて、有名なのはこの世界で魔闘流の先駆者って言われているロアドって人が作ったクルト流、勇者が開祖とされている中条流、比較的新しいけど中条流とクルト流両方の流れを汲むアーメット流の3つよ」
中条流って……
あれってたしか剣の流派とかの名前じゃなかったか? 昔の勇者さんなにやってんのよ。
とりあえず、魔闘術ってやつは前の世界で言うところの空手とかにイメージが近いかな。いろんな流派があるけど、どっかの流派で修行して自分の新しい流派を作るとかしてんのかな?
「どこの流派でも共通するのは手足に魔力を集中させるところなの。クルト流は手足だけじゃなくて全身に流れる魔力を一時的に身体能力を上げることに使うのが特徴で、中条流は手足だけなんだけど属性を付与させた多彩な技が特徴ね。アーメット流はクルト流の肉体強化に属性を付与して属性防御力を上げたり、中条流の手足だけしか強化しない方法じゃあ上手くできない技をクルト流の肉体強化でさらに幅広いことができるようにするのが特徴って感じかしら」
「ふぅ~ん。話だけ聞くとアーメット流が1番すごい流派って感じだね」
「そうとも言い切れないわ。実際イウス大陸で1番広がってるのはアーメット流だけど、広く浅くって感じだから肉体強化ではクルト流ほど、効率はよくないし、強化の量も多くないの。それに、アーメット流でしか使えない技もいくつかはあるけど、中条流でしか使えない技の方が圧倒的に多いから」
「クルト流と中条流は特化型で、バランス型なのがアーメット流ってことだな」
「なるほど」
「俺は一応クルト流の肉体強化はある程度修めてる。冒険者だろうと騎士だろうと剣士はクルト流が多いな。最近ではアーメット流に鞍替えする国やら冒険者もいるらしいけどよ」
「へぇ……アーカードさんもやっぱりクルト流ですか?」
「俺はベルロント流だ」
「ベルろ……なんですかそれ?」
「基本的な部分は中条流だが、肉体強化も多少取り入れてる流派だ。三大流派ほど有名じゃないが、中条流の流れを汲みながら肉体強化も取り入れているベルロント流、クルト流の流れを汲みながら属性付与も一部の技に取り入れているジャカッド流もそれなりに有名な流派だ」
ふむふむ。わかりづらいな。
とりあえず、クルト流なんかの肉体強化で純粋な力を強くする剛、中条流なんかは多彩な技とかって言うぐらいだから柔って感じなのかな?
でも、見るからに前衛っぽいアーカードさんが肉体強化特化型のクルト流じゃなくて柔タイプよりらしいベルロント流だってのは意外だ。
「で、飛拳は中条流開祖の勇者が作った技なの」
まぁ、飛ばすぐらいだから肉体強化のクルト流って言うより技の中条流寄りの技だろうしな。想像の範囲内だ。
「やり方は簡単、拳に魔力を集めて飛ばすだけよ」
説明が雑っ!
飛ばすってどうやればいいんだよ。
幸いさっきの暴発でなんとなく魔力を体の中で動かす感覚はつかめたから拳に集めるのは簡単だ。ちょっと意識を集中すれば2秒と掛からず体を覆っていた魔力の一部が右拳に集まった。
体全体を覆っている分が薄くなり、拳に集まった魔力が大きくなる。じゃ、じゃんけんのグー見たいだな。
「飛ばすってどうやんの?」
「魔法だもの。イメージよ」
拳が飛ぶイメージねぇ……
やっぱあれかな白金の城とか尊大な勇者が拳飛ばすみたいなのでいいのかな?
「ん~……ほいっと!」
ロボットアニメのイメージを頭に思い描きながら軽く右腕を引いてから突き出す。
半透明の魔力が拳から離れると、ものすごい速さでまっすぐと突き進む。そのまま100メートルほど先で徐々に空気中に混ざるように消えて行った。
「…………」
「…………」
「…………」
「おぉ、成功っぽいな」
「……な、なんで成功するのよ!」
「え?」
ダメなの?
やってみろ的に言われたからやったのに、成功したら怒られるってどういうことだよ。
「何か問題でもあったか?」
「問題も何も、なんでいきなり成功できるわけぇ!? 私たち魔法使いが1つの魔法を使えるようになるまでどれだけ大変な思いをするかわかってんのっ!?」
「いや、んなこと言われても……」
「どうやったのよ! どんなインチキ使ったのよ! 私にもできるの? 出来るなら教えてくださいお願いします!」
「いやいやいやいや、インチキも何も言われた通りにしかやってないから。右手に魔力集めて、拳が飛ぶイメージでそのまま発射するだけでしょ? こんな簡単な魔法なら誰でもこんな風にできるだろうよ」
「無理だな」
「あぁ、無理だ」
「出来るわけないでしょうが!」
「ま じ で!?」
できないの?
いや、魔法で何が重要だ? そう、イメージだ。
拳が飛ぶなんて普通なら考えられないもんを想像するって簡単じゃないよな。まさか腕を途中でちょん切って飛ばすイメージをつかむわけにはいかないだろう。
そう考えれば普通ならそんなイメージが出来ないわけだから、いきなり成功ってのはそうそうないのかもしれない。
「あぁ……元の世界での知識が影響してるせいだと思いまする……」
「なるほどな」
「たしかに勇者が考え付いた魔法なんだし、勇者のガイならできてもおかしくないよな」
「うわぁ~~ん……勇者なんて魔法使いの敵だぁ」
っちょ、ルーア……ガチ泣きしてんじゃん。
どうすんの! どうすんのコレ!
女の子が泣いた時の対処法とかどう――いや、俺みたいなフツメンには難易度高すぎるよ。てか、ルーアって元の世界で言えば中学生だろ? こんなことでガチ泣きすんなよ。
「お、落ち着けルーア」
「うぅ……」
「落ち着け。勇者ってやつは俺たちみたいに努力で実力を磨く連中とは違う生き物だ。それはさっきお前自身で言ってただろう。俺たちが1の努力で1の結果を出す間に1の努力で10の結果を出すのが理不尽だ。比べるのが間違っている」
なんか、アーカードさんは勇者に恨みでもあるんですか?
すっごい俺を悪者にして事態を治めようとしてますよね?
いい人かと思ったけど、そう言うわけでもないんですね。
はぁ……この世界で友達が出来たと思ったのに俺はまた悪者扱いか。世知辛いぜ。
2017/01/10 大幅改訂(途中)
キャラクター名変更
メイクリッド・ルーア→ドラク・ルフト
メイクリッド・グスタフ→ドラク・ゼル