1-5
城を出た俺は、メイドさんに説明された通りに街を歩いてギルドに向かう。
途中で目にする街中の景色は地球、それも日本で生まれ育った俺にとって珍しいモノばかりだ。
三井さんの説明で聞いた通り、そこかしこを人間以外、色々な動物の耳をした獣人が闊歩している。ちょっとばかり残念なのは人間か獣人ばかりで、エルフやドワーフなんかの種族がぜんぜんいないところだろう。
でもまぁ、異世界には来たばかりだしこれから先もこの世界にいるんだからそれらの種族に会う機会だってあるはずだ。いることはわかってるんだし落胆することもない。
それに道行く人以外にも街を見るだけだって興奮する。実際目にしたことないからこれがそうだとは言い切れないけど、デブから逃げる時に抱いた感想の通り中世ヨーロッパ風って感じで、日本以外の国に行ったことのない俺にとってはこれもまた珍しい。レンガ造りの店なんかを見るとすごいテンションが高くなるのを自覚できた。これぞ異世界って感じだ。
「ここかな?」
道に並ぶ他の店に比べ、一際大きな建物の看板には双頭の蛇みたいな紋様とギルドの文字。これは蛇じゃなくて龍か? まぁ、どっちでもいい。看板に書かれた文字を見る限りここがギルドで間違いないんだから。
両手で頬を張って気合を入れるとギルドの扉をくぐる。これがこの世界での俺の第一歩だ。
建物の中に入ると右手側に見える一室が酒場のようになっていて、昼間だって言うのに荒くれ者どもが酒をかっくらってワイワイと騒いでいる。イメージ通り、さすがは異世界のギルドだな。
「ようこそギルドへ。依頼ですか? それとも受注ですか?」
「登録に来たんですが、ここでいいんですかね?」
「はい。登録ですね。少々お待ちください」
真っ直ぐと入り口の真ん前にあったカウンターまで行くと、受付のお姉さんは愛想よく笑顔を見せながらハキハキと対応してくれた。
役所仕事的なものをイメージしてたけど、まるっきり客商売って感じだ。
それに受付も銀行とか郵便局みたいなそれをイメージしてたのに、ただカウンターが置かれているだけで、背後には壁しかない。横幅は狭いし、完全に小さい宿の受付とかそんなレベルだ。
当然この狭さでは受付も1人しかいないし、依頼を受ける時と完了報告みたいのをするときは行列が出来そうだな。
事務仕事とか手続きの度にいちいち事務室まで書類を取りに行くとか面倒じゃないのか?
受付があまりにも期待外れだったことにもんもんと考え込んでいると、カウンターの下でなにやらごそごそとやっていたお姉さんが体を起こして1枚の用紙を差し出してきた。
あ、簡単な書類はそこにあるのね。
「お待たせしました。こちらの用紙に記入をお願いします」
「はい……っあ」
「どうかなさいましたか?」
「いや……文字が……」
「あぁ、その服装は勇者の方ですよね? 文字でしたら元の世界と同じように書いていただいて大丈夫ですよ」
「そうなんですか?」
「はい。勇者の方はこの世界に来る際に文字を書く時も読む時も自動的に翻訳されるようになっているらしいので」
超便利だ。
言われてみれば看板に書かれていたギルドの文字も普通に読めたな。つか、学ラン着てるだけで勇者だって一発でわかるぐらい受付のお姉さんも普通に反応してるし、勇者って実はそんなに珍しくないんじゃないのか?
そんなことを考えながら言われた通り用紙に必要事項を記入していく。必要事項とは言っても、名前と性別、年齢ぐらいだけど。
「できました」
「はい、シシオー・ガイ様ですね。推薦状はお持ちですか?」
「あ、ありますあります」
俺は慌てて懐から三井さんに貰った推薦状を取り出してお姉さんに渡す。受け取ってすぐに目を通したお姉さんは何に驚いたのか目を丸くした。
「『蒼剣のミツイ』様の推薦状じゃないですか」
「え? あ、はい。それを書いてくれたのは三井さんって人ですけど……」
やっぱあれか、有名人なのか三井さんは。
双拳って二つ名ってやつだよな? 厨二だ厨二。
いつか俺にもついちゃうのかな……勇者、特に三井さんみたいな人が俺に二つ名つけたら絶対『勇○王』とか『エヴォ○ュダー』とかなんだろうな……
できれば避けてほしい。と言うか、絶対やめてほしい。
「……ちなみに、推薦状があるとスムーズにギルドに入れるとしか説明されてないんですけど、実際どんなメリットがあるんですか?」
「はい。推薦状を持って登録された方は登録料の10Bが免除になります。後は推薦者のランクによっては見習い期間の短縮や免除ですね。『陣風のミツイ』様からの推薦状でしたら短縮ではなく免除になります」
「え、見習い期間って免除していいんですか?」
見習いって言うぐらいだから冒険者としての基礎を学ぶ時間だろう。それをなしにされてしまったら俺の場合は逆に困るんだけど。
どうせならきっちり最初からやった方が初心者的には安心できる。
冒険のイロハも知らないんだからしっかり教えてください。
「はい大丈夫です。そうですね……せっかくですから、このままギルドについての説明もさせて頂いてよろしいですか?」
「お願いします」
「かしこまりました。まず、見習い期間ですがこれはギルドに登録した方の為人を確認するための期間です。ギルドは一部の方にはちょっとした条件があるものの、基本的には来るもの拒まず、どんな方の登録も歓迎しています。身元や身分の証明も必要ありません。そのため、ギルドがその為人を見定める必要があります」
つまり、見習い期間は登録した奴がどんな人間かを見定める期間なわけだ。
推薦状を持って来る人間は、ギルドが認めた人間が認めた人間だから間接的にギルドが見定めたと判断して、見定めるための期間を短くするかなしにできる、ってことだな。
だとすればたしかに推薦者のギルドの信用度で短くなるか免除になるかの違いがあるのも納得できる。
「ですので、推薦状なしでギルドに登録した方はまず見習い期間としてギルドが指定した依頼を50回受けて頂いています」
「50回ですか……」
多いな。1日2個依頼を受けても1カ月近くかかるじゃないか。
それとも、1回あたり1時間ぐらいで終わるのか? それならまぁ回数が多少多くてもどうとでもなるな。
「当然のことですが、見習い期間中の依頼にも正規の報酬をお支払いします。ですが、この期間に依頼先でトラブルを起こした場合は通常なら見逃せるレベルのものであっても登録の取り消し、罰金や見習い期間の延長などのペナルティが発生します」
「なるほど。推薦状を持って登録した俺はそれが免除になると」
「はい、その通りです。万が一推薦状を持って登録した方が問題のある人物だった場合、問題に応じたペナルティか登録の取り消しとなります。推薦者にも相応のペナルティが発生しますので、もしもシシオー様が推薦者になる場合は慎重に相手を見定めてください」
「まぁ、推薦者になるかなんてわかりませんけどね」
「そうですか。では、見習い期間の説明に戻りますが、見習い期間はギルドのランク上では丙種3級と呼び、ギルドはその人物の身分を保証していませんので、丙種3級の間はギルドカードに身分証としての価値はありません」
「丙種ですか……」
丙ってあれだろ、甲乙丙の丙だろ? 普通この手のランクってABCじゃないのか?
甲乙丙って昔の成績表か?
「はい、丙種です。この丙種3級の登録者にギルドが指定する依頼は、見習い期間を終えた丙種2級で受けられる依頼から選出したものですので、依頼自体には何の違いもありません」
「あぁなるほど。だから、推薦者の身分さえしっかりしてれば見習い期間ってかたちにしなくても問題ないってことですね」
「その通りです」
「ふむふむ……ギルドのランクってどうなってるんですか?」
「ギルドのランクは見習い期間の丙種3級、ギルドが身分を保証し新人冒険者と呼ばれる丙種2級、街の外での依頼をグループで受けられる丙種1級、単独で街の外の依頼が受けられる1人前の冒険者である乙種2級、ベテランと呼ばれ冒険者になるほとんどの人にとって最終到達点の乙種1級があります」
「甲はないんですか? それに乙種の3級も」
「乙種は1級と2級の2段階ですね。甲種は乙種までとは違い戦闘能力にも大きな比重が置かれます。それ故に条件的に昇格が非常に難しく、一握りの人だけが到達できるランクです。ギルドに登録を続ける勇者の方ですと、ほぼすべての方が甲種2級か1級までは到達する可能性はあります」
「1級までは?」
「お気づきになりましたか。その通りです。甲種のみ1級の上が存在し、甲種特級、一般的にはただ特級と呼ばれます」
「その甲種はどう違うんですか? あ、えぇと……丙種2級は新人で、乙種2級なら1人前みたいな分類だと」
「そうですね……先ほど説明した通り、甲種は戦闘能力に大きな比重が置かれています。例を上げるならばドラゴンですね。甲種2級だとドラゴンなどの危険度が高い魔物を討伐対象にする依頼を受けられます。甲種1級は勇者の方でもごく一握りの方が到達できるランクで数人集まればドラゴンを討伐できるだけの実力者です」
「え? 2級でもドラゴン討伐が出来て、1級でもグループで討伐できるってどう違うんですか?」
「甲種2級はあくまで討伐依頼を受けられるだけです。成功確率はそれほど高くない上に甲種2級の方が筆頭になって乙種1級の方も合わせ数十人から数百人の人間を集めて依頼に挑む形になります」
「それって甲種2級と乙種1級にはほとんど差がないってことじゃないんですか?」
「いえ。仮に平均的な戦闘能力しかない乙種1級ならば何十人集まろうとドラゴンを倒すのは不可能です。近づけば即座に殺されて終わるでしょう。甲種2級が主力となって戦い、乙種1級の冒険者が援護することでようやくまともに戦えます。言い換えれば、ドラゴンを相手に主力となって戦う上で即死しないことが甲種2級の最低条件とも言えます」
「なるほど……あれ? そうすると甲種の1級と2級の差がありすぎじゃないですか? 援護いらない上に勝てる可能性の方が高いんですよね?」
「はい。あくまで甲種2級は常人よりも強いと言った程度です。その点1級は5、6人集まればドラゴンを倒せるだけの実力者になります。甲種は昇級の基準で依頼達成数よりも強さが重要になるためどうしても他のランクとの差別化を図るためにそのような基準になってしまうのです」
「その基準で行くと特級って……」
「そうです。単独でドラゴンを討伐できます」
三井さんから聞いていた話と今の話を併せて考えると、戦闘向けの能力を持っている場合甲種になれる可能性が高い。んで、甲種2級はこの世界の人間よりはるかに高い身体能力を持った勇者が何十人も仲間を集めてようやくドラゴンを倒せるかどうかってレベルになる。そのドラゴンを数人で倒せる甲種1級の化け物、これは戦闘向けの特殊能力を持った勇者がここまで行けるんだろうな。さらにそれも飛び抜けた強さなのが、特級ってところか。
特級ってどんだけの化物だよ。
とりあえず、この世界の冒険者は8段階で、普通は5段階目までが限界、勇者とかナチュラルチートなら6番目か7番目まで行ける可能性があるってことだろう。
「ちなみに甲種の人ってどのくらいいるんですか?」
「現在ギルドに登録されている甲種の方は、2級が500人、1級が100人、特級が25人です」
「はぁ!?」
多くね? 勇者でも最強クラスの人間が25人、普通の勇者以上が600人……たしか帝国の勇者が30人とか言ってたよな? 軽くその20倍以上の戦力がギルドって組織1つに集まってるって言うのかよ。
と言うか、ドラゴンにタイマンで勝てる人間が25人って、それだけで国の1つや2つ落とせそうな気がする。
「ギルドってその……大丈夫なんですか?」
「何がですか?」
「その、甲種の人間だけでも勇者クラスの人間が600人以上いて、それ以下のランクでも普通の兵士ぐらいの強さの人っていっぱいいるわけですよね? 国がそんな組織の存在を認めるってのはちょっと信じられないなぁって」
よく物語に登場するギルドに一国の戦力に相当する人間が1人ないし複数所属してるってことがあるけど、普通に考えればそんな組織の存在を国が認めるわけがない。
現実で考えれば、普通の企業なのに核ミサイルやら戦車やらの軍事力を持っているようなもんだ。そんな組織があれば、国は全力でそれを潰しにかかるだろう。そうしなければいつ自分たちにその牙が突き刺さるのかわかったもんじゃない。
いきなり何の前触れもなくどこかの組織が核ミサイルを手に入れるなんてことはありえないだろう。少なくとも、武器を集め始めた段階で警戒し、場合によっては叩き潰すことになるはずじゃないのか?
「それを説明するにはギルドの成り立ちからお話しすることになります。少し長くなりますがよろしいですか?」
「はい。時間はありますんで」
「では……もともとギルドという組織は中央大陸にかつて存在したヨハマ王国で生まれました。初期のギルドは名前もなく、初代ギルドマスターとなるタチュヤ・コガという人物がスラムの人間に日雇いでの雑用のような仕事を斡旋したことから始まったとされています。
当時のスラムと言えば、治安も悪く犯罪の温床となっていたため、良い顔をしない人も多くいたそうです。早いうちにスラムの人間と依頼者の間で多くの問題が起こるようになり、一度は解散する寸前までになったそうです。どうにかスラムの人間を信頼してもらえる方法がないのかとタチュヤ・コガが考え付いたのがランク制度でした。
スラムはもともと出稼ぎのために大きな街にやって来た人たちが郊外に作った区画だったこともあり、まじめに仕事を求めている人だってたくさんいる。そう考え、それを証明するために、トラブルを起こすこともなく仕事を重ねれば重ねるほどタチュヤ・コガがその為人を認めた証明として甲乙丙というランクを振り分け始めたのです」
「そのタチュヤ・コガって人の太鼓判がそんなに劇的な効果を生んだんですか?」
「正確にはタチュヤ・コガが代表を務めるギルドの前身となった職業斡旋業務組織の証明ですね。当然出来たばかりの組織の証明が信頼されるわけではありません。出来たばかりのその組織は当然のことながら1つの街の中だけで活動していたのですが、依頼者側から街全体へ徐々に噂が広まり始めるわけです。あそこの組織の証明ならスラムの人間でも信用できる。そう街全体が考えるようになるまでそう時間はかかりませんでした。特に大きかったのは当時その街を治めていた貴族が依頼を出し、見事にそれを達成したことで太鼓判を押したことでしょう」
「そしてスラムの人間全体がそこで働くようになったわけですか」
「はい。その街のほぼすべてのスラムの人間がそこで働き始めました。当時スラムは各国で非常に重要な問題と考えられていましたが、タチュヤ・コガのおかげで有効な対応策が生まれたのです。多少の試験的運用の末に国全体にその方法が実行される際、タチュヤ・コガ発案のギルドという名称が生まれました」
「でも、雑用なんてそんなにたくさんの人間がやれるだけあるんですか? 結局仕事の取り合いみたいになって全員がほんの少しだけ金を稼げるようになった。で、終わりそうな感じですけど」
「そこは様々な要因が重なったようです。特に大きかったのは魔物の存在でしょう」
「魔物が?」
「はい。それまでは凶暴化した狼などの魔獣と呼ばれる動物だけが存在するだけで、小鬼や豚鬼のような魔物は存在しなかったそうです」
「はい?」
意味が分からん。いきなり魔物が世界に生まれたとでもいうのか?
突然変異でほんのわずかな変種が生まれるならわかるけど、新しい生き物が突然生まれるなんてそんな馬鹿な話があるわけない。
「今を以て突然魔物が現れた正確な原因は謎のままですが、魔物の素材は非常に多くの利益を生み、それらを狩る冒険者という職業が生まれました。そこで現在のギルドの雛形が完成したとも言えます」
謎のままって……
いや、利益があるんだからそんなもんなのかな。研究してる人間だっているにはいるんだろう。
誰だってそれがどういうものかなんてわからなくても、利益があるとわかれば気にしないで利用する。疑問に思って研究する人はごく一部で、そのごく一部が謎を解明すれば、御の字くらいにしか考えないもんだ。
実際、魔物による被害だってあるだろうし魔物は狩らなくちゃいけないものだろう。もしも魔物を狩っても利益がなければ突然現れた理由を究明し、取り除けるなら取り除こうとするだろうけど、魔物を狩ることで経済的に大きな価値があるんだから、わざわざ調べようなんて考える方が珍しいってもんだな。
「ギルドはヨハマ王国で爆発的に広がり、大きな利益を生み出しました。当然のことながら他国でもそれを真似するのですが、どこの国も上手く組織が回らなかったのです」
「何でですか?」
「多くの人が魔物の討伐に失敗するからです」
「え、なんで?」
「当時のヨハマ王国内に存在するギルドでは、現在とほぼ同じ性能のギルドカードが出回っていたのです」
「はぁ……」
ギルドカードで魔物に勝てるようになるのか? カード1枚で勝てるようになるとか意味が分からない。
「ギルドカードには登録者の力をある程度のレベルで数値化する力がありました。ヨハマ王国のギルドでは、ギルドカードで確認できる能力を基準に魔物の危険度を定め、冒険者はその危険度と自身の能力を比べて依頼達成の確実性が高い魔物を狩るよう冒険者たちに徹底させていたのです。それによって他国に比べて死亡率、負傷率に圧倒的な差を生みました」
死亡率や負傷率が低いだけでなく、成功の確率が高いから仕事の回転が速い。収入も安定するから金を使って経済も上手く回る。他の国では、死んだり怪我したりで仕事が出来なければ、依頼の回転や経済がうまくいかないのも当然だわな。
「だったら、ヨハマ王国からギルドカードを輸入するとか、ヨハマ王国で登録するとかすればよかったんじゃないんですか?」
「そこはどうしても各国の利害という壁が立ちはだかったのです。しかし、タチュヤ・コガが世界に大きく広めるべきだと主張し、幾日にもおよぶ会議の末にギルドは国家からの独立を成し得たのです」
「……よく認められましたね」
「いえ、実際には簡単なことだったそうです」
「え、なんで!?」
簡単なら何日も話し合う必要なんかないだろ。
お互いの主張が相容れないから話し合いはうまくいかない、すり合わせるのも難しいから会議が長引く。普通そう言うものじゃないのか?
「ギルドカードには当時、超古代文明の遺産と考えられていた高純度魔石、晶貨と呼ばれるモノが重要な材料として使われていました。そして、その高純度魔石はタチュヤ・コガ個人の所有物だったためヨハマ王国は簡単にタチュヤ・コガの意見を無視することはできませんでした」
「つまり、無理矢理奪おうとしたり、タチュヤ・コガの機嫌を損ねれば別の国に亡命される危険もあった。ってことですか」
「その通りです。その時点でヨハマ王国の経済はギルドがなくなれば成り立たなくなるほどまでになっていました。ギルドと言う組織自体もタチュヤ・コガのカリスマによってまとまっていた組織だったため、彼をギルドから離れさせることもできません。実際、会議が長引いたのも国王が家臣を説得するのが主な理由だったそうです。最終的にギルドには政治的に介入しない、ギルドから徴収する税額はどこの国であろうと一律同じ金額だけにするなど、いくつもの条件が並べられた条約に加入した国にギルドが置かれるようになりました。ギルド側にも国境紛争や侵略などの戦争には参加しない、大規模な災害時には積極的に援助をするなどいくつかの条件はありましたけどね」
「それで今ではどこの国にもギルドが存在するわけですね」
違反すれば国内からギルドが撤退したり、他の国全部が敵に回るわけだから普通の頭ならそんな馬鹿な真似はしないだろう。
「はい。ギルド発足当時は勇者も超越者もいませんでしたから力という意味ではそこまで大きいものではありませんでした。それでも全登録者を集めれば一国並みの軍事力はありましたけどね。そうこうしたうちに超越者や勇者が現れるようになり、ギルドに参加し始めたのですが、一度認められた以上は簡単に条約を覆せるものでもありません。長い時間をかけて一国の軍事力をはるかに越える組織になっていたことも影響して何処の国も攻め込めるはずもなく、今ではどこの国よりも多くの勇者を有する組織になったわけです」
「しかも今となってはどこの国も昔のヨハマ王国みたいに経済の大きい部分をギルドに依存している。と」
「そうですね」
「そうだとすると、ギルドマスター……って言えばいいのかな? ギルドの代表が世界を支配しようとすればけっこう簡単にできるんじゃないですか?」
「いえ。不可能です」
「それは、またなんで……」
「現在のギルドの組織体系は、ギルド総本部を筆頭に各大陸のギルド本部代表5人が同等の権利を持っています」
「つまり、1人が暴走しても他の4人が止めるわけですね」
「そうです。そのために各大陸のギルドは同一の組織ですが、同時に独立した組織でもあります。それだけではなく、各大陸、各国には甲種2級以上のランクに達した冒険者は緊急時やドラゴンの討伐などの特殊な依頼を除いて決められた人数以上は入国できないようになっています」
「それって、たとえばその決められた人数の限界まで冒険者がいる国で、条件に引っかかるまでランクが上がった人はどうなるんですか?」
「猶予期間はありますが、定員に余裕がある国へ行ってもらうことになります。ですが、基本的に高ランクの冒険者で一ヵ所に定住している人はほとんどいません。ランクが上がった冒険者の希望次第では、移動する予定の冒険者に移動を早めてもらうことになるでしょうね」
それだともう反乱を起こすってわけにもいかないだろうな。人数に制限があるってことは、当然その国がギリギリ対応できるか、時間稼ぎを出来る人数までしかいないんだから、ギルドが反乱を起こしたって他の支部やら本部が鎮圧に動いちまうんだろう。
「加えて、大陸本部は言うに及ばず、各支部のギルドの代表者に至るまでギルドで一定以上の権力を持つ人間にはある呪いがかけられます」
「呪い、ですか?」
「はい。呪いと言っては物騒ですが、ある装置によるギルドの造反防止システムのようなものを『呪い』と呼んでいます。各支部の呪いをかけられた人間がギルドに不利益をもたらす行動やギルドの定める悪事に手を染めた場合、各大陸本部に設置された装置が反応するようになっています。大陸本部の場合は別の4大陸の本部の装置が反応しますね。そして、大陸本部のマスタークラスになると、違反行為をすれば即死するような呪いがかけられます」
ギルド怖えよ。なんだよその呪いって。権力者にどんだけ清廉潔白さを求めてるんだよ。
しかも悪事に手を染めただけで反応するとかその防犯システムどんだけ高性能なんだよ。
「これは、ギルド創設当初にギルドカードの開発もした伝説の魔石技術者が作り上げたシステムで、現在に至るまでその呪いの解除方法はまったく手がかりの1つすら見つかっていません」
「ちなみにギルドが出来てからどれくらいたってるんですか?」
「およそ8000年ですね」
長っ! ギルドの歴史なっが!
8000年で手がかりすらないんだったら、これはもう呪いを解く方法はないって考えるべきだろうな。ギルマスさんにはご愁傷さまと言う他ない。
と言うか、定年とか自主退職でギルドから引退したら呪いはどうなるんだろう?
やっぱり、元とは言えそれなりの地位にあったんだから、そのまま呪いは継続なのか?
まぁ、どうでもいいか。ギルド職員なんてなるつもりないから、俺には関係ないな。
「ギルドがどうしてこの世界で独立した組織でいられるかご理解いただけましたか?」
「……必要以上に」
「それはよかったです。他に質問はありますか?」
「えっと……あぁ、ランクってどうやったら上がるんですか?」
パターン的には、一定数の依頼を受けたらとか、ギルド職員が実力を判断して試験形式とか、ポイント制なんてのもあるか。
「基本的にはランクに応じた数の依頼を受けた後に試験を受けて頂きます」
「基本的ってことは、例外もあるんですよね?」
「はい。例外は、丙種3級から丙種2級に上がる場合と甲種以上の各級に上がる場合ですね。丙種2級までは街の中での雑用しか依頼がありませんので見習い期間が終了するのと同時に試験をせずに自動で昇級します。甲種の場合は、ギルドが定めた条件を満たす必要があります。中でも特級の場合は定期的にギルドが甲種1級の中で目立った功績を挙げている冒険者の中から特級に値する人間がいた場合達成数に関わらず試験なしで特級に認定します」
例外に含まれてないってことは、新人が強い魔物を倒してもランクが急上昇することはないっぽいな。
この世界での冒険者のランクは甲種を除けば能力じゃなくてギルドからの信頼度だって話だし、力があっても問題のある人間だったらいろいろと問題もあるだろう。
「どうでもいいことですけど、ギルドが定期的に調べる時の状況次第で特級に上がるのは0人だったり複数だったりするわけですか?」
「そうです」
「へぇ」
「ちなみに、シシオー様は『蒼剣のミツイ』様からの推薦ですので、各試験を受ける必要こそありますが、乙種1級までは依頼の達成数に関係なく好きなタイミングで試験を受けられます」
え、マジで?
乙種1級ってベテランなんでしょ?
それこそ魔物に1人で戦いを挑めるクラスってことじゃん。まだ俺、この世界に来て自分がどれくらい強くなったのかもわかってないんだよ?
「偶然ですが、今日でしたらこれからすぐに丙種1級の昇級試験を受けられますがどうしますか?」
このお姉さんは俺がこの世界に来て1日も経ってないことを知らないからそんなことが言えるんだ。
勇者もフリーになることはあるだろうけど、それは三井さんみたいに自分を召喚した国が抱える問題が解決したり、解決する前に国が滅んだ結果らしい。
国が亡びたんだとしても、ある程度の訓練期間があるのが普通だろう。
俺みたいに異世界召喚された初日にいきなり国が滅んで、しかもそのままギルドに登録しに来るやつなんていなかっただろうから、このお姉さんの対応は普通なら間違いじゃない。そう、普通なら。
「いえ、今日はちょっとやめ――」
「当然、受けるよな?」
「――ておき……はい?」
いきなり後ろから首に手を回されたかと思えば、突然いかつい顔が俺の真横10センチのところに現れる。
あの……どちら様ですか? 近すぎるんですけど。ムサイ顔はあまり近づけないでいただけませんか?
僕には腐った女性が大喜びするような性的趣向はないんです。と言うか、ムサイおっさんとフツメン(自称)の801的展開って誰得ですか?
「あの『蒼剣』に認められる実力者だ。丙種1級なんて楽勝だろ?」
いえ、楽勝じゃありません。
一瞬テンプレっぽく嫌味な先輩冒険者が、いきなり乙種1級までフリーパスの推薦状を持って現れた俺に、嫉妬したりして言っているのかと思った。が、いい年こいて子どもみたいな笑顔から察するにどうにもそう言うわけじゃなさそうだ。
酔ってることもあるんだろうけど、凄腕らしい三井さんに認められている俺の実力が純粋に見たいだけだって感じか? いや、単純に酔っぱらって絡んできてるだけの気がする。
「いや、俺は――」
「そうだー見せろー」
「やれやれーっ!」
「男だったら逃げるなー」
いつの間にやら酒場部分で飲んだくれてた酔っ払いどもが集まってきていた。
勘弁してくれ。俺は酒の肴じゃないんだぞ。
どこかに素面なやつはいないのか?
「どうします? このままだと収拾がつかなくなりそうですけど」
「……ちなみに丙種1級の試験てどんなのですか?」
「乙種2級以上の引率の下でゴブリンクラスの魔石を取ってくることです」
「ゴブリンの……魔石? さっきからちょいちょい魔石って言葉が出てきますけどそれってなんなんですか?」
「魔石は魔物の核とも呼べるモノです。魔石の大きさと純度で分類され、ある程度は魔物の強さを測る1つの基準にもなります。詳細な強さは別の分類があるんですけどね」
あれだ、デカければ強い。強い奴ほどデカい魔石を持ってると。
真珠か? いや、なんか違うか。
「魔石はゴブリンクラス、スライムクラス、グリフォンクラス、オーガクラス、ドラゴンクラスの5つに分類されてますね。魔石は加工することで様々な道具に活用され、今回の試験で入手していただくゴブリンクラスの魔石は使い捨ての携行火種などに使われます」
「最高は……ドラゴンですか」
「そうです。ギルドカードにも使われる高純度魔石はドラゴンのモノが使用されています。ちなみに超古代文明時代には魔石を精製して晶貨と呼ばれる貨幣を用いていたと言われています。魔石の大きさで価値を変えていたのではないかと歴史学者は考えているそうです」
どうでもいい情報までくれなくていいです。でもギルドカードってスゲェな。ドラゴンの素材なんか使ってるのか。
魔石ってことは石なんだろうけど、カードの素材が石ってのは珍しいんじゃないのか?
それに国の雇用問題を解決できるぐらいの人数が参加して、8000年もの歴史があるんだ。乱獲したドラゴンの数も半端じゃなく多いんだろう。
って、そんなことはどうでもいい。
「……あぁ、っと。ゴブリンが弱いんだろうことはわかったんですけど、さすがに戦闘の入門編レベルのゴブリンが相手とは言え素手で戦うってのは問題ありますよね?」
「いえ、勇者のシシオー様なら不可能ではないと思いますよ?」
え~まじで? 勇者なら素手でも大丈夫なの~?
大して似合うと思ってないのに似合う似合うとか褒めてくる女子みたいなノリで言われても困るっつぅの。出来ることならきっちり否定してくれよ。
もしも本当に勇者なら不可能じゃないとしても、どうせこの世界に来てある程度強くなった勇者が規準なんでしょ?
俺がお姉さんの話を聞いて変な自信を持っちゃったりして意気揚々と狩りに行けば、ぜんぜん歯が立たなくて大怪我する。絶対そうだ。そうに違いない。それ以外の展開が思い浮かばない。
断じてそんな展開は避けなくちゃならない。
さて、どうやってこの場を切り抜けようか。
とりあえず用事があるとでも言ってこの場は逃げ出すか? いやいや、1つの街にギルドは1つしかないんだからこの街にいる限り毎回同じ状況になってしまう。
「どうでしょうか? 失敗しても試験に関しては特にペナルティはありませんし、今日を逃すとしばらく試験は受けられなくなります。ここは1度受けて見ませんか?」
「そうなんですか?」
「はい。今日でしたらちょうど昇級試験を受ける方がいらっしゃいますので、一緒に試験を受けられます。丙種1級の試験は、通常の丙種1級の依頼がそうであるように複数人での実施が条件となっています。ですので、この機会を逃すと他の方が昇級条件を満たすまで試験を受けられなくなる可能性が高いです」
「複数人か……」
俺以外にも人がいるなら死ぬような心配はないか? 一応引率で1人前の冒険者もいてくれるわけだし。
しばらく試験を受けられないなら今のうちにどんなものか見学もかねてトライしてみるのは悪くないかもしれない。いやいやいや、楽観視しちゃだめだ。
作戦名は『いのちだいじに』だ。教会で復活なんて出来やしないんだから、たった1つの命は大事にしなくちゃならん。できるだけ慎重に行くべきだ。
臆病なのは悪いことじゃないってなんかの漫画で昔読んだ気がするし。
今日をしのげば、しばらくはこの状況にならないこともわかった。これは実にいい情報だったな。よし、ここはなんとしても逃げ切ろう。
「ほれ、どうせ受けることになるんだから、さっさと手続きしちまえよ」
俺の考えなど知る由もない酔っ払いがお姉さんから用紙を受け取って俺に突きつけてくる。
だから、俺は試験受けないって言ってんだろうが!
勝手に話を進めようとすんなこの酔っ払いが!
「生憎と今日はこの後用事があるので、すぐに戻らないといけないんですよ」
「用事ですか? では仕方ないですね」
「んだよ、つまんねーな」
「シラケたシラケた。呑みなおそーぜ」
毅然とした態度できっぱり言い切ると思いのほかあっさりと全員が引き下がってくれた。酔っ払いどもはぐちぐち言いながらも酒場スペースへと戻っていく。
思っていたよりすんなりいって逆に拍子抜けだ。
いやいや、ありがたいことだしこの現実を素直に喜ぼう。
ふぅ、助かったぜ。
「そう言えば、お住まいはどちらですか?」
「家……ですか?」
「はい。勇者の方は低ランクでもギルドの方で寝泊まりしている場所を確認しておく規則になっているんですよ」
「あ、そうなんですか。いやぁ、実はこれから宿を探さなくちゃいけないんですけど、宿が決まったら伝えに来れば大丈夫ですかね? あとはおすすめの宿とかあったら聞いておきたいんですけど」
定番だ。ギルドに登録しておすすめの宿に泊まる。
三井さんもわからないことは周りの人に聞けって言ってたしな。ギルドなら冒険者が泊まるいい宿を知ってるだろう。そしてそこの宿でいろんな出会いがあったり、めちゃめちゃ美味い食事にありつけたりするんだ。
あ、看板娘はかわいい子がいいです。
「わかりました。では、こちらが部屋の鍵です」
「はい?」
カウンターの上に載せられたのは、202と刻まれた丸い木の板が付けられている鍵だった。
……これ、完全に宿の鍵だよね。なんでこの場で渡されるのかな?
「部屋は階段を昇って右の奥から2番目です」
「いや、っちょ。え? なにこれどういうこと?」
「あっ! そう言えば、そこまでは説明してませんでしたね。ギルドの前身になった職業斡旋業務組織は自分たちの店を持っていなかったので、宿の食堂を借りて雑務を行っていました。いろいろと紆余曲折を経てタチュヤ・コガがそれまでお世話になっていた宿を買い取ることになり、それ以降ギルドは宿屋を改装して設置するのが習わしになっているんです。ですから、宿屋としても営業してるんですよ」
「何それ!? え、じゃあ宿代いくらですか? 冒険者割引とか効くんですか?」
「基本的な部屋やサービス、料金も含め他の中堅クラスの宿と一緒ですね。ただ、登録から1ヵ月間は無料です。この世界の方ですと貧村出身で登録直後は寝泊まりする場所がない、貯蓄がないという方も多いので、職業斡旋業務組織時代から登録後1ヵ月間は宿代をギルドが肩代わりし、依頼で得た収入を貯蓄に充ててもらう期間にするという規則になっています」
なにそれ超便利じゃん。
朝目が覚めて飯食ったら、そのままギルドの仕事を確認して仕事に行けるってことだろ? 終わったらそのまま自分の部屋に戻って寝ることだってできる。飯食って酒飲んで騒いだって同じ宿なんだからわざわざ外に出る必要がない。
と言うか、宿ってことはさっきから俺が酒場スペースだと思ってたあそこって普通の食堂ってことになる。
そうだよな。よく考えれば仕事の斡旋をするギルドの施設内に軽食やお茶なんかを提供する店ならともかく、酒場を作るなんて普通の組織ならありえない。宿の食堂なら酒が置いてあったって何ら不思議はない。
「それって、登録者が大勢来たら部屋が満杯になったりしません? それに、宿屋の側面があるってことは1ヵ月経ったら出て行かなくちゃいけないってわけでもないんでしょ?」
「万が一ギルドの部屋が満室になった場合は提携している他の宿に泊まってもらうことになっています。1ヵ月ギルドを宿として利用する方は、例外もありますが大概先に言った貯蓄がない貧村出身の方です。無料期間を終えたギルドの宿代は中堅クラスの宿と同程度ですので、そう言った方は1ヵ月が過ぎると安宿に移る方が大半です」
「……なるほど」
「貧村の方だけというわけではありませんが、街以外から冒険者登録に来る方の数なんてそう多くはありません。全体数ではけっこうな人数がいても、全員が同時に登録に来るようなこともありませんしね」
「でも、街にだってお金がない人はいるでしょう?」
「この街の住民だったらそれまで住んでいた家がありますよね?」
「あ、そうか。たしかにそうだ」
「もしかして宿を探すのが用事でしたか?」
「いや、この街に来たの初めてだからいろいろ見て回ろうかと……」
これは……まずいかもしんない。
お姉さんの目がらんらんと輝いていらっしゃいますよ。
獲物を見るような目になっていますよ。
誰か助けてください。
「ギルドとしては是非とも冒険者の実力にあったランクでいて欲しいんですよ。申請が済めば試験まで1時間は余裕がありますし」
「いや、実力に合ったもなにも、まだ自分の実力すらわかってないので」
「またまたぁ」
「いや、マジなんで」
「本当に自分の実力がわかってないんですか?」
「えぇ。だから試験は自分の実力がわかってから――」
「じゃあ、ゴブリンを相手に実力を確かめれば問題ないですね」
「おい」
「大丈夫ですよ。ゴブリンなんて魔物の中で最弱クラスなんですから。実力を試す相手にはちょうどいいです」
「その最弱なの相手だって怪我する奴ぐらいいるでしょうよ」
「勇者だったら大丈夫です」
あぁ、もう。押しが強すぎるぞこの野郎。
せめて武器が欲しい。
「こちとら武器も持ってないんですよ?」
「その拳は何のためにあるんですか?」
「別に魔物を殴るためにあるわけじゃないからな」
「ああ言えばこう言いますね」
「そっくりそのままお返しするよ」
「わかりました。そこまで言うなら私にも考えがあります」
「ほう……どうするって言うんだよ」
「試験を受けないならギルドカードは渡しません」
「おいコラ。ギルドマスターに言いつけるぞ」
「ところがどっこい! この街のギルマスは私なのでした」
「はぁ!?」
何言ってんのこいつ。
え? あんたってどう見ても受け付けだよね? ギルドが宿屋なら普通の看板娘だよね?
ギルマスってやつは初老のナイスミドルとか、豪快な元冒険者やら老練な爺ってのが相場だろう。どこに20代で見るからに町娘っぽいギルマスがいるって言うんだ。
「嘘だと思うならそこで飲んだくれてる連中に聞いてみなよ」
「……さっきまでの丁寧な口調はどこいったんだ?」
「新人だしね。最初ぐらい丁寧に対応してやろうって言う私の天使のようなや・さ・し・さ♡」
微妙にイラつくなこの物言いは。
♡じゃねぇよ♡じゃ。
「昨日までは、あの馬鹿なおでぶちんがいろいろと面倒なことしてくれてたのよね。おかげで私以外に職員誰もいないのよ。だから、私みたいにえら~い人でも受付をやんなくちゃいけないわけ」
馬鹿なおでぶちん? あぁ、あのデブのことだな。
「で、どうする? 私のことを上に報告したっていいわよ? でも、ギルマスの不祥事を報告するにはイウス大陸本部があるルオークスの街まで行かなくちゃいけないわね。ルオークスは遠いからどっちにしろ魔物と戦うことになるけど大丈夫?」
「しょ、紹介状見ただろ? 俺は三井さんが後見人なんだ。三井さん――いや、バルなんちゃら帝国に言いつけるぞ」
「残念。国家権力はギルドに介入できません。バルデンフェルトほどの大国ならギルドを敵に回す恐ろしさはよくわかってますからね」
「っう……い、いや……三井さんに頼んで本部とかに苦情を…………」
「別にいいですよ~? 私だってギルマスなんだから、呪いは受けてますもん。呪いが発動しないってことはこれがギルドに不利益になることじゃないって証明になりますから」
「っな!?」
このくそアマ……
それがギルマスか? 責任ある社会人のすることなのか?
ただの新人冒険者に無理を強いるなんてことが許されるのか?
この世界のギルドは良い組織だと思ってたのに、こんなことがまかり通るなんて……
何か、何かないのか? 今の状況を逆転できる何かが……
「だ、だったら……だったら……」
誰も助けてくれない。逆転の手立てはない。
なにも思いつかなければ、試験を受けるほかに選択肢がない。
「で、どうしますか~?」
ニンマリと殴りたくなる笑みを浮かべながら、試験の申請用紙を突き付けてくるギルマス。
時間切れだ。
俺はがっくりと肩を落としながら申請用紙を受け取るのだった。
泣きたい……
2016/07/12 微修正