解体作業
気づけば四十話超えてた。一ヶ月以上続いたんだなぁと思うと感慨深いです。
「うーん、やっぱりでかいなぁ。」
巨大な魔物--ベヒモスの死骸を見て呟く。よく倒せたな。というよりも首ちょんぱ出来たなこんな奴。
改めて二人の技量に驚かされる。ちなみによく見たら胴ちょんぱした後も見られる。酷いことをする奴もいるもんだ。
ギルドから依頼を受けてベヒモスの解体作業に来た俺とアイラだったが、既に多くの人が作業に取り掛かっており、正直あまり邪魔するのもよろしくないと思い、現場を指揮している団長を見つけて必要なら声をかけて貰うように伝えておいた。
多分俺が必要になるのは素材になりそうな部分を回収した後の死体処理だろう。とのことなのでアイラと二人で作業を見ながら話をすることにした。
「オルアアアァァ!!」
ザンッ! と肉を断つ大きな音がしてそちらを見れば、背丈ほどもある大鉈を振るっているイガさんがいた。あまりに似合いすぎていて怖い。なにあの鬼。
イガさんが切り離したベヒモスの四肢から爪を剥いでいる人の姿が見えた。恐らくあれも何かの武器などに生まれ変わるんだろう。物凄く頑丈そうだしな。あの爪。
よく見れば皮も一部剥ぎ取られており、生々しい肉が見える。時間の経過に伴ってか、少し黒ずんでいるのがやたらとキモい。
というか皮の剥ぎ取りですら数人係で、地面には刃こぼれしたのであろうナイフや鉈が見える。そんなに硬いのかあの皮。むしろそれをスッパリ首ちょんぱしたあの二人の異常っぷりが伺える一幕となった。
「うぇ……何これ気持ちわる……」
流石に死骸を目の当たりにして気分がよろしくないのだろう。アイラが呟いた。確かに魔物の死骸なんてのは冒険者とは言え、年頃の女の子には目に良い物ではない。
「首は綺麗に切断されてるからまだいいけど、なんなのあの身体……溶けて崩れたみたい。あんなの見たことないし、一体どうやったらあんな気持ち悪い状態になるの……? 無茶苦茶じゃない。」
うん、俺のせいみたい。つかここでも無茶苦茶か。
「ごめん、それ俺がやった。」
「え? コウがやったの? この気持ち悪いの。」
悪かったな畜生。これでも考えに考えた結果なんだよ!!
「あんまり範囲の大きい魔法使ったら怪我してる人とか巻き込むんじゃないかと思ってやったんだが……」
「あ、なるほど。考えてやったのね。趣味じゃないのね?」
「こんな趣味であってたまるか!」
一体人を何だと思っているのかこの女。というか昨日の今日で発言に遠慮がなさすぎじゃないか?
「冗談よ冗談。にしてもすごいねこれ! この魔物って上級魔法師や中級魔法師が集まって攻撃してもあまり効果がなかったって聞いたけど。これは効果があるどころじゃないわよ? 明らかに致命傷じゃない! 気持ち悪いけど!!」
「最後のは余計だ。」
「ねえ一体どんな魔法使ったの? 教えてよ!」
さっきの会話でもそうだったが、結構魔法の部分に食いついてくるな。意外と勉強熱心なのかもしれない。
「えっと、ベヒモスの外皮は魔法耐性も高いのは周りの魔法師が攻撃してる様子を見て分かったから。」
「ふんふん、確かにそうよねー。全然効かなかったって愚痴ってる人もいたもの。」
「胴体の真ん中辺りを狙って、魔法耐性を落とすために、外皮をこう溶かすようなイメージで弱体化させて。」
「なるほどー、確かに魔物の皮って魔法に耐性あるもんね。それを弱体化出来れ……ば……? 弱体?」
「で、弱体に成功したらさっきも言ったように広範囲の魔法は使えないから、身体の中を溶かすようなイメージで魔法を作って。」
「溶かすようなイメージ……ってちょっと待って! それより弱体って!!」
「あとはこう魔法耐性を落とした場所に魔法を打ち込んで、結果は見ての通りってわけだ。」
「ちょっと! ちょっと待って!!」
「ん? どうした?」
アイラが慌てている。どうしたんだろう? 俺のやったことを説明しただけなんだが。
「まず魔法耐性を弱体化させる魔法なんて聞いたことない!! それに身体の中から溶かすような魔法なんてのも聞いたことないよ!?」
「だってどっちもその場で作ったんだもの。」
「その場で……?」
「うん、ベヒモスと戦うことなんて想定もしてなかったし、見るのも初めてだったし、効果があるかは半信半疑だったけど成功してよかったよ。」
「……」
「どうした? 流石に死骸を見て気持ち悪くなったか?」
今度は黙り込んだ。なんだろう?
「気持ち悪くなったんならちょっとあっちで休んでたらいい。俺の出番もまだみたいだし。」
「……」
「アイラ? おーい。アイラさーん。」
「む……」
「む?」
「無茶苦茶にも程があるでしょおおおお!!」
「うおっ!? なんだよ急に!」
「だってこんな巨大な魔物を目の前にして魔法を作ろうなんて思える神経が無茶苦茶だし! 作った魔法は魔法耐性を弱体させるとか! 挙句身体の中から溶かすとか!! 何から何まで無茶苦茶だよ!! 無茶苦茶っていうか滅茶苦茶だよ!!」
「やめて! それ以上無茶苦茶って言わないで!! 俺のライフはもうとっくにゼロよ!!」
なんで俺怒られてるの? 確かに無茶はしたとは思うけどそこまで言われるのはあんまりです。
「はぁ……はぁ……もうそれだけ滅茶苦茶なら空でも飛べるんじゃないの? 本当あり得ない……」
「え? 飛べるよ? 一応。」
「……」
「あっ……アイラさーん? おーい?」
「もおおおやだああああああおうちかえるうううううう!!」
アイラさんが壊れてしまった。
「おい落ち着けアイラ! 確かに俺は無茶苦茶かもしれんし滅茶苦茶かもしれんが、そんな壊れるほどじゃないだろう!?」
「壊れてるのはコウの方だよ!! 普通の人は空なんて飛べないよ!!」
「いや確かに俺も見たことはないけども! やったら出来たんだから仕方ないじゃないか!!」
「だから普通はやろうとしても出来ないよ!!」
「おーい、ボウズ、嬢ちゃん。お前等うっせえ。作業の邪魔だ。」
血塗れの大鉈を担いでイガさんが近付いて来る。やめて来ないで怖いから。
「あ、イガさんお疲れ様。つかその格好怖すぎるんだけど?」
「仕方ねえだろうが、こっちは作業してんのにお前等がうるせえからわざわざこっち来る羽目になったんだからよ。」
どうやら俺達のやり取りが迷惑をかけてしまったらしい。ちょっと反省である。
「それはごめん、でもアイラが落ち着いてくれなくて。」
「コウが滅茶苦茶なのが悪いんだよ……」
「どうしたってんだ。確かにボウズの滅茶苦茶具合は今に始まったこっちゃないが。」
「聞いてよ! コウがこの魔物をやったのは聞いてたから知ってる。でも空を飛べるとか聞いたこともないし見たこともない!!」
「お、ボウズ空飛べるようになったのか。つか試験の時にもほぼ飛んでたようなもんだしな。」
「うん、おかげさまで。ぼちぼち慣れてきたしかなり便利だよこれ。」
「なんで普通に受け入れてるの!?」
俺とイガさんのやり取りにまで突込みが入る。元気だなぁもう。
「いやそりゃな、俺も最初は驚いたが……嬢ちゃん、あれ見えるか?」
「あれって?」
「ほらあれだ。俺の指差す方を見てみろ。」
「あれって言われても……何もないじゃない。他とは違って木すらないし……ってあれ? 確かに開けた道だったとは思うけどあんなに何もなかったっけ?」
「いや、俺も歩いてきたから覚えてるが、元々この辺と同じように木で挟まれた街道だった……この前魔物の大群が襲ってきたって話知ってるか?」
「うん、あまり一般人には広めないようにって言われてるけど、たまに冒険者に召集がかかることもあるからね。今回は騎士団だけで対処出来たから冒険者には召集がかからなかったってお姉ちゃんに聞いたけど……」
「お姉ちゃん?」
「あ、ギルドの受付を担当してくれてるアイサさんと姉妹らしいよ。」
「おおマジか。確かによく見りゃ似てるな。で、その魔物の大群に向かって一発の魔法をぶっ放した結果がアレだ。魔物も全部消えちまったし、ついでに木々も岩もなんもかも吹っ飛んじまった。」
「……もしかしてその魔法って。」
「拙者でござる。」
「……」
あれ? 外したか? もしかしてまた叫びだすんじゃ。
「……」
「お、おーい。アイラー?」
「……」
「おーい。」
アイラの目の前で手を平を向けて上下にヒラヒラさせてみるが反応がない。しかばねのようだ。
「どうやらショックが大きかったみたいだな。嬢ちゃん軽く放心状態になってるみたいだぜ。」
「そんなにか。」
やっぱり自重した方がいいんだろうか。確かにヴィエラからも色々言われてたけど、ここまでの反応をされるとは思ってなかった。というか俺の周りの面子が異常なんだよなぁ。
「まぁ嬢ちゃんは置いといてだな。ボウズ、団長がそろそろ死骸を片付けてくれって言ってたぞ。」
「あ、了解。やっと出番か。」
アイラには悪いが、ちょっとこのままにしておこう。
俺は団長の方に向かって人払いをお願いする。流石にこの死骸を跡形もなく片付けるとなると、それなりの規模の魔法が必要になるからだ。
「うーん、どうしようかな。燃やしたら匂いが凄そうだし……いくらなんでもバアル・バーストは環境によろしくないし……」
と、ブツブツ呟きながら使用する魔法のイメージを巡らせて行く。
「よし、またグロくなるかもだけどこれでいこう。」
ようやくイメージを固めた俺は使うべき魔法を選択する。ちょっと範囲が広くなるかもしれないし、近くに人がいないことを確認して、固まってるアイラに声をかける。
「おーい、アイラー。大丈夫かー?」
「……はっ!」
どうやら気がついたらしい。
「今からあの死骸片付けるからちょっと離れてて貰っていいか? 出来れば俺の後ろのほうでイガさんと一緒にいてくれると助かる。」
「わ、分かった。離れてるね。」
慌てて離れていくアイラ。もしかしてまた滅茶苦茶だって言われるのかなぁ。
などと考えつつ、ホルスターからベレッタを抜き、詠唱を開始する。使うのは風と火だ。
「荒れ狂う風よ。回り廻りてかの者を一片の跡形もなく切り刻め。」
イメージするのは竜巻。そして中心の真空部でベヒモスを切り刻む。既に外皮が剥ぎ取られているおかげか、どんどん肉片に形を変えていく。グロい。
「燃え盛る炎よ。かの者を覆いつくし、一片の跡形もなく焼き尽くせ。」
竜巻の渦を巡るかのように炎を纏わせる。これは幾つかのアニメや漫画に出てきたのでイメージしやすい。
「其れは激しさを増し、其の存在の一片をも残さず。喰らい尽くせ! フレイムツイスター!!」
残念ながらネーミングは普通(?)だ。特別な形や効果を及ぼす物ではないので、イメージ通りの名前を叫ぶ。
ベヒモスの身体が徐々に細切れになり、宙を舞い始める。真空で肉片にされ、竜巻の渦に巻かれた肉片を高熱の炎が焼き尽くし、やがてベヒモスの巨体は跡形もなく消え去った。
「こんなもんかな。これなら匂いも遥か上空だし、誰にも迷惑はかけないだろう。」
これは上手くやれただろう。もう滅茶苦茶とは言わせない。
ドヤァ、という感じで後ろを振り向いてアイラの方を見る。
俺の魔法を初めて見た彼女はこう呟いた。
「もう滅茶苦茶だよ……」
コウさんマジ自重。




