銀閃
まだだ、まだその時ではない。
「というわけなんで今日はマリオさんが全部研いでくださいね」
「おいちょっと待てコラ!! あんな量一人で出来るわけねえだろ!!」
「いやいやアンタの店でしょうが!?」
「俺の店だがお前の客だろ!? 責任持って全部やれや!!」
「無理!! つかマリオさんが次々受けちゃうからでしょう!?」
早速銀で出来た剣、ここはオーソドックスにシルバーソードと呼ぼう。の研ぎに着手しようと思ったらこれまた大量の依頼が舞い込んできた。事情を話してなかった俺も悪いが、勝手に受けてくるマリオさんもマリオさんである。
「とにかく、俺は今日この剣優先でやりますからね。終わったら手伝いますけど、それまではヒゲ親父がやってくださいよ」
「おいお前今なんつった」
おっと、心の声が口に出てしまったようだ。
「とりあえずこっちはこっちでやっとくからお前も終わったらとっとと手伝えよ!?」
「はいはーい、分かりましたー」
適当に返事をする。これから集中したいのだからとっととどこかに行っていただきたい。何故か最近はこんな感じだ。お互い礼儀もあったもんじゃない。
ともあれ、むさいヒゲ親父も行ってくれたので、改めてシルバーソードと向き合う。特に装飾などはないが、手入れをあまりしていない割には硫化もしていないことから、極めて純度の高い銀が使われているのだろう。
それほど刃がこぼれている様子もなく、持ち主の腕の良さを物語っているようだ。こういう使い込まれた武器を研ぐのは、ただ巻き藁を斬って刃こぼれした刀を研ぐよりはよほどやり甲斐がある。
「さて、どう研ぐかだが……とりあえずまずは状態から見てみるか」
まずは刀身部分に歪みがないかを確認する。うーん、やっぱり素材のせいか、ちょっと曲がりもあるな。まずは歪み部分から調整するか。
日本刀に比べて刀身に厚みがないので、力はそれほどいらないだろう。自作のため木に剣を当て少しずつ力を入れて曲がりを修正していく。予想通り少し力を入れたところで曲がり部分は修正され、刀身部分は真っ直ぐになった。
続いて錆び……はしないか。銀だもんな。刀身の歪みを調整した後は、刃の欠け具合を確認するために両刃に指を当てて確かめる。そこまで大きな欠けはないが、細かい傷は結構あるようだ。
そうなると軽く、研ぐ回数を多くして確かめながら研ぐことに決め、砥石に剣を当てて研ぎ始める。リズム良く前後させること数十回、水気を拭き取り、再度指を当てる。少し良くはなったようだがまだ甘い。もう一度剣を砥石に当てて研ぎ始める。
--シャコシャコシャコシャコ。
よく研ぐ時はシュッシュと表現されるが、今回は少し速度を上げているので、こんな音が鳴る。ちなみに日本刀だとシャーコーシャーコーシャーコーという風に若干伸びた感じの音がして、この音をリズミカルに鳴らすのが密かな楽しみだったりする。
先ほどより少し長く研いでみて、指を当ててみる。もう少し、と言ったところか。
--シャコシャコシャコシャコ。
今度は少し回数を減らして再度指を当てる。うん、こんなもんかな。
後は仕上げ研ぎなんだが……うーん、普通なら割った砥石を使うのだが、せっかくの銀だし、鉄なんて使ったら錆びが出たりするのが怖いな。となるとどうしようか……
ふと考え始めた俺の目の前に、研ぎ代として支払われた小銀貨が目に付いた。
(試しにこれを使ってみるか。)
研ぎ中に唾が飛んではいけないので、口には出さずに心の中でひとりごちる。
もったいないとは思ったが、代わりに小銀貨を細かく砕き、刀身に油を塗って仕上げ研ぎに入る。ちなみに和紙なんてものはないので、紙を二重にして代用してみた。若干勝手が違うがこの際仕方あるまい。
打ち粉は……元々錆びないだろうからいいか。
(よし、こんなもんかな)
仕上がりを見て満足感を覚える。元々光沢のある剣だったのだろう。しっかり研いで、歪みも直したシルバーソードは薄暗い工房の中でも一際の存在感を放っていた。
切れ味の確認もしたいところだが、それはせっかくだから持ち主にお願いしよう。俺じゃ日本刀のように使ってポッキリ折りかねん。
そうして剣を鞘に戻し、持ち主を待つ。同じ名前だからコウとは言い辛い。
そんなことを考えながら、一仕事終えたので外に出ると、太陽は既に真上近くにあり、もう約束の昼頃であることに気が付いた。
「あぁもうこんな時間かぁ……そろそろ来るかな?」
と、噂をすれば影、だ。目の前から一人の男がこちらに向かって歩いてくる。
「やぁ、約束の物は出来たか?」
「ああ、ちょうど今終わったところだよ。待ってろ、すぐに持ってくる」
そういって工房に戻り、シルバーソードの鞘を掴む。そして元いた場所に戻り、持ち主に返した。
「抜いても?」
「もちいいぜ。勝手が分からないところもあったが、まずまずの出来だと思う」
鞘を左手に持ち、右手で剣を抜く。流石に洗練された動きで俺から見ても無駄を感じない動作だ。スランッという音を立てながら銀色に輝く剣が抜き放たれる。
太陽の光が反射して、一層その銀色を鮮やかに見せたその剣は、持ち主と相まって神々しくも見える。そう、まるで姿は勇者のように……
「アラン……」
「え? 何か言ったか?」
「あぁいやなんでもない。随分様になってるなぁと見蕩れてたところだ」
「そうか、気のせいだったらいいんだ」
思わず口に出ていたらしい。聖剣もなくなったし、今更アランのことを覚えている人間もいるかは怪しいところだが、流れ者の傭兵には縁のない話だろう。
「これは……すごいな。俺が手に入れた時よりも綺麗になっているようだ」
「そう言って貰えると刀工冥利に尽きる」
「ああ、研ぎ師だと思っていたら鍛冶師だったのか。これは失礼した」
「いや、こっちでは研ぎしかやってないし、間違いでもないさ」
「そうか、しかしこれは思った以上だった。礼を言う。支払いはいくらだ?」
「うーん、俺もいい経験をさせてもらったし、金はいらないかなぁと思ったけど、研ぎの時に小銀貨一枚使ったから、小銀貨一枚でいいか?」
「そんなに安くていいのか!? コウ、お前は不思議な人間だな」
「そうか? 俺はそうは思わないが」
小銀貨を受け取りながら雑談を交わす。
「ああ、それと気になってたんだが、コウってのは仮の名前なんだろう? 流石に同じ名前だと呼び辛いから、他の呼び方を教えてくれないか? 別に本名じゃなくてもいいから」
「そうだな、確かに俺が呼ぶ分にはいいが、本名だと同じ名前というのは呼び辛いか」
コウと名乗った男は少し考えてから、口を開いた。
「なら俺のことは銀閃と呼んでくれ。傭兵仲間の間ではそう呼ばれている」
「銀閃……ね。こりゃまた分かりやすい呼び名だこって」
いわゆる二つ名が付けられるほどの腕なのだろう。一度腕を見てみたいところだが……
「なあ、もし良かったら切れ味も見てみたいし、そこにある巻き藁を切ってみてくれないか?」
「巻き藁とはあの藁を巻きつけた棒のことか?」
「ああ、あれを斬ってみてほしい」
研ぎの具合を確かめるために自作した。こっちでは見かけない物らしいな。
「分かった」
銀閃が剣を構える。風体からして荒々しい構えかと思ったら、意外にもしっかりとした構えだった。背筋はピンと伸び、背中に一本の棒が入っているかのようである。
右手に剣を構え、そのまま上段から片手で巻き藁を袈裟斬りに……っておいちょっと待て!!
「マジかよ……藁じゃなくて支えの木の棒ごと斬るなんて……」
「ん? もしかしてまずかったか?」
「いや、剣に傷をつけないように、上に巻きつけた藁だけ切ってくれれば良かったんだ。まさかその下の棒ごと斬るなんて思ってもみなかった。しかも片手持ちでとかどんな腕してんだアンタ」
「いや、俺もこんなにすんなり刃が通るとは思ってなかった。腕のいい研ぎ師、いや鍛冶師にかかれば、切れ味とはこうも違うんだな……これは噂にもなるわけだ」
「そりゃどうも、お気に召したようで何よりだ」
「本当に助かった。また王都に立ち寄ることがあったら是非お願いしたい。その時は相応の代金も支払わせてもらう」
「ああ、それは構わない。だけど俺もいつまで王都にいるか分からんからなぁ」
「旅にでも出るのか?」
「一応そのつもり、というか俺そもそも冒険者なんだよ。元々は自分と連れの刀を手入れしたくて鍛冶師を探してたんだけど、色々あってこの工房を借り受けて研ぎ師なんてやってるわけだ」
「そうか、連れがいたのか。もしなんなら一緒に旅を、と思ったが……」
「すまん、それもワケ有りなんで気持ちだけ受け取っとくよ」
「残念だ。もし俺が力になれることがあったら言ってくれ。出来る限り力になる」
「ありがとう、その時はよろしく頼むよ」
そう言って銀閃は去っていった。
「勇者のよう、か。アラン、お前は今どこにいるんだ」
正に死に別れた(俺が)幼馴染を思い出して空を見上げる。太陽の光が眩しい。
少しした後、工房に戻る。
(もう少し資金を稼いだら旅に出るか。イガさんとヴィエラにも話しておこう。)
銀閃との出会いはいい刺激になった。俺にはまだまだやらなくてはいけないことがある。
--まずはこの大量の剣を研がなければ。
「って結局昨日と一緒かよおおおおおおおお!!」
誰もいない狭い工房に俺の絶叫が響き渡った。
研ぎに関しては色々調べてますが、工程を全部書くとボロが出……長くなってややこしくなるのである程度端折りました。ご容赦を。




