冒険者試験 後編
というわけで後編です。
今「参る」って言った!! 本当に言う人いたんだ!!
と、小馬鹿にはしてみたものの、そこからのイガさんの動きは身の丈に合わずやたらと早い。一気に相手の懐に入るべく、大きく一歩を踏み込む。俺もよくあの歩法には苦戦させられたなぁ……
いわゆる『ナンバ』と呼ばれる同じ側の手と足を出す歩法だが、俺は未だに会得するに至っていない。右手と右足を一緒に出す。というだけの動作だが、どうも意識的に同時に手足を出そうとしてしまうためぎこちなさが消えず、動きが硬くなってしまうため、俺が使おうとすると逆に動作が遅くなってしまうからだ。
だがイガさんのナンバはあの巨体をして流れるような動作で踏み込む。予備動作もほとんど感じられないことから、気が付いたら目の前まで接近されていた。ということが多かった。
そこから右手で横薙ぎ一閃。イガさんの得意技である。
ヒースさんも試験官を務めるだけあってか、一瞬接近を許すが、すぐに気付いて距離を取る。放たれた一撃は空を切るが、お互いの間に張り詰めた空気が漂う。
「熟達者、という他ないな。こうも自然に近付かれて先手を許すとは思わなかった。新人だと思って試すだけのつもりだったが、相手にとって不足はない」
どうやら今の一撃でイガさんの実力を上方修正したらしい。俺もイガさんとばっかり立ち会わされていたから他との実力差が計りかねていたが、やはり只者ではなかったようだ。
一方、イガさんは一言も返さない。虎のように鋭い目で相手を見据え、僅かな動きさえ見逃さないつもりのようだ。
また距離を詰められては危険と感じたのか、今度はヒースさんが攻勢に転じる。槍のリーチを生かして近寄らせないつもりのようだ。
地球でも薙刀を使う人を見たことがあるが、あれは横薙ぎに斬ることも出来る武器だ。それよりも『斬る』動作を捨て去り、突くことに特化した突きの速度は恐ろしいことを初めて知った。
よく突いた後引き戻すまでが隙だと言われるが、槍を使う者にとってその弱点は当然熟知している。それが熟練者ともなれば、当然その弱点を克服しようとしないはずがない。
どうやって引き戻しているのか分からないくらいの速度で連続突きを繰り出すヒースさん。一秒間に二発以上攻撃してないかアレ?
「ハアアアアアッ!!」
凄まじい連撃だが、イガさんも然るもの。突きが見えているのか、紙一重でかわし、かわし切れない攻撃は剣を当てて直撃を逸らしている。だがその猛攻は止まらず、イガさんが防御に徹している姿が目に付いた。
いつもだったら無理矢理にでも突っ込んで一撃食らったとしても相手を一撃で倒すのがイガさんのスタイルだったはずだが、思った以上に苦戦しているのだろうか。
--と、俺が考えたその直後にイガさんが動いた。
「村雲流剣技、槍殺し」
ヒースさんの突きの一つに合わせて、下から上に槍をかち上げようとする一撃を放つ。が、ヒースさんの反応の方が早い!! 突きを止めて引き戻し、イガさんの振り切った隙を狙って突きが繰り出される!!
「イガさん!!」
イガさんの腹に槍が突き込まれる!! と思ったその時だった。
上段から目に見えぬほどの速度で剣を振り下ろし、突き出された槍を叩っ斬った。
「なっ!?」
驚くヒースさん。それはそうだろう。俺も完全にイガさんがやられたと思った。
だが、イガさんは止まらない。そのままヒースさんの懐に入り込み振り下ろした剣をそのまま下から斜めに振り上げる。
ヒースさんも慌てて飛び退こうとするが間に合わず、イガさんの一撃が脇腹にヒットする。うわぁ、今メリッて言ったよ。
そのまま肩膝をついて脇腹を押さえるヒースさん。うん、これは勝負有りだ。
だがイガさんは止まらない。そのまま上段から剣を振り下ろし--ヒースさんの眼前でピタッと寸止めした。
そのまま両者は見合ったまま動かない。数秒ほどの時間を経て、ヒースさんが口を開いた。
「参った。私の負けだ」
ヒースさんの降参を受けて、イガさんが腰に剣を戻す。相手に致命的な一撃を与えても油断せずトドメを刺そうとする。見事な残心である。
「アンタも相当強かった。二撃目が避けられていたら俺の負けだった」
「いや、私は油断していなかった。あの体制からまさかあれほどの一撃が来るとは思ってもみなかったからな。まさに見事という他ない。もちろん試験も合格だ」
ヒースさんから合格の言葉が発せられる。イガさんは喜ぶでもなく、俺の方に戻ってくる。こういうところはカッコいいんだけどなぁ……
「ところでイガさん、さっきの技は?」
「あぁ、師範から直々に教えてもらった技の一つだ。必ずしも剣術同士の戦いになるとは限らないからな。色々な武器と戦うための技はいくつも叩き込まれてる」
「俺教えてもらったことないんだけど?」
「ボウズの場合は下手に技なんざ覚えるより、ひたすら実戦で鍛えろと言われていたからな。恨むなら師範を恨め」
「ぬう……」
「オレもボウズは型に嵌らない方が合ってるとは思ってたからな」
そう言われてしまっては文句も言えない。俺のことを考えてのことなのだから。
「さて、次はボウズの番だが……」
「あぁすまない。さっきの一撃がまだ残っていてね。すまないがもう少し待ってくれないか」
やはり先の一撃は相当効いてるらしい。むしろよく意識を保っていられるものだと感心する。
「失礼します」
そこへ先ほどの受付嬢が入ってくる。何かあったのだろうか。
「む、今は知っての通り試験中だ。アイサ、何かあったのか?」
「はい、物音が聞こえなくなったので終了したかと思い、失礼とは思いましたが入室しました。急ではありますが来客がありましたので……」
「来客? 今日は特に人と会う約束はなかったはずだが……」
「すまんなヒース、ワシが無理を言って通してもらったのだ」
げえっ団長!?
「これは団長ではありませんか。何故こちらへ?」
「そこの二人にはワシも少し縁があってな。冒険者登録に行くと聞いていたので様子を見させてもらおうと思って邪魔をさせて貰った。だがその様子だと……そうか、ヒースに勝ったか」
「お恥ずかしいところを……ええ、確かに私はそこにいるイガラシに負けました」
ジロリと俺達の方を向く団長。なんかあの人苦手なんだよなぁ……
「ふむ、キサラギではなくイガラシか。どうやら只者ではなかったようだな」
「ボウズはともかく、オレは特別なことはない。ただ人生を剣に費やしてきただけだ」
「ぬかせ。ただの剣士がヒースに膝をつかせることが出来るものか」
どうやらヒースさんは団長も認める程の実力者だったらしい。確かにあんな槍さばきが出来る人間が実は弱い、なんて考えたくもないしな。
「で、キサラギはもう終わったのか?」
「いえ、これからです。ですが先のイガラシの一撃があまりに強烈で……見ての通りまだ立ち上がることもままならないのですよ」
「ふむ……そうか」
あ、なんかこれって嫌な流れじゃね?
「ならちょうどいい。ワシは見学に来ただけのつもりだったが、試験官が負傷とあっては仕方ない。キサラギの相手はワシが務めよう」
はい来たー。やっぱりこの流れですよね。分かります。
「よろしいのですか?」
「昨日の魔物の襲撃では被害はゼロだったからな。しばらくは来んだろうし、今日は取り立てて用もない。ならこれからを担う若者に指導するのが先達の務めだろう?」
ニヤリと笑う団長。そうか、この人イガさんとキャラ被ってるんだ。
「団長がそう仰るのであれば……キサラギはそれでいいか?」
「え? ああ、嫌で「もちろんいいぜ」……はありません」
なんでさっきからこう俺のセリフを遮るのイガさん?
「分かった。それでは団長、お願いしてよろしいでしょうか」
「承った。さあキサラギ、武器を取るがいい」
ええいもうこうなったらヤケクソだ。まだまだ試したいことは色々あるし、団長の実力は分からないがとにかくやってやる!!
そして俺は覚悟を決めて木剣を二本手に取った。
イガさんマジ化け物。




