王都にて
やべ、なんか忘れてると思ったら……
「身分証? なんだそれ? 運転免許証みたいなもんか? つか街に入るのに身分証なんているのかよ」
「身分証がないのなら入れるわけにはいかん。盗賊が一般市民を装って王都に入ることを避けるためだ」
うーん、そうなんだよな。日本では生まれた時から国に出生届を出すことで身分が保証されるし、身分証なんて持ち歩かなくても最低限の生活は出来てたし、すっかり忘れていた。
「それにお前等の格好はなんだ、見たこともない服装な上に顔も見せない奴が一人。怪しすぎてどちらにしても素通りというわけにはいかんな」
彼等も兵士としての職務を全うしているだけなので文句も言えない。だがこのまま引き下がってもかなり厳しいものがある。
「困ったな……」
「おいボウズ、お前ここに誰か知り合いとかいないのか? 要は身分を保証してくれる人がいたって同じことだろう?」
「そうは言っても俺個人の知り合いなんて……あ、そういや王都出身の仲間が一人いたけど帰ってきてるのかな……」
ふと一人の女騎士の姿が思い浮かぶ。戻っているなら元気にしているだろうか。
「すいません、一つ聞きたいんですが、騎士団にミリィという女騎士はいませんか? 確か五、六年ほど前に聖剣の勇者と一緒に旅に出たはずなんですが」
「ミリィだと……? うーむ、俺は聞いたことはないが、お前知ってるか?」
俺達とやり取りをしていた兵士が隣の兵士に声をかける。
「いや、そんな名前の女騎士はいなかったはずだ。だが勇者と共に旅に出たという話なら団長なら知ってるかもしれん」
「それに勇者って今行方不明なんだろ? なんでも魔王に返り討ちにされて聖剣を折られて逃げ出したらしい。今やどこぞで傭兵なんぞやってるという話だが」
「おかげで協会との関係が悪化したという噂だしな。っと、これはお前等に話すようなことでもなかったか」
うんまぁ大体合ってる。返り討ちにしたのはここの残念美人ではなく別の存在だが。情報が正しく伝わっていないということはミリィは帰ってないのか?
「おいそこ! 何を立ち話しておるか!!」
不意にハリのある大きな声がかけられた。
「だ、団長。いえ、この者達が騎士団にミリィという女騎士はいないかと聞いてきたもので」
年季の入った甲冑に身を包み、やたらとガタイのいいオッサンが近づいてくる。イガさんより少し年上だろうか、随分迫力がある。
「ミリィだと……?」
「はっ、なんでも五、六年前に勇者と共に王都を出た。という話なのですが、団長はご存知ではありませんか?」
団長と呼ばれたオッサンの眉がピクリと動く。
「オイ貴様等、その名前をどこで聞いた」
「いや、聞いたというか旅に同行してたもんで」
「旅に同行してた、だと? 貴様、名を名乗れ。事と次第によっては牢にぶち込むぞ」
え? なんでそんな話になってんの? 俺死んだだけで何もしてないよ?
「俺はコウ、コウ=キサラギという者だ」
「キサラギ、だと? 貴様、本気で言ってるのか?」
「おいおい、疑うのも大概にしろよ。コイツの名前が間違ってないのはオレが保証してやるよ」
「はっ! 貴様の保証がなんになる。ワシは貴様のことなど知らんし、そもそも貴様も身分証を持っていない輩だろうが、そんな奴に保証されてもゴブリンの腰布ほどの役にも立たんわ!!」
なんで疑われてるのかよく分からないが、信じてもらえていないのは確からしい。
「確かにミリィという女騎士が勇者と共に王都を出立したのはワシも知っておる。その際にキサラギという魔法師がいたこともな!! だがワシが記憶しているキサラギと貴様の容姿は似てはいるだろうが、そもそも奴はそのような黒い髪ではなかった」
「あっ……」
そうだった。俺中身はともかく外見は別人だった。今は純日本人の黒髪だが、前はくすんだ赤っぽい色だったはず。
「やはり謀るつもりだったか、おいお前等!! この三人を牢に引っ立てろ!!」
「はっ、承知しました!!」
さてどうする? 戦えば逃げれるだろうが、ここで騒ぎを起こして指名手配なんてされたら本当に生きていけなくなる。
「おいボウズ! なんでこうなってんのかよく分からんがどうするんだ!?」
「イガさんごめん、とりあえず今騒ぎを起こして指名手配なんてされたらそれこそ終わりだ! ここは大人しく捕まろう。ヴィエラもすまないがそれでいいか?」
「む、貴様が言うなら今は我慢しよう。だが我は命の危険を感じたら大人しくなぞせん。我一人でも帰るぞ」
「それでいい。少しの間我慢してくれ」
後ろから兵士がぞろぞろと出てくる。おいどこにいたんだこの人数。もっと見回りとか仕事しろよ。
「抵抗はせんか。懸命だな。おい! こいつ等を牢に入れておけ!!」
「はっ! よし貴様等! ついてこい!」
しかしなんで兵士ってこんなに暑苦しいんだろう。いや規律とかって大事だとは思うけどさ。
そうして王城から少し離れた牢屋に連れて来られる。でもなんでゲームでも牢屋って城の地下だったり城の近くにあるんだろうか? 普通犯罪者を収容するならもっと隔離された場所の方が安全なんじゃないかと思うが。
「さぁついたぞ、入れ!!」
格子の扉を開けられ、順番に入れられる。幸いにも手足を縛れるようなことはなかった。
「貴様はいつまで顔を隠している!! とっととこのフードを外せ!!」
バッ! とヴィエラのフードが捲られる。三日振りのご尊顔拝謁にイガさんが衣擦れの音に反応してガン見しているのが見える。
「なにすんのよ!!」
「お、女だったか、すまない……いや! 顔を隠している方が悪い!! 貴様も入れ!!」
キッと兵士を睨み付け、ヴィエラも牢に入ってくる。うんやっぱり美人なんだろうけど性格に難がありそうで俺は食指が伸びないな。イガさんにお任せしよう。
「しばらくの間そこで大人しくしてるんだな。特に犯罪を働いたわけではないから処刑とまではいかんだろうが、団長の反応を見るに相応の処分はあると思ったほうがいい」
そう言って兵士は去っていった。入り口辺りに監視の兵士はいるだろうが、ここからはよく見えない。
「俺見た目のこととかすっかり忘れてたよ……」
「それ以前に普通生まれ変わって更に戻ってくるなんてあり得ないからな。で、さっき話に出てたミリィってのは何者なんだ?」
「うーん、俺も王都で仲間になった女騎士、としか認識してないんだよなぁ。まぁでも王様から連れて行くように命令されたから、もしかしたらなんかワケ有りだったのかもだけど」
とりあえずこれからどうするか考えなければいけない。なんというかこっちに来てからまともな飯も食ってないし、母さんのハンバーグが恋しくなりそうだ。
違う、考えるのはハンバーグのことじゃなくてどうやって牢を出るかだ。
とりあえず俺とヴィエラの魔法があればなんとかなるだろうが、あくまで最終手段だ。一番は誤解が解けて何事もなく牢を出られることなんだが……
正直この状況では結果を座して待つ他ない。仕方なく固い床にゴロリと寝転がり、処分とやらを待つことにした。
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