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-幕間- とある剣術士の想い

我らがアニキの回想です。

両親が亡くなった。


若いのに大変だと周りは言う。そんなことはない。今まで親らしいことをしてもらった覚えはない。


可哀相だと周りは言う。そんなことはない。僕はこれから自由に生きる。


「僕大丈夫だよ。師範もいるし、友達だって一杯いるんだから」


父は一代で成り上がった大企業の社長。母は元トップモデルから花形女優に成り上がった有名芸能人。


そんな二人だから、たった一人しか恵まれなかった子供には過剰の期待をしてしまうのも無理はないだろう。僕は子供の頃からひたすらに勉学に、スポーツに取り組んだ。いや、取り組まされた。


成績は一位を取らなくては駄目だ。徒競走は一位を取らなくては駄目だ。そんな風に教え込まれ、生きてきた。だが授業参観に来たことはない。運動会を見に来たことはない。いつも通信簿やテストの結果だけを見て僕という人間を評価し続けられた。


そんな折、僕を金持ちの息子だと知っている近所の不良どもに絡まれた。ありきたりに「痛い目に会いたくなかったら金を出せ」と言われた。


金持ちの息子だからってそんな毎日大金を持ち歩いているわけではない。それが中学生の子供なら尚更のことだ。


「お金なんて持ってない」と俺は言った。


だがそんな言葉を信じる由もなく、僕は周りを囲まれてしまった。怖かった。泣き出したくなった。けれど泣いて許してくれる相手でもない。ただ正面の男を睨み付けるだけが精一杯の抵抗だった。


「いい度胸だガキィ!!」


怒声とともに殴りかかってくる。僕は決して目を逸らさない。それだけが自分に出来るせめてもの抵抗だったから。


その時、男の腕が掴まれる。僕は内心混乱しながらも、腕の伸びた元を見ると、30代くらいの男が腕を掴んでいた。


「オイオイ、子供相手にお兄さん達が大人数で威勢のいいこったな。どう見てもお前等が悪モンだが、ボウズ、それで間違いないか?」


言葉が出ず、男の方を見てコクコクと頷く。


「で、どうだ? ボウズは助けて欲しいのか?」


問われて逡巡する。まさかこの状況で助けて欲しくないとでも答えるとでも思っているのだろうか。


「ボウズ、言いたいことはハッキリ言え。オレは助ける気はあるが、助けて欲しくない奴の邪魔をする気もないんでな」

「……助けて、ください」

「あん?聞こえねえな! ハッキリ言えって言っただろう?」

「助けてください!!」

「よっしゃ分かった。じゃあお兄さん達、おっさんと遊ぼうじゃねえか」


男はニカッと笑いながら、不良どもの方に向き直る。一体この人は何者なのだろうか。


「ざけんなジジイ!! 離しやがれ!!」


腕を掴まれた男が腕を振り払おうと暴れ出す。が、腕を振った勢いをそのままに、腕を捻り上げられ、足を払われて不恰好に倒れてしまう。


「元気がいいのはいいこった。どうせならその元気をもうちょっと人のために使おうとは思わんのかねえ。若いんだから」


そう言いながら倒れた男の背に肘を落とす。言葉は飄々としているが、やっていることは意外にえげつない。


「さて、お兄さん達もかかってくるかい? 何人同時でも構わんよ」


得体の知れない男に対し、不良どもは気圧されたのか誰も向かっていかない。あまりにも鮮やかに一人がやられてしまったのだから、無理もないことだろう。


「やらないならこの子を貰って行くがいいかね? じゃあボウズ、行こうか」


そう僕に声をかけて、男はその場を立ち去ろうとする。置いていかれてはたまらないと思い、慌てて後を付いていく。不良達は追いかけては来なかった。


しばらく歩いて、自分の家ではない方に進んでいることに気付く。一体どこに連れて行かれるんだろうか。


「あの……どこに?」

「あん? あぁ言ってなかったな。このまま帰っても待ち伏せとかあるかもしれんし、ちょっくらオレの道場にでも案内してやろうと思ってな」

「道場……?」


先の動きを見るに、空手や柔道の道場だろうか。と、興味を持ちつつ後ろを付いていく。五分ほど歩いた頃だろうか、恐らくアレが道場だろうと思しき建物が近づいてきた。


「さぁ、着いたぞボウズ。ようこそ村雲剣術道場へ。だ」

「剣術……」

「どうせだから少し見学していけ。なに、うちは来るもの拒まずだ。遠慮するこたない」


それが村雲師範との出会いだった。


それから僕は塾が長引いたと親に嘘をつき、こっそりと剣術道場に通う日々が続いた。


そして剣術道場に通って三年ほど経ったある日、両親とともに父の所有している別荘に旅行に行った帰りに事故にあった。


両親は即死、自分も軽い怪我を負ったが、どうやら運転席側の斜め前から突っ込まれたらしく、前にいた両親は助からず、助手席側の後部座席に座っていた自分は助かったらしい。


僕は自分の身の上を師範に告白した。同時にこれから一人で生きていかねばならぬことも。


そうすると師匠が言った。


「どうせ親は子供より早く死ぬもんだ。形はどうあれな。ボウズが死んで親が生き残るよりはよっぽどいい。親より早く死ぬことが一番の親不孝だ」


それは一般的な家庭においての話ではないのか。と僕は思ったが、それ以上師範は何も言わなかった。


代わりに、親戚が大家をしているアパートの一室を紹介された。元々僕がその部屋に入ることが分かっていたかのように、その話の翌日には住めるように手配されていたとのことだ。


「ボウズ、もう『僕』だなんて自分を抑えるのはやめちまえ。お前の目を見ていれば分かる。いつも周りの評価に怯えながら生きていく必要なんざない。何故ならもうお前にそれは必要ないからだ」

「師匠?」

「お前が親のことをどう思おうがそれはかまわねえ。が、それは逆も然りだ。親がお前をどう思っていたかなんて決めつけるな。お前ももうガキじゃねえんだ。分かるな?」


その言葉の意味を僕が本当に理解したのはそれから更に三年の時を要した。


なんのことはない。両親が僕に対して抱いていたのは期待ではなく、僕が社長と芸能人の息子だからと、周りに見られてしまうことが分かっていたからこそ、必要以上の干渉を避け、社会に出てからも苦労しないように厳しく接していたのだという。


成る程、周りから見れば僕はどう見ても親の七光りを受けて将来は遊んでても暮らせる環境にあった。だがそれに溺れることなく、いつか社会に出た時に自分の自由に進路を決めて、生きていけるようにとの愛情だったということだ。


僕はそれが正しい親の愛情のあり方なのかは分からない。が、どうやら師範と父は既知の間柄だったらしく、もし僕が危険な目にあうようなことがあれば守ってやって欲しいと頼まれ、且つ僕が望むのなら剣術を教えてやって欲しい。と頼まれていたのだという。


師範と酒を飲んでいる席でそんな話を聞いた。確かに今思えば、道場に通うのには一般的に月謝を払う必要があるし、道具代だってかかるはずだ。

それに紹介されたアパートだって、まるでこうなることが分かっているかのように準備されていたのだから。


孝行したい時に親はなし。というが、あんまりだと思う。結局オレは親に感謝も尊敬も示すことが出来なかった。


その晩、僕は何年か振りに泣いた。


そして次の日、道場に顔を出して師範に言った。


「師範、オレをもっと強くしてください」

「あん? 今まで強くなる気がなかったのか? よしいい度胸だ。五十嵐《・ ・ ・》、お前今日から倒れるまで真剣振り続けてろ」


それから一年が経ち、オレの紹介で一人のガキが入門してきた。この道場に刀を卸している如月さんとこの長男坊だ。話には聞いていたが、オレのガキの頃とは違ういい目をしていやがる。


オレはそのガキに興味を持ちながらも、自分を鍛えることに専念した。まだ自分は人のことをどうこう言えるような人間じゃない。まず強くならなくては。師範のように、道に迷った子供を守れるくらいに。


そして半年ほどした頃、師範に声をかけられた。


「おい五十嵐、お前二日後に巧の相手しろ」

「はい? そりゃ構いませんが、オレじゃなくても小学生くらいの奴とやらせればいいんじゃないですか? 確かにいい動きしてるとは思いますけど、いくらなんでも体格に差がありすぎっすよ」

「まぁそう言うな。オレも色んな奴を見てきたが、アイツはなんというか、目が違う。アレは多分同じくらいの技量でのやり取りだとまともに勝負が出来てしまうだけに逆に実力が見えん」

「はぁ……師範がそう言うなら……」


本気で打ち込んだら竹刀と言えども大怪我をさせてしまいそうだ。上手く手加減するようにしないと。


「ああそうそう、あとあの子には一切手加減するな」

「はぁ!? マジっすか!?」

「マジもマジ。頭をカチ割るくらいでやってやれ」

「うーん、分かりましたけどオレ如月さんに恨まれたくないっすよ。その辺ちゃんとフォローしてくれるんでしょうね」

「そんな心配はいらんと思うぞ? まぁとにかく頼んだからな」


そう言ってオレは如月巧と立ち会うことになった。正直複雑な気分ではあるが。


そして二日が立ち、オレは六歳の子供を相手に本気で相手をすることになった。仕方ない、これも師範の頼みだ。そう思い、オレはかつての師範を思い出しながら、巧に声をかける。


「ようボウズ、お前は若いから筋肉痛なんてほとんどないよな? 師範からお前には容赦するなって言われてるからそれなりに本気でいくぞ? 恨むなら師範を恨むこった」


それがオレ、五十嵐剛《イガラシ  ゴウ》と如月巧との出会いだった。そしてオレは数年後のある日、ボウズに巻き込まれてとんでもない経験をすることになるが、それはまた別の話だ。


ちなみに今でも巧のことはボウズと呼んでいるが、オレの名前と被り気味で呼び辛い。ボウズにフルネームを名乗ったことはないからアイツは子供扱いされていると思ってるんだろうが、結局相手をなんて呼ぶかなんてのは人の勝手だ。オレは知らん。


つまるところオレもまた、親に似て不器用なのかもしれない。

剛と巧、ちょうど名は体を表しているかと思います。さてさて、主要人物の幕間はこれでおわっ……てませんね。あと一人いました。

さてさていつのタイミングにしようかなー。


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