王と団長
団長編完結であります。
次回より本編に戻ります。
横倒しとなったアースドラゴンに一歩、また一歩と近づいていく。
足を切断することが出来たとは言え、今はバランスを崩して倒れているだけだ。
ダメージもそれほど大きくはないだろう。
何より魔物には再生能力が備わっている。ドラゴンともなれば、いつ再生するかも分からないからな。
アースドラゴンはその巨体さ故か、主に攻撃を受ける部位は足か、あるいは背中しか通常狙うことが出来ず、それらの部位は鱗に覆われており、非常に硬くなっている。
だが逆に、普段狙われることのない腹は比較的柔らかい。
なら腹を狙えばいいではないかと言われそうだが、まず真下に辿り着く前に足で踏み潰されるか、上手く潜り込んだとしてもその巨体が上から降ってくる場合もあるのだから、そう容易ではない。
だが今は横向きに倒れてくれたおかげで、急所である腹が無防備に晒されている。
間違いなく、今が最大のチャンスだ。
アースドラゴンの腹まで辿り着き、斧を振り被ろうとして気付く。
「そうか、もう斧は……」
愛用していた斧はもうこの手にはない。
だが問題ない。斧がないのなら……
振り被った手をそのまま握りしめ、拳を固める。
「フンッ!」
そして思いっきり腹を殴りつけた。
全身に衝撃が伝わり、同時に拳から血が飛び散る。
いくら比較的柔らかいとは言え、あくまで足や背中と比較して、である。
下手な剣や斧などは通さないくらいの硬さは依然としてあった。
だがそんなことはお構いなしに腹を殴り続ける。
アイラによって強化された身体能力は未だに続いている。
なら武器がないくらいで攻撃を止める意味はない。
足が再生してしまっては、あるいは再生せずともバランスを取り戻してしまえば、斧を失った今の状態では太刀打ちが出来ないのだから。
--ガンッ! ガンッ!!
まるで石や鉄を殴りつけているかの衝撃が拳を通して身体を揺らす。
正直効いているのか、効いていないのか分からない。
「グギャアアアォオオ!!」
それでものたうち回るアースドラゴンの姿を見て、少しはダメージが通っていると信じて、ただ拳を打ち付け続ける。
「オオオオオオ!!」
もう何度殴ったのかも分からない。俺はいつしか叫びに近い声を上げながら、ひたすらに殴り続けた。
焦っているのかもしれない。高揚しているからかもしれない。
どちらでもいい。この身体が動く限り殴り続けてやる。
だがその意思とは裏腹に、少しずつ意識が朦朧としてくる。
俺は素手で相手を殴り倒すのは得意じゃない。
第一、それはお前の仕事だろう?
「待たせたの、後はワシに任せい」
--なあ、オルデン。
「ったく、おせえ……んだよ」
「まあそう言うでない。こっちも数が多くてな……ヌゥン!!」
掛け声とは裏腹に、オルデンは力みのない突きを繰り出した。
自分が殴りつけていた時とは違い、衝撃を感じさせないその突きは--
--ドパァンッ!!
拳が当たった箇所から爆ぜ、アースドラゴンの肉と血を撒き散らした。
「ふむ、どうやら通用するようじゃの」
感触を確かめるように、オルデンは拳を一度開き、そしてまた握り直す。
「ダンカンよ、よく頑張ってくれた。間も無くお前の部下達もこちらに駆け付けるはずじゃ。だから安心して休んでおれ」
少しだけこちらを振り向き、オルデンが微笑む。
「へっ、バカ言うんじゃねえよ。部下が来る? だったら俺は、いやワシは尚更休んでおるわけにはいかん」
「なんじゃと?」
ワシが引き下がると思っていたのであろう。甘い、ワシは腐っても騎士団長。部下の前では情けない姿を見せられんよ。
「ダンカンよ、これは王命じゃ。下がって休んでおれ」
「それは聞けませぬ。つかこんな時だけ都合良く王様面すんじゃねえよ」
「なにぃ!?」
コイツはいつもそうだ。何かと都合が悪くなるとすぐ王命だとか言いやがる。
「さっきまで王と呼ぶなとか言っといて都合が良すぎるんだよ。もう一度言うがその命令は聞けん。というか聞かん」
「ぐぬぬ……貴様」
「えええ!? そこでケンカ始めちゃうの!?」
アイラが素っ頓狂な声を上げる。
おっとそうだった。そういえばまだアースドラゴンを倒したわけじゃなかったな。
「団長!! ご無事ですか!?」
そうこうしている内にアルベルトが追い付いてきた。どうやらあっちの戦闘は終わったらしいな。
「おう、無事だ。アルベルト、すまんが斧が壊れてしまった。誰か替えの斧を持っとらんか?」
「いかんぞアルベルト、余が命ずる。ダンカンに斧を渡すでない」
「え? え?」
ワシらのやり取りにアルベルトが困惑している。
騎士団長と王、騎士としてどちらの命令を優先すべきか迷っているんだろう。
「アルベルト、このジジイの言うことは気にしなくていい。さあ、ワシに斧を」
「ジジイじゃと!?」
このやり取りを見てアルベルトは意を決したらしい。
困った二人を見るように少し苦笑しながら。
「はい、団長どうぞ。これで大丈夫ですか?」
「アルベルト貴様……」
アルベルトから斧を受け取る。
前使っていた物よりは少し小ぶりだが問題ない。
「ああ、問題ない。さあ騎士団よ!! あとひと踏ん張りだ!! このデカブツを倒せばワシらの勝ち!! 行くぞ!!」
「ダンカン、アルベルト。貴様ら後で覚えとけよ」
オルデンの恨めしそうな声が聞こえてきたが気にしない。
いいじゃないか。こんな楽しい戦いは最後かもしれんのだから。
「グギャルオオオォ!!」
水を差すようにアースドラゴンが雄叫びを上げた。
「うるせえよ!!」
「貴様は黙っとれ!!」
俺が斧を振りかぶり--
オルデンが拳を振り被る。
「オオオルァアアアア!!」
「ヌゥン、破岩拳!!」
--ドゴオオォォ!!
ワシとオルデンが同時にアースドラゴンの腹を攻撃する。
その攻撃はアースドラゴンの腹を破裂させ、周囲に肉片を飛び散らせた。
「王と団長に続けええええ!!」
それを合図にアルベルトが騎士団へと号令する。
どうやらこの戦いで一皮剥けたのか、覇気のある良い号令だった。
--これなら騎士団を任せても大丈夫かもしれん。
「さあオルデン、こっからはどっちが先にコイツを仕留めるか競争と行こうじゃないか」
「ふん、貴様は既に満身創痍じゃろう。そんな奴に勝っても嬉しゅうないわ」
「大した自信じゃないか。分かってるよな? 負けたら……」
何年振りだろうか。これを口に出すのは。
「「一か月間酒代はお前持ちだからな!!」」
言うが早いか、お互いアースドラゴンに向き直る。
「爆塵斧!!」
「オルデン流奥義! 破砕無命拳!! ヌウウゥン!!」
「グギャルアアァァァァ!!」
アースドラゴンが悲痛な叫びを上げる。
ワシらはひたすら攻撃を続け……
--それから二時間ほどして、ようやくアースドラゴンの首が地に伏したことを確認した。
「やった……やったぞ!! 皆! 鬨の声を!! 勝利の声を上げよ!!」
「「「「おおおおおお!!」」」」
「やったねだんちょー!! 王様!!」
これは後で聞いた話だが、皆が勝利に酔いしれている中、ワシら二人はと言うと……
「勝負はワシの勝ちじゃな!! 残念だったなダンカンよ!!」
「ハアアァ? どう見ても最後はワシの一撃だっただろうが!! どこを見てやがる!!」
どちらの攻撃でアースドラゴンを絶命させたかを言い争っていたらしい。
「大体じゃな! 貴様は昔からワシの言う事を聞かん!! ミリシアたんの時だって……」
「ミリシアはとっくに大人だろうが!! いつまで子離れ出来んのだ、このクソジジイが!!」
「もー!! やめなさああああい!!」
そして最後はアイラに叱られ、この国のトップ二人は騎士団の皆の前で醜態を晒したというわけだ。
やっぱこういうノリじゃないとネ




