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トモヤ

 オレの家は、この小学校全体を見ても一番か二番目くらいに学校から遠い。決して歩くのが遅い訳じゃないけど、通学時間は片道一時間。行きも帰りも、延々一時間山道を歩く。ちょっと忘れ物をしたからって、気軽に取りに行ける距離じゃない。

 そんなところに住んでるっていうのに、濡れた水着とタオルの入った水泳用バッグを持ち帰るのを、うっかり忘れるところだった。校門を出たところで気づいたオレは、全速力で教室まで走ってバッグを持った。

 教室を出てからはまた全力疾走。先に帰っていたタカアキに追い付いて、今こうして息を切らしているという訳だ。

「あーマジあせった! マジであせった!」

 そう、大声を出す。まだ少し息が切れている。そんなオレを見て、タカアキはのん気に笑った。

「トモヤは大げさだなぁ」

「タカアキはうちより家が近いからそんなことが言えるんだよ。オレんち遠いんだぞ」

 同じクラスで帰る方向も同じだから、帰りはいつもタカアキと一緒だ。でもその距離は二倍近く違う。すぐ家に帰れるタカアキがうらやましいって、結構思ってる。今日も、ちょっと影踏みをしながら追いかけっこをしただけで、あっという間にタカアキの家の前に着いた。

「で、トモヤ、今日はどうするの?」

 タカアキの言う『どう』っていうのは、先週発売になったゲームソフトのことだ。ここ何日か、新作のアクションゲームを買ったタカアキの家に集まって、みんなで対戦してたんだ。同時に四人まで対戦できるから、タカアキとオレと、あとはタカアキの弟だったり弟の友達だったりオレたちの他のクラスメイトだったり、いつも違ったメンバーで楽しんでいた。

 だけど。

「ごめん、オレ、今日はうちの仕事の手伝いしなきゃならないんだ」

「あっそうか、今の季節は特に忙しいでしょ」

「まあなー」

「まあまあ、がんばって!」

 タカアキが手を振って家に入っていく。オレも手を振り返した。

 オレの家が学校から遠いのは、うちの仕事に関係があった。

 オレたちの通う小学校は山の中腹に建っていて、そこから少し上ったところに平地が、その平地には集落がある。小学校に通ってるやつの半分くらいはここの集落の住人だ。でもオレの家はこの集落から更に上ったところ、山のほぼ頂上にある。集落から頂上までの斜面の面積の内、半分は森でもう半分は畑。その畑がうちの両親の仕事場なんだ。

「たーだいま!」

 ようやく着いた我が家の土間から怒鳴ると、奥からばあちゃんが出てきてくれた。

「おかえり、トモヤ」

「うんただいま! これ洗っといてくれる? オレ畑行ってくるから」

 水泳用バッグを渡すと、ばあちゃんは「はい、はい」と二回ゆっくり頷いた。玄関の隅にランドセルを転がして、「気をつけて行ってらっしゃいね」と言うばあちゃんに手を振って、オレはもう一度外に出た。

 うちを出て正面にある坂を駆け上がる。道の脇は階段状に削られていて、その一段一段が畑になっている。その見た目通り、段々畑っていうんだって、父ちゃんから教えてもらった。

 今はその段に、スイカがずらりと並んでいる。昨日試しにひとつ切ってみたら中はきれいな赤色で、甘くて、美味しかった。今まさに収穫時期、家族総出で出荷準備を始めなきゃならない。

 道路の先に、うちの白い軽トラックが見える。父ちゃんと母ちゃんがその隣にかがんで作業しているのも見える。

 すごく静かで、だからこそ、畑の向こうの森から聞こえてくるセミの声が頭に響く。

「ただいま!」

 右手を頭の上で大きく振ると、オレに気づいた母ちゃんが手を振り返してくれた。

「おかえり、トモヤ!」

 母ちゃんのよく通る声が、はっきりと聞こえた。セミの声を裂いたかのようだった。

 ずるずると長いつたを伝って、その先に一個だけついているスイカを収穫する。つたを切り取って、トラックの荷台に運ぶ。その隣の長いつたに移動する。また一個だけスイカを収穫する。それを繰り返す。

 スイカは、ひとつの株から一個か二個しか収穫しない。その株がもつ甘みを全て、そのたったひとつ、ふたつのスイカに集中させる為だ。本当は花が咲いただけ実がなるんだけど、それだと味の薄いスイカがたくさんできるだけなんだ。これも父ちゃんから教えてもらったことだけど、何だか信じられなかったから、去年畑の隅っこを借りてスイカを二株育てた。ひとつは実をつけ放題、もうひとつは実をひとつだけにした。まず実をつけ放題にした方はひとつひとつが大きくならなかったし、食べ比べてみたら味が違った。面白かったから、去年の夏休みの自由研究にまとめた。面白い研究だねって、先生にほめてもらった。

 三段分のスイカを収穫して、Tシャツの袖で汗をぬぐって、父ちゃんがトラックに用意していた水筒を開けた。いつもの麦茶も、今はやたらと美味しく感じた。

 運転席に座り込んで、あと五分休憩のつもりで、何となく畑を見渡した。ずっと段が続いている。ずっと畑が続いている。スイカがたくさん並んでいる。そこで動くのは父ちゃん、母ちゃん、そしてオレだけ。集落まで下れば人はたくさんいる、でも今この瞬間、ここにいるのはオレたちだけ。

 オレたち家族と、自然が一緒になる。それが農業っていう仕事。

 すごく、不思議な気持ちだった。

「……あれ?」

 オレたちだけしかいないはずなのに、畑の向こうを誰かが歩いていた。森と畑の境目にある道で、誰かが大きな荷物を抱えている。

「もしかしてシュウヤ?」

 間違いなかった。同じクラスの、隣の席のシュウヤだった。下の集落に住んでいるあいつが、いったいこんなところで何してるんだ?

 シュウヤは周りをきょろきょろと見回して、そのまま森の中に入っていった。

 オレは運転席から飛び下りると、トラックにスイカを積み込んでいた父ちゃんに叫んだ。

「ごめん今日宿題いっぱい出てるんだ!」

「そうか」

「先に帰るよ!」

 それだけ言ってシュウヤを追いかける。「家はそっちじゃないぞ!」っていう父ちゃんの声は聞こえなかったふりをした。

 シュウヤが入っていった森に踏み込む。湿った柔らかい土に足を取られて、細い木の枝にむき出しの腕が引っ掻かれる。木の葉の隙間から、太陽の光がまだらに落ちてくる。葉っぱ越しの太陽の光は緑色に色づいて見える。森の外とは温度が違うように感じる。森の中って、こんなに涼しいものだったんだ。

 普段はこんなところでは遊ばないから、初めて気づくことも多い。

 だから、その木も初めて見た。

 初めて見る大きな木から張り出した枝に、隣の席のあいつが座ってたんだ。

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