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シュウヤ

 クラスメイト全員で先生に下校のあいさつをして、ばらばらに教室を飛び出していく。先生は自分の机で、帰りのホームルームで回収した給食アンケートをチェックしている。日直のサトルが窓の鍵を閉めて、日直日誌の『当番のお仕事』一覧に丸をつけている。ぼくはそれを、自分の席に座って何となく眺めていた。あとは先生のチョークケースに新しいチョークを補充して、机をきれいにまっすぐに並べたらサトルの日直の仕事はおしまいだ。

 ……と。サトルがこちらを振り向いた。

「シュウヤー見てるだけなら手伝えよー!」

「えー、じゃあサトル、来週ぼくに当番が回ってきたら手伝ってくれんの?」

「えっやだ」

「だろ? ぼくも嫌だよ」

 くちびるをとがらせながらサトルは教室を出ていった。新しいチョークをもらいに職員室に行ったんだろう。

「やっべええええ!」

 そう叫びながらサトルと入れ違いに戻ってきたのは、ぼくの隣の席のトモヤだった。勢いよ過ぎるくらいに引いたせいでドアが外れて、教室の内側に倒れこんでくる。

「うっわこっちもやっべええええ!」

「やばいことばっかりだねえ」

「うっせ! うわっはまらねええええ!」

 もともと外れやすいドアだけど、みんなそれを分かっていたから静かに開け閉めしていたっていうのに。

「何やってるのトモヤ君」

 まさにぼくが今考えていたのと同じことを先生が言った。

「せんせー、ドア外れちゃった!」

「違うでしょ、外しちゃったんでしょ?」

 プリントを束ねて立ち上がった先生があきれ顔でドアを直し始めた。それをばつの悪そうな顔で見上げているトモヤ。それは自業自得ってやつだよ――ぼくは今日の国語の時間に覚えた四字熟語を心の中で呟いてみた。

 何とかドアを直して、トモヤがばたばたと自分の席に駆け寄ってきた。何をあんなにあわてているんだろう。首をかしげて隣を見て、納得した。机の横のフックには水泳バッグが引っ掛けられたままだったんだ。確かにこれはやばい。忘れて帰ってしまっていたら、明日には水着が雑巾くさくなってたに違いない。明日そのくさくなったやつを持って帰るのも嫌だし、家に帰ってからお母さんに怒られるのも嫌だ。

「気づいてよかったね」

「本当だよ、あーあせった」

 トモヤはバッグを引っつかむと、またばたばたと出ていった。周りの机にぶつかり蹴飛ばしながら出ていった。また入れ違いになったサトルが「何だ? あれ」とその背中を見送り、教室に入って「何だ!? これ!」と大声を上げた。ぐっちゃぐちゃになった机の列を見て、サトルはとてもなげいていた。

 机の整頓だけは手伝ってあげた。日誌の『机の整頓』欄にチェックを入れて、それを職員室の先生の机に置いて、ようやく次の日直にバトンタッチとなる。一日の役目を終えて、サトルは満面の笑みを浮かべた。

「これで夏休みまでもう日直回ってこない!」

 職員室から出て大きく伸びをする。ほとんど空っぽのランドセルの中で、缶ペンケースが音を立てた。人の少ない廊下に、クマゼミのシャワシャワという鳴き声が響いた。

 一日の内、一番暑い時間。太陽がぎらぎらとまぶしい。一歩日なたに出たら、さっそく汗が噴き出した。校庭の隅の花壇でひまわりが空を向いている。あさがおは昼の日差しにしおれている。ぼくの頬を伝った汗が垂れて地面にあとをつけた。

 学校を出てしまえば、あとはぼくたちのための時間だ。門を出て、学校正面の土手を滑り川岸に下りた。

 川では隣のクラスの女子たちが水切りをして遊んでいた。でもすごくへたくそで、ただ石を投げ入れてるようにしか見えない。

「へったくそー!」

 サトルがヤジる。落ちていた丸くて平たい石を拾う。

「こうやるんだよ!」

 手首のスナップをきかせたサイドスロー。

 水面で五回跳ねた。

 女子たちの表情が変わった。眉毛の間にしわを作って、口をへの字に曲げている。明らかに怒ってる。

「うるさいサトル!」

「練習してるんだから!」

「邪魔しないでよ!」

 女子っていうのは、ひとりだとすごく静かなのに、ああやって何人も集まるとびっくりするほどうるさくなる。それに悪口が大好きだ。あんまりちょっかいを出すとあとで何を言われるか分からない。「うるさいのはどっちだよ!」と応戦するサトルを引っ張って、ぼくは川の流れに逆らう方向に走り出した。

「油売ってないで、今日はさっさと帰るんでしょ?」

「? 油なんか売ってねーよ、何言ってんだお前」

「……うん、そうだね」

 確かこれも先生から習った言葉だと思うんだけど、サトルにはいまひとつ通じなかったみたいだ。

 川に掛かった橋を渡って、細い道を曲がって曲がって、その先にあるのがサトルの家。『文具屋』っていう看板がかかってるけど、鉛筆や消しゴムだけじゃなくて、駄菓子やジュース、今の時期はアイスも売ってくれる。店はおばあちゃんがやっていて、でもそのおばあちゃんが昨日ぎっくり腰で倒れたから、サトルは学校が終わったら店番を頼まれたんだ、って今日の朝から言っていた。

「じゃ、店番がんばってね」

「おー! 今年一番の売り上げを叩き出してやるぜ!」

「お釣りの計算、間違えないようにね」

「お、おー! 電卓があれば、だいじょーぶ……多分」

 店の前で別れて、その三軒先がぼくの家だ。玄関を開けて、奥にいるお母さんに「ただいまー!」と叫ぶ。靴を脱ぎ捨て、ランドセルを居間に放り投げて洗面所へ。洗濯機のふたを開けると、二つ下の妹の水着が既に入っていた。自分の水泳バッグから水着、水泳帽、タオルを出して、洗剤と一緒に入れる。スイッチも入れる。洗濯機の中で水が流れ出した。

 洗い終わったら妹が干しておいてくれるに違いない。そう信じてふたを閉め、もう一度靴をはいた。

「遊びに行ってきます!」

 また叫ぶ。お母さんの返事はないけどこれだけ大声で言っているのだから気づいてはいるだろう。

 弟たちの泣き声が聞こえてくる。それを無視して家を出る。玄関の戸を閉める。

 ぼくは走り出した。集落を抜け、曲がりくねった農道を通る。スイカ畑の間の抜け道を静かに歩いた。

 抜け道の向こうは山につながっている。

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