ヒーロー
小さい頃に、「弱い人を助けなさい」と母に言われたから、私はヒーローになることに決めた。
目の前に転がる石を爪先で蹴り上げて、どこまでも果てしなく広がる、惑星アウレリアの地平線を見る。あの赤く燃える、G5型の恒星の表面に浮かび上がっているのは、異種族の軍勢だ。ヘルメットの超高解像度ディスプレイは、内蔵されたカメラをズームして、その凡その規模を算出する。
隣に立っているブルーが言った。
「約二万か。相変わらずの大群だ。先週は何匹だったっけ?」
敵の強力な無線妨害をものともせずに響くブルーの声にいち早く答えたのは、私の背後に立っているグリーンだ。彼はスーツの出力を順調に上げ、甲高い音を立てている。
「一万二千九百六十一匹」
「はっ、あんまり変わらないか」
自嘲気味な言葉を漏らすブルー。私たち五人は、その一週間前に来襲した敵の侵攻部隊を撃滅すべく、三日三晩の激戦を繰り広げた後だった。だが、地球にへばりついていたあの頃と違い、改造された肉体と兵器はそんな戦闘をものともせず、今は万全の状態で全員が臨戦態勢に入っている。
異種族との戦争だった。物心ついたときには始まっていたこの戦いは、当初は人類側の劣勢で幕を開けたが、敵の技術と近隣の友好種族のテクノロジーを吸収した人類は、その技術の粋を集めて私たちを作った。
ヒーロー。英雄となるべく改造された私たちは、他のどんな人類よりも、強く、少ない。たった一人で敵の一個師団と対等に渡り合う使命を背負った兵士は、今や人類の反抗における重要な戦力であり、兵器だった。
そして、そんな人間なのに人間ではないモノに自ら志願した私は、この部隊のリーダー、俗にレッドと呼ばれている。普通なら男性がやる役職なのだそうだけど、選抜テストでは私が選ばれた。結局、虚妄よりも実利を取ったということだろう。それもその筈、隣に立っているブルーを、私は一分で片付けることができる。
左側に立って空を見上げていたイエローが声を上げた。
「レーダーに反応、敵機動部隊。一隻の強襲揚陸艦が真上にいます」
全員が直上を見上げる。その夕焼けに染まった空の向こう側に、全長三千メートルを超える巨艦が、私たちを撃滅すべく、兵器の照準を定めているだろう。だが、私たちは完全なステルス状態だから、たとえこの距離で地上を精査したとしても、目の前に降り立つまでに攻撃される恐れはないだろう。
私は手に持っている、ライフルブレードを取り上げた。これはライフルの銃身に沿ってエネルギーブレードの装着されている優れもので、近接と遠距離の双方の戦闘を行う事が出来る。左手にはスーツ据え付けのエネルギーシールド発生装置があるし、盾と矛が揃ったこのスーツは、正に無敵だった。
そして、大気圏に突入しても壊れないこのスーツを、敵が傷つけることは不可能だろう。戦艦のミサイルなどでは話が違ってくるが。
「皆、聞いて」
おしゃべりをしていた隊員たちが静かになると、私は言った。
「中央突破する。混戦になれば、敵は援護射撃できない。その間に味方の機動艦隊が、あのデカブツを撃沈してくれることを祈るしかないわ」
ピンクがおずおずと言った。
「あの、もし祈りが通じなかったら?」
「その時は、全員でアレをぶち壊しに行く。何か質問は?」
「ありません、レッド」
全員が声を揃えた。私は振り向く。
夕日に照らされた彼らは、赤が混じって、よくわからない五色になっていた。くすんだ彼らを見て、私は思う。
さあ、この中の何人が生き残るだろうか?
母さん、見ていてください。きっと、私は弱いものを助けて見せます。
大地を蹴って走り出す。後ろには矢じり型の隊形で付いてくる仲間がいる。
宇宙の果てで、私はヒーローになった。