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しろいくも

作者:みなみゆき
 しろくも君は、白い体をした蜘蛛でした。
 ほかの蜘蛛たちの体は黒い色をしていましたから、しろくも君は「どうして僕だけ白いのだろう」と不思議に思っていました。
 それゆえに、ひとりぼっちでした。
 ずっとずっと、ひとりきりでした。
 所謂ふつうの黒い蜘蛛たちは、自分達と違う色をしたしろくも君を遠巻きにしていたようですし、またしろくも君自身も、その体の色ゆえに輪の中に入るのを躊躇していたのです。誘われることもなく、自ら飛び込むこともありませんでした。
 ほんとうに、ずっとずっと、ひとりでした。
 ひとりきりで過ごすことに慣れてはいましたが、それでも「仲間がほしいな」と思うことがありました。その気持ちは、日を追うごとに強くなっていきました。
 そんなある日、しろくも君はある思いつきをしました。
「そうだ、仲間を探しに行こう」
 この広い世界の中、もしかしたらどこかに、自分と同じ仲間がいるかもしれない。
 しろくも君と同じように、ひとりぼっちで寂しい思いをしている、仲間になれそうな誰かが。
 しろくも君はその日のうちに荷物をまとめ、旅に出ました。自分と同じ仲間を探すための旅です。

 しろくも君は幾日も幾日も旅を続けました。
 自慢の白い糸を使って木から木へと渡り歩いたり、雨の日は大きな葉っぱを傘の代わりにしたり、道ばたに捨てられていた空き缶を舟にして川を渡ったり。そんなふうにして、毎日毎日歩き続けました。まだ知らない仲間の姿を探して。
 そんな旅の途中で、しろくも君はある一本の大きな木の前に出ました。その木はとてもとても高くそびえたち、目を細めて空を仰いでも、てっぺんが見えない程でした。
 しろくも君は、その木に登ってみることにしました。白い糸を使って、するする、するする、と登っていきます。木登りはしろくも君の得意技でした。また自分の体と同じ色をした強い糸は、唯一自慢できるものでもあったのです。自慢の糸を駆使して、するする、するする、てっぺんを目指して登っていきました。
 とはいえ、さすがのしろくも君にも疲れ知らずというわけにはいきません。少し息があがってきてしまったので、途中の手頃な枝に腰を下ろして一休みすることにしました。
 しろくも君は、改めて周囲をぐるりと眺めました。
 見渡す限り、一面の青空。そして、あたりにぽっかりと浮かぶ、いくつもの白い入道雲。
 はじめて見る景色に、しろくも君は思わずため息をつきました。
 すると、一番近くにいた入道雲が、しろくも君に声をかけてきたのです。
「あら、あなただあれ? はじめて見る顔だけれど」
「はじめまして。僕、しろくもというのです」
「はじめまして。私たちは入道雲よ」
 その言葉に続いて、「こんにちは」「はじめまして」「よろしくね」とたくさんの挨拶が聞えてきました。それらは全て、近くでのんびり揺蕩っている入道雲たちが発した声でした。
 そう、ここにはたくさんの白い入道雲たちがいたのでした。
 そうして優雅に、穏やかに、楽しそうに、みんなで毎日を過ごしているようでした。
「ねえ、しろくも君。一体どうして、あなたはこんなに高いところまでいらしたの? 何か用事があって?」
「僕はいま、旅をしているのです。僕と同じ仲間を探して、ここまで来ました」
「あら、そうなの。それなら、あなた、私たちのコミュニティに入らない?」
「えっ!」
 しろくも君はあまりに驚いたために、つい大きな声をあげてしまいました。
「僕が仲間に入っても、良いのですか?」
「もちろん」
 そう言うと、白い入道雲さんは可笑しそうに笑いました。
「だって私たち、同じじゃないの。私たちはクモ、あなたもクモ。私たちは白、あなたも白。私たちがお友達になれない理由なんてものが、ねえ、一体どこにあるでしょう」
 そうして、しろくも君は、白い入道雲さんたちと友達になりました。
 白い入道雲さんたちは、しろくも君にとても優しくしてくれました。他愛のないお喋りや、向けられる笑顔。すべてがはじめてのことでしたので、しろくも君はすこしくすぐったく思いながらも、「仲間がいるって、こういう感じなんだ」と、新鮮で嬉しく感じていました。

 しろくも君が白い入道雲さんたちの仲間に入れてもらってから数日がたちました。
 いつものようにみんなで楽しくお茶を飲んでいたところ、突然、空模様があやしくなってきたのです。綺麗な青だったはずの空はあっという間に暗くなり、こころなしか空気まで湿っぽくなってきたようでした。
 すると、ついさっきまで和やかにお喋りをしていた白い入道雲さんたちが、何故か急に慌てはじめたのです。
「大変よ!」「ここにいては危険だわ!」「はやくどこかに隠れなくては!」
 そのとき遠くの空で雷が光りました。
 それを見た白い入道雲さんたちは一斉に「きゃー!」と悲鳴をあげて、どこかに逃げていってしまいました。何が起こったのかわからず、その場に立ち尽くしていたしろくも君は、ひとりぽつんと残されてしまいました。
 すると、困惑するしろくも君に声をかけるものがありました。
「見ない顔だな、君はだれだ?」
 空の色に溶けるようにして現れたそれは、黒い色をした雲でした。
 すこし怖いと感じながらも、しろくも君は答えました。
「僕、しろくもというのです」
「私は雨雲だ」
「さっきまで白い入道雲さんたちが一緒にいたのですが、なぜか突然どこかへ行ってしまったのです。もしかして、あなたも白い入道雲さんたちの仲間ですか?」
「いいや、違う」
「えっ、同じ雲同士なのに?」
 つい声を上げてから、しろくも君ははっとしました。
 ――自分だって、蜘蛛の仲間、いないじゃないか。
 そして配慮のないことを言ってしまった自分が、とても恥ずかしくなりました。
「ごめんなさい、黒い雨雲さん。実は僕も、蜘蛛の仲間がいないのです。僕は、ほかの蜘蛛たちから嫌われていました。この白い体がみんなと違うから。みんなと同じではなかったから」
 黒い雨雲さんは、しろくも君の話をじっと静かに聞いていました。
 それから呟くように、言いました。
「みんな『自分と違うもの』を怖がるものだ。だから同じもの同士で群れたがる、違うものを排斥したがる。ああ、実にくだらない」
「くだらない、のですか?」
「そうだ、くだらないとも。誰だって『真に同じもの』などいない。同じように見えても、それぞれ少しずつ違っている。本当はみんな『違うもの』だ。それなのに『同じもの』のふりをしているなんて、気持ちが悪い。虫唾が走るよ」
 本当はみんな、違うもの。
 そうでした。
 そうだったのでした。
 思い返してみれば、同じように見えていた黒い蜘蛛たちだって、確かに体の色は同じでも、それぞれ違う顔をしていました。先に出会った白い入道雲さんたちだって、ひとりひとり違っていたはずです。かたちも、声も。似てはいても、当然、「まったく同じ」ではありませんでした。
 しろくも君はいままでずっと、「違っている」のは自分ひとりだけなのかとばかり思っていました。けれど、本当はそうではなかったのでしょうか。
 ――それでは、いままで自分のしてきたことは一体何だったのだろう。
 しろくも君は、同じ仲間を見つけるために旅をしてきました。
 けれど、それは無意味なことだったのでしょうか。もともと「同じ仲間」なんてどこにも存在しなかったのでしょうか。探すだけ、無駄だったのでしょうか。
 しろくも君はここへ来て、急にわからなくなってしまいました。
「僕はずっと、ひとりでした。そして、同じ仲間が欲しいと思って旅をはじめました。僕は無駄なことをしていたのでしょうか」
 しろくも君は、すがるような目で黒い雨雲さんを見ました。
 色もかたちも自分とは「違うもの」である黒い雨雲さん。淡々とした口調も、表情がよくわからない顔も、正直に言えば怖いと思っていました。けれど、いまここには自分と黒い雨雲さんだけしかいません。しろくも君は、わらにもすがる気持ちだったのです。
「黒い雨雲さん、教えてください。僕はこれからどうしたらいいのでしょう?」
「君の好きにしたら良い。君のことは君自身が決めることだ」
 黒い雨雲さんが口にしたのは、それだけでした。
 しろくも君は、ますますわからなくなってしまいました。
 どうしたら、自分の「好きなように」生きられるのだろう。自分の「好きなように」したことになるのだろう。
 しろくも君はもう一度、訊ねました。
「黒い雨雲さん。あなたはどのように生きているのですか?」
「私は私の生きたいように生きている」
「仲間は、いないのですか?」
「私はひとりだ。昔も、今も、これからも、ずっと」
「それは……寂しくはないのですか」
「寂しくなどない。みんな、本当はひとりだ。君はずっとひとりだったと言っていたな。それなら、誰より知っているはずなのではないかな、しろくも君?」
 しろくも君は答えられませんでした。
 けれど、黒い雨雲さんは容赦はしてくれませんでした。
「君は、ひとりで寂しかったのか?」
 しろくも君は、ずっとひとりで生きてきました。
 ずっとずっと、ひとりきりでした。
 そのことに違和感を持つようになったのは、仲間が欲しいと感じるようになったのは、一体いつからだったのでしょう。そして、そう感じるようになったのは、何故だったのでしょう。
「みんなのことを、見たときからだ」と、しろくも君は思い出しました。
 ほかの蜘蛛たちが、みんな誰かと一緒にいたから。その光景を見てしまったから。それが普通なのだと示されたから。ひとりでいる自分を、まるでおかしなものでも見るような目で、みんなが見ていたから。
 だから自分も、仲間を作らなければならないのではないかと、ひとりでいるのはとても変なことなのではないだろうかと、思うようになったのでした。
 寂しかったのではありません。惨めだったのです。
「ひとりぼっちの自分」「仲間のいない自分」が、とても、惨めだったのです。
「ひとりが寂しくなくても、僕は仲間が欲しかったのです」
 すると黒い雨雲さんは、しろくも君が予想もしなかったことを言いました。
「それは君の価値観だ。私は否定も肯定もしない。ちなみに君が仲間が欲しいと願うのなら、簡単だ、君が黒蜘蛛になれば良い」
「僕が、黒蜘蛛に?」
「そうだ。私の体は見た通り黒い。君が一度私の中にザブンと浸かれば、君の体も黒に染まるだろう。そのくらいのことは、してやっても良い。君にその気があるのなら、黒蜘蛛になりたいと願うなら」
 しろくも君は、何度もまばたきをしました。
 心臓がどきどきしていました。
 ――自分が、黒蜘蛛になる。
 それはどれほど、甘美な響きだったでしょう。
 黒い体さえ手に入れれば、きっと、しろくも君も外見はふつうの黒蜘蛛に見えることでしょう。そうすればいままでしろくも君を避けていた黒い蜘蛛たちも、何の違和感も持たずに、しろくも君のことを仲間として受け入れてくれるかもしれません。
 けれど。
「君が、見せかけだけでも『同じ』になりたいと望むなら」
 けれど、本当にそれで良いのでしょうか。
 それが、しろくも君の望んでいた結末なのでしょうか。
 それで、しろくも君は幸せになれるのでしょうか。
「それは違う」としろくも君は思い、首を横に振りました。
「いいえ、僕は、しろくもです。くろくもにはなりたくありません」
 言葉にすると、気分がすっきりと晴れていくように感じられました。
 そうです、しろくも君は、しろくも君です。
 そんな、とても簡単で、とても大切なことを、どうして忘れてしまっていたのでしょう。
「では、私はそろそろ行くよ。それではさようなら、しろくも君」
「黒い雨雲さん、あなたはこれから、どこへ行くのです?」
「さあ、私にもわからない。行きたいところに行く。それだけだ」
「僕も一緒に連れて行ってください」
 決して「同じもの」になりたいわけではありませんでした。
 そのひとことは、「同じもの」になりたいからという理由で発せられたものではありませんでした。
 仲間でも、友達でも、家族でも、なくて良い。ただ、ふたりの「違うもの」として。「僕」と「あなた」で。「しろくも」と「黒い雨雲」で。それぞれ違うものとして、違うもの同士として。
 共にいたいと思ったのです。
 それは、寂しさや惨めさなどから来る気持ちとは、確かに、違っていました。

 振り返った黒い雨雲さんが、ふっと笑ったように見えました。
 しろくも君の、仲間を探すための旅は、きっとここで、おしまいです。


 <了>

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