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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

AtoZ短編集

ツキの女神

作者: 原雄一

 「残酷な描写あり」の定義がいまいちよく分かりません。

 だもんで取り敢えず「あり」にしときました。でもそうでもないです。

 F氏はこの上なく幸運だった。

 今年の元旦に引いたおみくじも大吉だったし、会社でも、ある地方の支部から先々月付で本部に昇進となった。また、偶然聞いたライバル社の会話から、その社の秘密を探り出し、上司の報告しボーナスが出た。しかもそれだけでなく、その功績を認められて重役に就くことができ、その後の頑張りと手際の良さが社長に気に入られ、社長の娘さんと交際することになった。

 交際のほうも、偶然宝石店のサービスでもらったブローチが好評だったり、偶然フランス旅行の格安プランに当選したりと順調だった。これはもはや、神がかり的と形容したほうがいいかもしれない。

 実はこの幸運にはきちんとした要因があるのだが、それは後ほど述べることにしよう。


   * * *


 その一方で、F氏と同じ電車に乗って通勤するG氏は極めて不運が続いていた。

 おみくじは凶、会社では苦心して作成した報告書を紛失し、上役にこってり絞られた。その上、むしゃくしゃして道端で蹴った空き缶が、偶然通りかかった人相の悪い男たちにぶつかり、暴行を受けた。また、それを理由に会社を欠勤したら、『職務に対するやる気がない』として、あまりいい評価が受けられなかった。同じ偶然でも、F氏とは雲泥の差である。


 G氏は、いつも鼻歌交じりに出勤するF氏を憎らしく思っていた。そしていつも、奴には何か秘密がある、必ず暴いてやると、あまり仲の良くない妻に息巻いていた。


 ある日、偶然にも二人は帰りの電車が一緒になった。F氏が居酒屋の無料券を手に入れたので、同僚と飲んで帰る途中だった。F氏は赤ら顔で、憎らしく人気バンドの歌を口ずさんでいた。

「よく一緒になりますね」

 G氏は、F氏の隣に腰掛けながら言った。

「ん、あぁ……そうだったかな……」

 F氏は寝ぼけ眼をこすりながら、要領を得ない返事をした。

「ところで、いもご機嫌のよろしいようですが、何かあるのですか?」

「あー、いや、別に何も……ああ、そういえば、いつも何かしらいいことがありますねぇ……なんででしょ」

 F氏は半ば眠ったような目でG氏を見た。どうやら相当酔っているらしい。

「たとえばどんな……?」

「えぇと、そうだねぇ……先週、野球観戦に行ったら、ホームランボールが飛んできたなぁ……おとといは危なく事故に遭いそうだったおばあさんを助けたら、たっぷり謝礼をもらったし、昨日は居酒屋の無料券を引き当てた。今日は部長の辞令をもらったよ」

 F氏はうれしそうに、鼻の穴を膨らませた。

 まったく本当に、ここまできたらどう形容したらよいものやら。それだけに、G氏には恨めしく思えた。

「ほお、ずいぶんと幸運なことですな。僕なんかこの間、暴力団に絡まれたし、居眠り運転をしていたトラックがこちらに向かって突っ込んできて、危うく轢き殺されるところだった。まぁ、こうしてここに生きていられるだけ、幸運なのかもしれませんがね」

 G氏は苦笑して見せた。


 しばらくして終着駅に着き、二人は別れることになった。その時に、ふと思いついてG氏は言った。

「そうだ。どうです、今度どこかで会えませんか。こうして何度もお会いするのも何かの縁。今度ゆっくりお話したいのですが……」

「ああいいよ。そうだな、いつがいいだろう」

 F氏は酔いが醒めてきたのか、足取りがいくらかしっかりしてきた。手帳を取り出し、スケジュールを確認する。

「あぁ、今度の日曜日が空いている。そこにしよう。九時くらいが適当かな。ええと、場所はどこがいいだろうか」

「海沿いなんてどうです。すがすがしくていいでしょう」

「うん、そうだ。それがいい。それじゃあ次の日曜日の九時、H海岸ということで」

「はい」

 G氏はうなずいた。


 そして次の日曜日、九時十分ごろに、F氏はやっとG氏の待つH海岸にやって来た。

「遅いじゃないですか。いらっしゃらないのかと思って、心配しましたよ」

「いやすまん。約束のことをすっかり忘れていてね。妻に言われてやっと気が付いた」

 F氏は先々週、社長の娘と挙式していた。G氏は軽く唇を噛む。


 この辺りでそろそろ、F氏の恐るべき強運の要因をお伝えしよう。ずばり、女神だ。『ツキの女神』と呼ばれる女神が、F氏に憑いているのだった。だからこそこうも幸運が続く。F氏にとって、それはもちろん喜ばしいことだった。

 しかしF氏は、この幸運が女神のおかげであるなどとは露ほども知らない。ツキの女神は、幸運をもたらしてくれるが、それに感謝しないと大変なことになる。F氏がそれを思い知るのはこれからだった。


 二人はしばらく話し、やがて別れることになった。と、その時、G氏はある衝動に駆られた。それはどうしようもなく高まっていき、抑えようとしても抑えられなかった。これも、ツキの女神の力が働いているからである。

 その衝動に駆られたG氏は、いきなりF氏にとびかかり、首を締めあげた。

「な、何をする……」

 F氏はとぎれとぎれにつぶやいた。

「ぼ、僕もこんなことをするつもりはないのですが、腕が勝手に……」

 苦し紛れの言い訳に聞こえるだろうが、本当のことだった。

「何を馬鹿げた……」

 F氏は言いかけたが、何かの声が聞こえてきたのでやめた。それは女神の声だった。

「あなたは、私の力で幸運を得ていながら、感謝しませんでしたね。その罪、万死に値します」

「な、な……」

 F氏は口をパクパクさせたが、それ以上声にはならず、また、これから永遠に喋ることはなくなった。

 そう、ツキの女神に感謝しないと、死ぬことになるのだ。

 ツキの女神は、今度はG氏に憑いた。

「ああ、大変なことをしてしまった」

 G氏は慌てた。また、捕まりたくない一心で、その場を逃げ出した。普通ならば後で死体が見つかり、指紋などから犯人が特定され、結局捕まってしまうというのがオチだが、ツキの女神を味方につけたG氏はそうはいかなかった。

 なんと、波がF氏の死体を海の底へと引きずり込んだのである。死体は見つからず、G氏の名前はついに捜査線上に上がらないままだった。

 G氏はその後も、ツキの女神のおかげで幸運が連続していた。そもそもF氏の死体が海の藻屑となったのが初めの幸運、それを筆頭として数々の幸運が舞い降りた。

 

 しかしG氏は、それが女神のおかげとは気づいていなかった。

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