表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

2.赤い花

移動方陣で屋敷へ戻り、普通の神官服に着替えてからフィンクを呼んだ。

「お呼びですか、主。」

「子供達がいるのは精霊殿だったな?」

虎の精霊はコクリと頷き、背を向けた。

「どうせ乗せろって言うんでしょ?」

ものわかりが良くて助かる。移動方陣は、自分の目で見える範囲か、印をつけておいた場所にしか行けない。

精霊殿なんて久しく行ってないし、印も無いし、歩くには遠いし。

「ご名答。さすが我が精霊。」

背中に跨ると、フィンクはため息をついて走りだした。

「精霊殿ってあそこでしょ?この前まで主の部屋があったとこ。」

「おい、この前って、10年も前だぞ。」

「あら?」

これだから時間の感覚が無い奴等は…。

まぁ、あそこには俺の色々な思い出が詰まってる。嬉しかったことも、辛かったことも。

「どんな子が選ばれるのか楽しみだわ。主は面食いだから。」

「お前…いくら俺でも国の将来を顔で選んだりするわけないだろ。」

「そぉ?」

クスクス笑うフィンク。

「嫌な奴だな。」

「犬は飼い主に似るのよ。」

「お前って猫だろうが。」

そんなやりとりをしていると、目的地にたどり着いた。

「あぁ、あと、もう一つ。」

「何なりと。」

フィンクは大仰に腰を折る。

「俺が一人で行くのも妙だから一緒に来てくれ。」

「はーい。」

まるで緊張感の無い返事だった。

「それから、人前では喋るなよ?いつもどうりに黙っててくれ。」

「…どうして?屋敷の中なのに。」

「お前が喋ると俺の威厳が損なわれる。」

「失礼な話。」

「本当の話だ。」

フィンクは口を尖らせたが、黙って従った。

扉の横にある鐘を鳴らすと、すぐに侍女が現れる。

「どちら様でしょうか。」

首を傾げる侍女にニコリと微笑んで主教の証を見せる。

「私だ。」

「レ、レアル様…。」

「子供達の顔が見たくてな。忍んで来てしまった。」

「そ…そうでございますか。あの、こちらへ…。」

頬を染めた侍女が、そそくさと俺を中へ招きいれた。

自分で言うのも何だが、俺は中々の美男子だ。宮廷楽士の言葉を借りれば“紫眼の黒豹”。

要するに色が黒い…じゃなくて、浅黒い肌に赤紫色の目。髪は長いが目と同じ色だ。額には菱形の紋様が書いてある。

「…。」

フィンクが何か言いたそうにこちらを見ていたが、気にはしない。

「こちらへ。」

客間に通され、俺は長椅子に座る。フィンクは立ったままだ。まぁ、座ろうと思っても椅子には座れないが。

少しすると、先ほどの侍女がお茶の用意を持ってやってきた。

ゆったりとした動作でポットから湯を注ぎ、ミルクと砂糖を混ぜて茶を煎れる。

カップに少し注いでくるりと回し、中身を傍らの小さな器に移して口に含む。

毒ではないと証明するための慣例だ。

「どうぞ。」

勧められるままにカップをとり、ちらりとフィンクを見ると頷きが返ってきた。

神の祝福を受けている主教は、ちょっとやそっとの毒では死なないが…苦しいものは苦しい。

一口含むと甘さがふわりと広がり、すぐに消えた。

「美味いな。」

目を細めると、恥ずかしそうに侍女が答えた。

「あの、主教様は甘いものがあまりお好きでないと聞いておりましたので、砂糖を少なくして、ミルクに花の蜜を少し加えました。」

「ほう、それは嬉しいな。ところで、名は何と?」

「クウォータと申します。」

俯く姿に出来るだけ優しく声を掛ける。

「クウォータ、そなたは気が利くな。よければ私付にならないか?」

「そ…そのように光栄な…。」

さらに俯く顔を見て

「…嫌か?」

と残念そうに眉をひそめると、クウォータはぶんぶんと首を振った。結わえた赤色の髪がぱたぱたと動く。

「滅相もございません!」

「では来てくれるのだな?」

「は、はい!」

「それは良かった。」

笑いかけると

「あの!お代わりをお持ちしましょうか!?」

気まずくなったのか、いやに明るく、そしていかにも早く部屋から出たそうに訊いて来た。

ここは出してやるのが人情だろう。

「あぁ、頼む。」

「少々お待ち下さい。」

クウォータが足早に出ていくと、待っていたようにフィンクが半眼で呟いた。

「…タラシ…。」

「うるさい。茶が美味しかったのは本当だし、あの娘を俺付きにすれば口煩い今の世話係をここの担当に…したらいかんな。」

「口煩いのは主が奇天烈なことばっかりするからじゃないの?」

疑わしそうな視線。

「いいや、先日は羽ペンでダーツをしておただけなのに怒られた。」

「怒るに決まってるじゃない!使い方が根本的に違うわよっ。」

「…煮詰まってたんだ。大体な、結構難しいんだぞ?羽ペンってやつはふわふわしてて上手く飛ばない。」

「…もう、いいわ…。」

何故かフィンクが頭を抱えた。

と、そこに…

「お、来たな。」

微かな足音。

「お待たせいたしました。」

扉が開き、クウォータが入ってきた。

カップを片手に、この館の状況を訊く。

今のところ、ここには16人の子供と5人の世話係がいるらしい。交代で4人ずつの面倒を見ているのだとか。

一応、生活態度も見るので世話は最低限にしかしないことになっている。

「わかった。では、会いに行こう。」

席を立つと、

「ご案内致します。」

クウォータが立ち上がった。

「いや、いい。私はここに住んでいたこともあるし、そなたの休みを奪うのも悪いからな。私よりも子供達を頼む。」

「かしこまりました。」

クウォータはペコリと頭を下げた。

まず向かうのは中庭。この館で外遊びをするならここしかない。

…なるほど、数人ずつのグループになって遊んでいる。歩いて行くと、何人かが珍しそうに寄ってきた。

「こんにちは。ご機嫌麗しゅう。」

口々に言って頭を下げる。好奇心が強い子供達だ。大体、10歳前後だろうか。

寄ってこなかった子供達もちらちらとこちらを見ている。

「こんにちは。」

笑顔で答えると、一人の女の子が俺を見上げて言った。

「小父様はどなた?」

…少しだけ傷つく。俺の外見は25のときから変わっていないのに、小父様は酷いんじゃないだろうか。

「マリエル様に仕える神官だよ。」

「神官さん、そこにいるのは精霊?」

男の子が訊いてくる。女の子と顔が似ているような気がするが、親戚だろうか。

「あぁ、虎の精霊さ。」

へぇ…と言いながら、男の子はフィンクをまじまじと見た。

「赤紫の長髪に白虎の精霊…あなたはレアル様ですね?」

突然、新しい声が割って入った。

その途端、他の子供達が凍りつく。

そんな中、一人だけ悠然と歩み寄ってきた子供がいる。

「お目にかかれて光栄です。」

見たところ、12,3歳だろう。俺の前に跪き、衣の裾に口付けた少年…。

短めに整えた薄茶色の髪がさらりと揺れた。

「…。」


「 我らが師父         この上なく艶見事なるあでやかの顔  ふさやかに豊かなる髪よ 

 振り乱しては煌く長き鎖   梳りては細雨に濡れし葡萄の房    こはまことに純血の  

 燦然たる褐色の息子       今ひとたび敬礼せよ         我らが高貴の黒豹に 」


よく覚えたもんだな、こんな詩。初めて聴いたときは口から歯がなくなるかと思った。

「まさにその通りのお姿で驚きました。」

「…そうか。よく、覚えたな。」

笑いたくなるのを何とか抑え、名前を聞くとドラクムというらしい。

「お兄様…」

横から女の子が走ってきた。どうやら妹のようだ。

「失礼致します。どうした、リディア。」

ドラクムが振り返る。

「教えていただきたいことが…あら?そちらの方は?」

「レアル主教だ。」

「ま…あ、これは大変な失礼を…」

リディアは慌てて跪いた。

「気にするな。今日は少し遊びにきただけだ。」

笑いを浮かべ、リディアの頭を軽く撫でた。

「優秀な兄だな。」

「はいっ…!」

金髪の少女は嬉しそうに頷いた。

この兄妹は色素が薄い。たぶん、南の人間と別の地方の人間が両親なのだろう。

ついでなので、この場にいる全員の名前を聞いた。

「…16人と聞いていたのだが。」

呟くと、ドラクムが応えた。

「おそらく蔵書室でしょう。」

「そうか、では行ってくるとしようか。フィンク、少しこの子達と遊んでいてくれ。」

やはり、何か言いたそうなフィンクを無視する。

「大丈夫だ。敵意を持って接しないかぎり乱暴はしない。」

少し遠巻きに眺めている子供にも聞こえるように言い、蔵書室に向かう。



蔵書室にいたのは少し年かさの、十代も半の少年少女だった。さすがに落ち着きがあり、中庭で遊んでいた子供達とは一味違う。

ただ…自分の立場を具体的に理解しているらしく、何となく元気がなかった。

一人だけ決めろというのには無理があるような気がしてならないが、これもしきたり…仕方ない…。

と、いきなり大切なことを思い出した。まだ一番の目的に会っていない。

フィンクは青い髪だと言っていたが、そんな子供はいなかった気がする。

と、そこへ…

「…。」

噂をすれば…だ。ラトが頭を下げていった…ん?ちょっと待て。この館には候補者本人しか入れないんじゃなかったか?

どうして世話係がいる?

「こら、お前。」

声を掛けると戻ってきた。

「何でしょう?」

「何故ここにいる?」

「はい、なにせまだ幼い方ですので特別に。」

「…そうか。で、お前の主人はどこにいる?」

「今はお部屋にいらっしゃいます。」

「起きているのか?」

「えぇ、おそらく。」

じゃあ、決まりだ。俺はラトの後ろをついていった。

「ただいま戻りました。」

ラトは軽く扉を叩き、開けた。

部屋の奥、バルコニーに白い椅子とテーブルが置いてある。

その白い椅子の上に、こちらに背を向けて胡坐をかいている人影があった。

背中まであるくすんだ金髪が風にそよぎ、背景と相俟って幻想的な雰囲気を醸し出している。

餌でもやっているのか、小鳥が欄干に止まり、リスが駆けていた。

小動物に好かれるということは、悪い奴ではないんだろう。

しかし驚きだ。

「…お前の主は何歳だった?」

声を潜めてラトに訊く。

「今年で6歳になられます。」

「そうか…最近の子供は侮れんな。あんなにデカくて羽根までついてるのか。」

「違いますよ!」

冗談だったのに、真に受けたラトは大きな声を出す。

ぴゃっ!と小鳥が逃げていった。

「誰?」

続いて鈴を振ったような声がした。

「レアル様がお見えです。」

「…そう。」

つれない子供だ。しかし…それよりも…

「よせ。」

何か言おうとしたラトを制し、金髪の後ろ姿に近付いた。

隣に立ってみると、金髪のシルフの胸に背中を預け、膝を抱えてちょこんと座る女の子がいた。

肩には小さなリスが乗っている。仔リスだろう。

「レアル・バルセロスだ。」

「…。」

反応が無い。普通は名前を名乗るものだと思うんだが…。

「どうした?名乗るのが嫌か。」

子供は首を振って呟いた。

「本当の名前じゃないんでしょ?母さんが言ってた。レアルっていう名前は全部ウソだって。」

「そうか。」

味なことを言う。確かにレアルという名前は主教を引継ぐための名前だから、本名ではない。

昔から、乙女宮の主教は全員レアルなんだ。

「ならばもう一度言おうか。俺の名はエクシード。エクシード・バルセロスだ。」

「…ナイラ。ナイラ・アレクサンドリア」

ナイラが初めてこちらを向いた。

白磁のような白い肌に大きな藤色の瞳。肩口で切りそろえた髪は綺麗な青色だ。

その辺の役者絵より美しいかもしれない。ただ、表情は暗く、生気は感じられない。

「どうしたんだお前。俺が嫌いか?」

屈みこんで目線を合わせると、ナイラはまた目を伏せた。

「貴方が嫌いなんじゃない。ただ…」

「ただ?」

「…人間が嫌い…。」

…これは重症だ。両親が人間に殺されたからだろうか?

「ラトは?」

「ラトは、平気。ずっと、一緒だから。」

「そうか。」

俺は立ち上がり、目配せをした。ラトは頷き、ナイラに声を掛ける。察しの良い子だ。

「ナイラ様、湯殿が空いていましたが、いかがですか?」

ナイラは金髪のシルフを見上げた。そしてシルフが頷いて頭を撫でると、

「またね。」

と仔リスに頬を寄せて別れを告げ、ラトについて部屋を出て行った。

「…重症だな。」

俺の言葉にシルフが答えた。

「あぁ、両親がいなくなってから、ずっとだ。」

「可哀想にな。ところでお前はナイラのシルフか?」

「シルフじゃない。天使だ。天使のバーツ。」

俺はバーツの左頬にある十字架の印を見て妙に納得した。

「バツ印だからか。」

「違う。」

「……。」

「……。」

意味の無い沈黙が流れたが、先に口を開いたのはバーツだった。

「あんた、主教なんだろ?凄い力を持ってるんだろ?あいつ、何とかならないか?このままだと…あいつの心が死んじまう。」

「…。」

無言で欄干にもたれ、空を仰ぐ。

「俺に引き取ってもらうにはいくつかの条件がある。」

「何だ?」

「ふむ…。その1、見た目が良いこと。」

「文句は無いだろ、あの顔なら。」

まぁ、確かに傾国の美女になれると思う。

「その2、マリエルは芸術の神だ。だから音痴は困る。」

「大丈夫だろう。両親は二人とも歌が上手かった。」

ダイムは笛の名手だったらしい。一度くらい聴いてみたかった。

「その3、腐っても主教だ。法力は人並み以上に使えないとな。」

「…そこはわからん。」

腕を組み、バーツを見つめる。

「幼すぎる…不利だな。」

バーツは低く唸った。

「まぁ、安心しろ。年齢によって基準は違う。あぁ、そうだ。お前、飛べるよな?」

「当たり前だ。馬鹿にするな。」

憮然とした返事が返ってくる。

「じゃあ、今晩俺の部屋に来いよ。」

「は?」

「ナイラの話、詳しく聞きたいんだ。今夜は満月だろう?月が真南に来る時間に来てくれ。

バルコニーに赤い花を飾っておくから。じゃあな。」

「お、おい!」

言うと同時に俺は欄干から飛び降りた。もうそろそろ帰らないとフィンクが怒る。

着地する前に風を身体に纏わせる。

ふわり、と裏庭に降り、中庭へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ