空飛ぶおっさん
「ふっふっふ……、あーっはっはっはっはーーーっっっ!!!」
なーんの変哲もない昼下がりの街道。
そのド真ん中で、変哲しかないような野郎どもの注目を集めているのは、荒馬も真っ青の猛ダッシュをしておいて汗ひとつかいてない上、いきなり高笑いをあげているステラである。
お前はやっと自宅謹慎が解けていくさに連れてってもらえる天下無双の猛将か。
男達は全員が全員困惑を通り越して若干引き気味の表情をしているが、追剥の最中にいきなり美少女が現れて問答無用でリンゴを投げつけてきた挙句、使えそうもない必殺技の名前を叫び出すんだからしょうがない。ステラフラッシュってなんだ…?金髪から出すのかそうなのか?
「え…?ガキ…?なんで…?」
「おい、しかもめちゃくちゃ上玉だぞ」
「着てるもんも高そうだぜアニキ。」
ステータス表示でいえば味方に攻撃してしまいそうな感じだが、困惑しながらもとりあえず強面の男達は顔をつき合わせて口々に好きなことを喋りながら、ステラの顔、黒いコート、腰の剣、すらりとした手足、と視線を移動させる。
チチと尻は除くが、おおむね大歓声をあげそうなぐらい喜んでいた。
結論。お金の匂いがプンプンするよ!
「しょぼい兄ちゃんからカツアゲするぐらいしかやることのねえ、つまんねえ一日だと思ってたらカモがネギしょってやってきやがった。いやもうカネがお金しょってやってきたって感じじゃねえか、なんてついてんだ今日は…!!神様ありがとう!おれ盗賊だけどぐっときた!これからは道に空きカンとか捨てないよ!盗賊はやめないけど!」
男達の中でも一番悪賢そうな男が一転して笑顔を作る。
「はっはっは、何やってんだお嬢ちゃん?お散歩か?シルブプレか?」
……おっさんおっさん、シルブプレってなんだ。無理して高級そうな言葉を使うなよ泣けてくるだろ!?
どう見てもまだまだ優しいおじさんには見えない。というか結局汚いおっさんにしか見えないが、そこは本人達も納得の上でやっているだろうから、言うのは野暮というものだろう。
むしろ、ステラは最初からまるっきり聞いてないので関係ない。
「ふ…ふふふ…、ついに……、ついに私にもこの日が来たわっ!!待ちに待ったデビュー戦!初陣って奴よ!イベントじゃー!経験値稼ぎじゃー!やったるどー!ぐわはははははっ!!」
一人で笑いながら一人でガッツポーズをキメている。怖い。あと笑い方が下品。どうにかしろよ美少女。
「お、お頭…。あのガキちっと頭の方がやべーんじゃあ…」
「若いのになあ…。可哀想に…。」
「バカ!別に頭の方はいいんだよ!どうせ売り飛ばすか身の代金を頂くかなんだから、罪悪感がなくていいだろうが!!」
「俺、なんか逆に辛いんですけど…。」
盗賊の皆さんにも心配されている。ステラって…。
「よっしゃー!どいつが敵だーっ!?全員か!?全員なのか!?」
やたら様になっているポーズでステラが剣を抜く。
盗賊達は少しぎょっとしたが、むこうからやる気になってくれているのは好都合だ。
少女一人が剣を抜いたところで男達にはなんでもない。むしろ逃げられて上手く隠れられたら取り逃すのは惜しい。この展開で全然オッケーである。神様ありがとう。牛泥棒もやめないけど。
「落ち着いて下さいお嬢様。臭そうなのが盗賊で弱そうなのがへたれです。見てわかってください。あと敵は盗賊ですよ。念のため。私的にはへたれも敵ですが。」
やたら無駄に毒々しいくせに無感情な声が間に挟まれて、盗賊も、今にも突っ込んでいって皆殺しにしそうな気迫を放っているステラも動きを止めた。
「スズメ、遅い!」
ステラの横で気だるそうに飛ぶ黒い光。無気力メイドスズメが追いついたようだ。
「お嬢様が規格外に速いんですよ。私も当然ながらゆっくり来ましたが。」
「なんでだ!?急いで来なさいよ!?」
「ババアにそんなことをさせると死にますよ?全身粉砕骨折とかで。」
「弱ッ!?ババア弱ッ!?煮干しとか摂っとけ!」
揃った瞬間噛み合わない会話を始める主従。
突然の妙な闖入者に男達はまた唖然としている。
「ありゃなんですかい…?」
「……妖精…?」
「あんな黒い……か?」
また変なのが一人増えたという以上に、男達は見た事のない生き物を目の当たりにしているので驚いているのだ。
妖精自体もほとんど見た事はないが、今自分たちの目の前にいるのは明らかに普通じゃない。
「なんでもいいさ。」
一際悪賢い顔の盗賊頭は、その場で頭の算盤を弾きはじめた。
「あれも一緒に捕まえりゃ、珍しいもん好きの変態に高く売れそうだな…。」
さらに大金が入る予感に、彼はにやりと笑いを浮かべる。
既に半分以上青年の事を忘れているようだが、青年が腰を抜かして立てないので意味がない。
「おーう。悪そうな顔だあっ。やっぱ悪役はそうでないとね!ぶちのめしがいがないからねっ!」
盗賊頭の笑いを見てステラは逆に嬉しそうにしている。見かねたのか、スズメがそれをたしなめた。
「いや、殺人鬼じゃないんだから、自分に危害を加えようとしている人間を見て嬉しそうにしないで下さい。一応お嬢様も顔だけは美術品並みなんですから。」
「うー…、どうしてそう癪に触ることばっかり言うかなあ!」
「いや今回は私普通のことしか言ってないですよ?」
ステラが頬を膨らませる。それをやるのはどうかと思う年齢ではあるが、それでも絵になっているのは彼女の天使のような美貌あってのものだろう。
「まあいいや、この正義の怒りをぶつける相手はいるわけだし!」
剣を体の前で構え、凛々しい表情で盗賊達を睨みつける。
「なかなか様になっているものですね。馬子にも衣装、といったところですか。」
確かに剣を構えるステラの姿は様になっている。若き天才美少女剣士と言っても通じそうだ。
だが、そんな事など関係なく男達は不敵にほくそ笑んでいる。
振るってきた暴力に対する男達の自信を感じさせた。
「だ、ダメだ!キミ、逃げるんだぁっ!」
捕まっている青年がやっとの思いで叫ぶ。恐怖から勇気を振り絞って出したのがわかる、喉がからからのしわがれ声で。
「「…………。」」
しかし、ステラもスズメもその言葉に特に反応を示さない。むしろ興をそがれたと言わんばかりに面倒くさげな視線を送っている。
「大丈夫だってー。私をその辺の女の子と一緒にしないでっ。」
自信があるどころじゃないぐらい、ステラはきっぱりと言い切るが、青年はそれでも食い下がる。
「ダメだ!こいつらは警邏隊も手を焼いてるブログ一家。大の男でもかなわない荒くれ達なんだ!ちょっとやそっと腕が立つからって女の子一人じゃ………むぐっ!?」
叫ぶ青年の口をけむくじゃらの大きな手が塞ぐ。
「おおっと、その辺にしといてもらおうか兄さん。あんまりビビらせてもこまるんでな?」
もがく青年が目だけで上を見上げると、盗賊頭のいやらしい笑いがあった。
「邪魔だから寝てな。…うらっ!」
「うぐっ!?」
手に持った剣の柄で盗賊頭が青年の後頭部を殴りつけると、青年はあっけなく気を失ってしまった。
「何だったんですかね、あのへたれお兄さんは?」
まったく同情もなく、スズメはぐったりしている青年の体を見た。
「それはおろかな質問だよスズメ君。助ける対象がいないと盗賊だけ倒してもしまらない!ズバリあの人は私の活躍の引き立て役っ!!」
何の迷いもなく凛々しい顔でステラは言い切った。反応に困る。
「いや、弱すぎて彼のへたれっぷりしか引き立たないんですけど。ちょっとは有名らしいですが、盗賊も彼が言うとあんまり強そうじゃないですねー。」
「そだねー。はっはっは。」
二人で相変わらず好き勝手な事をのたまっているが、盗賊達も子供の戯言にしか聞こえないからか気にした様子がない。
むしろやる気があるのがわかって喜んでいる。
「よーし!これが終わりゃあ夜は久しぶりに豪華な飯食うぞ!お前らさっさとお仕事しちまえ!」
彼らの頭の号令で、男達が動き出す。
「よーし、ざっくり闘うぞぉっ!スズメは何もしないでよね!」
「最初っからそのつもりですよ。見てるのも退屈なんでさっさとお願いしますね。」
スズメの言葉が言い終わる前に、ステラの足が地面を蹴る。
次の瞬間、彼女の姿がかき消えた。
「「!?」」
理解出来ない現象に男達が止まる。顔には一様に困惑の表情があった。
「せいっやああ!」
気合いのかけ声と共に、一人の男の目に大きく剣を振りかぶるステラの姿が映る。
男はとっさに、剣の軌道に剣を合わせて防ごうとした。
「だあっ!」
ステラの声と一緒に防御など構わず横薙ぎに剣が振られた。二つの金属が衝突する。
バッッッッッシャーン!
目の前に雷でも落ちたのかと思うような音量の、誰も聞いた事のないだろう音が炸裂した。
同時に、白目を剥いた男が大砲から撃ち出された弾のように宙を飛んでいく。
ひゅーっ、と冗談のような音を立てて飛んだ男の体は、数拍置いてようやく落ち、ごろごろと地面を転がりようやく止まる。
男はぴくりとも動かない。
「あれー?」
さっきまで男が立っていた位置には、脳天気に首をかしげるステラの姿と、一面に散らばった光る破片。
ステラの手元には、柄と根元の部分だけわずかに残った剣が握られていた。
……なんと衝突した二つの剣は、ガラスでできていたかのように互いに砕け散っていたのである。
「「「!!???」」」
何が起きたか理解した男達の表情といったら、そのままおもらししていても不思議じゃない。
皆一様に目と口を目一杯以上に見開き、よだれと鼻水を垂らしていた。
「…なんでこんな事になるの?漫画じゃあそこからしっかり打ち合って、さっとかっこよく切り捨ててたのに…。」
切り捨てる気満々かよっ!
難しい顔で手元に残った剣の残骸を眺めてぶつぶつ言っているステラと、耳を塞いで相変わらず無表情にそれを眺めているスズメだけ、違う表情を浮かべている。
「「「は、はががががが……!?」」」
男達の口が、今度は酸欠のようにパクパクと開閉しながら意味不明の呻きをもらし始めた。
何人か、腰を抜かしてその場にへたり込んでいる。
「お嬢様…。剣を使うのが下手くそすぎます。当たってたの刃の部分じゃないし、バットじゃないんだからあんなに思い切り振りかぶらなくていいです。しかもなんでわざわざ剣に当てにいくんですか。生身をちょっとちくーっと刺したんで良かったんですよ。」
「うむむむーっ…!?思いっきり振っちゃだめなの?」
冷静な二人のやりとりが場違いに響く。
がちゃ。
剣が地面に落ちる音が地面に響き、二人がそっちを向く。
そこには、鼻水をたらしたまま両手を上げる、汗だくの盗賊頭の姿があった。
「あ、あの…」
無精髭で覆われた彼の口元が歪み、引きつった笑みを形づくる。目はこっそりうるうるしていた。
二人の胡乱げな視線にさらされながら、彼は続けた。
「こ、降参して…い、いいですか…?」