ある晴れた日のこと
これはある少女の話。
物語の真ん中で踊るのに相応しい、笑顔が蕩けるようで、魂に黄金色の羽がついているように跳び回る、そんな女の子の話。
彼女は自分も剣と魔法が交錯する世界に住んでいるくせに驚くほどファンタジーが大好きで、憧れていて、恋こがれている。
けれども好きの方向が少し変わっていて、白馬の王子が悪の大魔王から姫君を助ける話を読めば自分も囚われた御姫様を探そうとするし、悪魔の呪いのかかった宝石の話を聞けば、その宝石を剣にはめれば凄い魔法の剣が出来上がるんじゃないかとか思い始める人なのだ。
戦っている間に叫ぶには長すぎる勇者の必殺技に瞳をかがやかせ、山のようなドラゴンの脳天に剣を叩きつけるのを夢に見る。そんな、少年よりも冒険心を持ったおてんば娘。それが彼女。
そしてそんな彼女は何気に凄い、特別な少女で、回る世界は彼女を置き去りに放っておきはしないのだ。
抜けるように青い蒼穹の下。
一人の少女が何の変哲もない街道を歩いていた。
この物語はそんな平凡な風景から幕を開ける。
「ちゃっちゃらーらーら、ちゃ~っちゃっ…」
「ステラ様。ステラお嬢様。」
かなりの昔に爆発的に流行したゲームの曲を鼻歌で歌い、頭の右上部でくくった見事な金髪を上機嫌で揺らしながら歩く彼女。
顔を見れば、大きな金の目と整った鼻筋、桃色の唇に白い肌、小さな顔、長い睫毛。まるで美少女の見本みたいな可愛らしさ。動く人形のようだ。
今にもスキップを踏みそうなその足取りに、無感情な声がかかる。
「何?これからがいいとこなのに。ぐわーんって盛り上がるのに。」
「その曲にそんなに盛り上がりを求める部分はありません。」
細身で華奢にも見える彼女の体の横で、ふよふよとゆっくり飛んでいる蝶のような物体が喋っていた。
よく見れば、蝶のような羽についている体は、人の姿をしている。
「ノンノン、浅はかだなースズメは。お城に入って脇目もふらずに真っ直ぐ行けば、丁度王様に会えるくらいのタイミングだよ今の。」
「だからそれ、そんなに盛り上がる場面でもないでしょう?」
無邪気なステラの声と、無感情なスズメの声が素晴らしくかみ合わない。
そもそも二人とも話す内容が顔に合っていないし、どこかずれている。
「というか、私はそんな事もお嬢様の鼻歌も等しくどうでもいいのですが。少しは私にも喋らせて下さい。」
「え?うーん、仕方ないなあ、3秒ね。」
「やりたい放題ですか。やりますね。」
輝くような笑顔で、正直言って理不尽な気がする台詞を吐いてのけるステラの言葉にも、スズメは特に反応を示さない。
ゾンビの心電図のように平たい線が一本流れていく調子だ。看護婦さん大慌てだ。
「ちょっとヤバいお薬でもキマった感じに上機嫌ですが、一体これからどうするつもりです?」
表情がまったく変わらない切ない顔ではあるが、スズメの顔も十分に美人だった。
涼しげな目許と瑞々しく輝く肌。非常に知的で上品な顔立ちである。喋らなければ。
「どうするって?何をしなくても今歩いてるじゃん?」
「いや、お嬢様が何を仰ってるのかわからないんですが。これがアレですかね、いわゆるジェネレーションギャップってやつですか。私みたいなしわしわおばあちゃんにはぴちぴちナウなギャルであるお嬢様の話は理解できないと。」
無表情のままのくせにやたら喋るスズメがステラに顔を向けると、ステラは目を伏せ、悲しそうな目をしていた。
「いやフォローしろよ。冗談だよ。」
表情は相変わらずだが、スズメの背中でパタパタと羽ばたいていた羽がピタリと停止する。スズメなりに何か感じるところはあったらしい。
ていうか羽なくても飛べるのね。
……何のためについてんだよ。
飾りですか。オシャレっすねスズメさん。
「やだなー、ジョークじゃない。それに、私ぐらいどデカい凄い星の下に生まれてると、歩いてるだけでハプニングぐらい起こるってことよ。もしくは魔球とか投げれる。」
「へえ、巷の占い師も最近ははっちゃけてますね。今月の運勢で魔球とか書かれても、私じゃ有効活用できそうにないですわ。ちなみに私は白色水星です。プラスの。」
二人が進むのどかな街道には幸い歩いている人間がいないが、いたら会話とは何か根本から見直したくなっただろう。
今晩はゆっくり家族との時間を持ってやって下さい。
「うんー、スズメの運勢なんか悲しくなるぐらいどうでもいいけど、そろそろ何かがっつりイベントが起きると思うわ。私の閃きがそう告げてる!」
「へー、ほー、ふーん。」
すずめははなくそをほじっている。
すてらのターン。
「聞けよう!!!!私が馬鹿みたいだろっ!?」
「ああ、すいません。一応違うということになってるんでしたね。」
スズメの羽がまた、はたはたと動き始める。どうやら彼女本来のペースを取り戻したらしい。
「どうしよう、今私自分のメイドを殺したい。メイドさんから冥土さんにジョブチェンジさせたい。」
ステラが満面の笑顔を浮かべる。怖い。
「なるほど立派に非道なお方に育たれているようだ。主の頭がアレなのは残念ですが、耐えることにします。よかったねステラたん。」
「よしわかった。表にでやがれこの野郎!!」
お嬢様、ここ表です。
度重なるスズメの皮肉に、笑顔のまま腰に差した剣を抜きかけるステラ。
しかし、剣を抜く前に悲鳴がその動きを止めた。
「たぁーすけてー!!」
誰が聞いても情けない声が街道に響く。
ステラは俊敏に、スズメは嫌そうに声の方を振り向く。
声の主は見えないが、遠くはないはずだ。
「イベントの予感!」
「さすがお嬢様。私には面倒事の予感しかしませんが。」
間髪入れずステラとスズメが正反対の反応を示す。
「とりあえずここで楽しくお喋りしながら時間を潰すというのが私の提案……」
「行ってみよう!ダッシュだ!」
スズメの言葉はまったく耳に入っていないらしく、ステラは目を輝かせながら走り始めた。
しかも素晴らしく足が速い。
「……聞けよチクショー。」
あっという間に小さくなったステラの背中を見つめてスズメが呟く。
それから溜め息をつきながらゆるゆるへろへろとステラを追いかけ始めた。
「へっへっへ、諦めな。この道は滅多に人の通らねえボロ街道だ。叫んだところで誰もこねえよ。大人しくしてりゃ殺しゃしねえ。」
「ひーっ!?」
ステラ達の居た場所から離れること数百メートル。
そこでは一見して弱そ…頼りなさげな青年が、一目でカタギじゃないとわかる強面の男達に囲まれて馬鹿でかいナイフを突きつけられていた。
「いやいやいや、おじさん達怖すぎですから!ぴくりとも動かなくても最後には殺すって顔してますから!?」
手を顔の横ぐらいまで上げて、泣きたいのか笑いたいのかわからないような表情で青年が叫ぶ。
「安心しな兄ちゃん、俺たちブログ一家は顔よりかは断然優しい人たちだからよ。お金さえかせげりゃ殺しなんて悪い事しないのよ。生かして逃がすと顔も売れるしな、がはははは!!」
何がおかしいのか盗賊のおっさんは一人で大笑いする。幸せそうでなによりだ。
「ええっ!!おじさん達あのブログ一家!?」
「おお、やっぱ兄ちゃんも知ってるか!!」
「不細工ばっかりで品がないって有名な……。」
「殺されてえか小僧!!!?」
そらおっさんも怒るわ。本気で彼を殺しそうな形相だが、青年にとっては助け舟となる形で邪魔が入る。
「待ちなさい、悪党共!このインローが目に入らぬか!!」
少女の叫びで一斉に振り向く盗賊達の間を何かが飛んでいった。投げられたリンゴだ。……内側低めいっぱい(インロー)で。目に入るわけねえ。
「誰だぁてめえ!!」
そんな茶目っけだか本気の間違いだかわからないボケなど気付かずおっさんは叫ぶ!!
その視線の先に居たのは、金髪をサイドテールにした一人の少女だった。
ニヤリと笑った少女は親指で自分を指し、こう叫び返した。
「右の悪には超爆砕ステラパンチ!左の敵には超極殺ステラフラッシュ!悪、即、滅!!正義の薄倖美少女、私。見参!!」
唖然とする男達。だって仕方のない反応だ。薄倖の美少女にしては力強すぎるもの。発光してそうだもの。
「くっくっく、お前達も冥土さんにしてやろうか……!」
いや、あの……
冥土さんって、何ですか……?