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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第2部【帝国戦争篇(前編:火種)】

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第77話 戻る署名、偶然の約束

 

 帝都の夜は静かだ。

 静かだから、戻ってくるものがよく分かる。


 ――刃ではない。血でもない。

 『手応え』だ。


 あれは刺客ではない。

 私が削り出した技の端。


 似せたのではない。

 古い同じ根から、細く削っただけだ。


 王国の外縁に触れ、折れて戻るはずの欠片。


 折れていない。

 退いた。

 それで十分だ。


 私が欲しかったのは勝利ではない。

 王都が「どこで揺れないか」

 そして、揺れない条件が揃った時に

 ――どこが“揺れるふりをするか”。


 王都防衛軍団長の帰還速度。

 線が崩れない最小人数。

 “確信”が白む瞬間と、白ませない手順。


 採点は終わった。

 次は材料だ。


 技は切り札ではない。

 切り札にした瞬間、読まれる。

 読まれない形で増やすなら――針でいい。


 王都は揃えずに回した。

 なら、こちらは揃えさせる針を増やす。


 揺らす場所を変える。

 揺れない都市ほど、揺れる場所は必ず外にある。


 --------


 城門は、戦の門ではない顔で開いた。

 けれど門番の目は休んでいない。王都は休まない。


 帰ってきた列は短い。

 短いのに重い。

 ――重いのは土埃ではなく、外縁の“線”の重さだ。


 先頭の馬上、アルノーがいた。

 肩は落ちていない。

 だが、鎧の留め具まで土埃を噛んでいた。


 待っていた者が三人、門の内側から寄る。


 アルトが先に出た。歩幅は急がない。

 急がないまま確かめる歩幅。


 レイナが半歩遅れて並ぶ。腕を組まない。

 茶化しに落とさない距離。


 セレーネは礼を崩さないまま、表情だけ柔らかい。


 セフィラの姿はない。

 魔導士協会の側で、今夜も火を消せないのだろう

 その不在が、王都の忙しさを静かに示していた。


 アルトが言う。


「……なんだか疲れてるみたいだな」


 レイナが続けて言う。


「……顔色良くないね」


 アルノーは笑いかけて、息だけ吐いた


「疲れてる。だが――折れてはいない」


 レイナが目を細める。


「外、何がいた?」


 アルノーは門の外を振り返らない。

 振り返らなくても、感触は残っている。


「帝国の手だ。……兵を巻き込ませる形で来た」


「近づけば崩れる。遠ければ“届かなかったこと”

 にされる。三人目を入れた瞬間、

 足が折れる――そういうやつだった」


 アルトが小さく息を吐く。


「退けた、でいいのか」


「退いた。追ってない」


 アルノーは言い切る。


「追えば線が切れる。外縁の仕事は、

 追い勝ちじゃない。戻り勝ちだ。」


 その言い方が、アルトには分かる。

 “勝った”と言わず、

 “戻った”と言う盾の言い方だ。



 セレーネが、そこで一歩だけ距離を詰める。

 礼の距離ではない。

 ――労いを渡す距離。


「……アルノー」


 名を呼ぶだけで、声が少しだけ柔らかくなる。


 アルノーの脈拍が上がった。


「お帰りなさい。――無事でよかった」

「兵も、守れたのですね」


 返事が遅れる。遅れが軍人らしくない。

 ――だから分かりやすい。


「……ああ。守れた。……居ない間大事なかったか」


 ぎこちなく返す。


「あなたが戻れなかった間、

 王都は散らして保ちました」

「でも、あなたが戻ったら

 ――散らしたものを、痛くない形で束ね直せる」


「……手間を、かけたな。助かった」


「王国の騎士として当然のことをしたまで、」

 私も団長ですから。守る役目があります」


 セレーネはまっすぐアルノーを見る。


 アルノーはそこで目を逸らした。


 そこでレイナが、

 わざと空気を軽くするように言った。


「ね、アルノー。――“三つ目”、覚えてる?」


 アルノーの耳が、分かりやすく赤くなる。


「……お前、その話を今ここでするのか」


「する。今が“偶然”だから」


 レイナは笑わない。あの時と同じ、真面目な目だ。


「私、言ったよね。仕事の邪魔にならない時間で、

 ちゃんと偶然にするって」


 アルトが額を押さえる。


「レイナ……場所」


「門の内側。ちゃんと邪魔にならない」


 言い切ってから、

 レイナは視線だけでセレーネへ渡した。


「で。いま“偶然”の入口が目の前です」


 セレーネは一拍だけ目を瞬き、次に礼節へ戻る。

 だが礼節の中に、友の温度を一滴混ぜた。


「……レイナから聞きました」


 それから、ほんの少しだけ声を落とす。


「“非番のあなたを借りる代わりに、

 あなたの時間も守る”――そういう取引だと」


 アルノーが、返す言葉を探している間に、

 レイナが肩を竦める。


「うん。取引。綺麗事だけだと続かないから」


 セレーネは、そこで一歩だけ近づいた。

 近づき方が、剣ではない。


「アルノー。

 あなたは“休め”と言われるのが苦手でしょう」

「だから、命令にはしません」


 言い方が柔らかいのに、逃げ道がない。

 逃げ道を塞ぐのではなく、

 “逃げなくていい形”を作る言い方だ。


「……落ち着いたら」


 セレーネは続ける。


「盾ではないあなたの時間を、少しだけください」


「短くていい。

 ……短い方が、あなたは守れるでしょう?」


 アルノーが固まる。

 今度は、門の石材では足りず、

 夜空に視線が逃げる。


「……そういう言い方もするんだな」


 言ってから自分で驚いた顔になる。

 言ってしまったという顔だ。


 セレーネは笑いを大きくしない。

 大きくすれば、茶化しになる。


「します」


 短く言って、すぐ真面目に戻す。


「……あなたが戻ったら、王都はまた一本で動ける」

「でも一本は折られる。

 だから、折れないために――私たちは散らす」

「散らしたまま、あなたの署名で“束ね直す”」


 アルノーが、呼吸を一つだけ乱す。

 “署名”という言葉が、仕事の顔を呼び戻した。


 その時。


 硬い足音が混ざる。

 早い。だが焦っていない。決める側の足音。


 軍務卿ガレスが来た。


 視線がまずアルノーに落ちる。

 “帰ってきたか”ではなく、

 “戻ったな”という確認の目だ。


「アルノー」


 呼び方が短い。

 短いのに、王都の現実が詰まっている。


「外は片付いたか」


 アルノーは即答する。


「外縁は退けました。兵は崩していません。

 線も、切れてません」

「だが終わってない。……次は内側へ来ます」


 ガレスが一度だけ頷く。


「分かってる」


 それから、わざと周囲を見回し、言葉を選ぶ。


「……私事は、その後だ」

「この件が片付いたら――好きに休め」


 セレーネがきちんと礼をする。

 レイナも礼を返す。アルトは浅く頭を下げた。


 アルノーだけが礼を遅らせた。

 遅らせたのは疲労のせいじゃない。

 ――今の一言が胸に残ったからだ。


 ガレスは背を向ける前に、最後だけ落とす。


「王都は、戻ってきた者から次の仕事に入る」

「来い、アルノー。机が待ってる」


 アルノーは短く息を吐き、頷いた。


「了解しました」


 城門の内側で、王都はいつも通りの顔をする。

 けれどその“いつも通り”は、

 戻ってきた盾の重さで保たれている。


 そしてその夜、

 王都は静かに――次の折り目へ移った。


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