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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第2部【帝国戦争篇(前編:火種)】

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第71話 王都の入口

 王国/フェリオス王都 城門前(午前)


 王都の城門は、朝から人が多い。

 人の流れが厚いのに、どこかで“詰まって”いない。

 詰まらないように、細い規則が先に置かれている。


 帝国監督官ノーンは、門の前で足を止めた。

 背後には数名。荷は軽い。


 剣の重さではなく、

 標章と通行証と委任状――

 紙の重さだけがついてくる。


 門番が声をかける。


「ご用件は」


 ノーンは王都を見ない。

 門を抜けたあと、

 人がどこへ流されるかだけを見ていた。


「王城書記局へ。写しの確認をする」


「森ではなく?」


「森は後だ」


 短い返答。言い訳がない。

 言い訳がない者ほど、言い訳を作らせに来る。


 門番が一拍ためらった。

 ためらいは拒否ではない。責任の所在を探す癖だ。


「……案内を呼びます」


「どこに立てば、“受理”になる?」


 ノーンの問いは丁寧だった。

 丁寧さは、王都では礼儀に聞こえる。

 だが、礼儀はしばしば――入口になる。


 門の内側で、別の足音が近づいてきた。

 治安局の者だ。装備が軽い。早い。

 軍でも近衛でもない、“捌くための足”の歩幅。


「帝国の監督官殿。治安局よりご案内します。

 ――王城書記局へは、こちらで手順を通します」


 ノーンは頷くだけで従った。

 頷きは同意ではない。状況把握の合図にすぎない。


 治安局の男は、門を抜ける直前に小さく言う。


「なお、王城側の窓口は別にございます。

 ……本日は“確認”の順番がございますので」


 順番。

 王都が、先に置いた言葉だ。


 ノーンはそれを否定しないまま、歩き出した。


 --------


 王国/フェリオス王都 治安局・詰所前(午前)


 詰所の中は忙しいのに、騒がしくない。

 声を張り上げるより前に、

 係が分かれているからだ。


 案内役の男が、ノーンにだけ聞こえる声で言う。


「今日中に返すものは返す。

 王都は、そう決めています」


 ノーンは顔色を変えない。


「返答は、すでに?」


「ええ。形式としては。ですが――」


 案内役は言い切らない。

 “形式としては終わっている”のに、

 終わっていない仕事がある。

 その感覚を、王都の者も理解しているらしい。


 詰所の机の上に紙束が置かれていた。

 量は多くない。だが、添えられた小片が多い。

 

 宿所の指定。立会い候補。

 通行の経路。持ち込みの目録。


「到着前に、足場を置いている」


 ノーンが、独り言のように言った。


 案内役の男は答えない。

 答えると、それが“認めた言葉”になる。


 代わりに、詰所の奥から別の者が現れた。

 近衛の色でも軍の色でもない。書記局の衣だ。

 足取りは軽い。だが、立つ場所だけは外さない。


「監督官殿。書記局より。

 確認の順番をお伝えします」


 ノーンは、そこで初めて少しだけ目を動かした。


「順番?」


「はい。本日はまず、写しの突合。

 次に、治安導線の確認。

 最後に、立会いの名簿――」


「名簿を最後にするのは、なぜだ」


 書記局の男は、言葉を選ぶ。

 選びながらも、目は逸らさない。


「名が先に立つと、名に理由が付きます。

 理由が付くと、不要な説明が増えます。

 王都はそれを避けます」


 ノーンは黙った。

 避ける。避けるという言葉は、攻撃ではない。

 だが避け方には、相手の形が出る。


(王都は、入口を一つにしない)


 ノーンは理解する。

 そして理解した上で、

 別の場所に立つ方法を計り始める。


 --------


 王国/フェリオス王都 

 王城・書記局 控えの間(正午)


 控えの間には椅子が少ない。

 座らせないためではない。滞留を作らないためだ。


 宰相レオンハルトが、紙を机に置かせた。

 置き方は普通だ。普通に見えることが大事だ。

 普通を崩せば、崩した理由が見つかる。


「帝国の監督官が来た」


 書記官が頷く。


「治安経由でこちらへ誘導しております」


「よろしい」


 “よろしい”は安堵ではない。

 順番が守られていることの確認だ。


 レオンハルトは、紙面そのものより、

 添えられた条件を見る。

 条件が多いほど、親切に見える。

 親切な条件ほど、こちらの机へ入り込んでくる。


「これは王都の机に載せる条件ではない。

 載せるなら、分ける」


 書記官が低く答える。


「治安へ。宿所は外務へ。立会い候補は近衛へ。

 “保全庫”の話は――魔導士長へ落とします」


「そのままでいい。

 ……ただし、言葉を丸ごと渡すな。要点だけ運べ」


 書記官の喉が動く。

 要点だけ運ぶ――それは簡単なようで、難しい。

 要点には、責任が貼り付く。


 レオンハルトは、淡く続けた。


「帝国の狙いは森ではない。

 王都で“受けた形”を作ることだ。

 受けた形ができれば、森は後から付いてくる」


 書記官が小さく息を吐く。


「……では、こちらは」


「“受けた形”を作らせない。だが拒む形も作らない。

 通す。捌く。保管する。――それぞれ別の机で」


 言い切った後、

 レオンハルトは目を上げないまま付け加えた。


「アルノーが戻れば、一本にまとめられる。

 だが今は、まとめないことを選ぶ」


 “穴”は埋める。

 だが今日は、埋め方を誤ると、

 埋めた場所が入口になる。


 --------


 王国/フェリオス王都 王城・外縁回廊(午後)


 ノーンが通された回廊は、明るすぎない。

 明るすぎないのは、見せるためではなく、

 仕事のための光だからだ。


 前を歩く書記局の者が言う。


「こちらです。――最初に、写しの突合から」


 ノーンはそこで、足を止めた。

 止めたのは反抗ではない。立ち位置の確認だ。


「写しの突合は、誰の手になる」


「書記局です」


「治安は」


「導線の確認です」


「近衛は」


 書記局の者は一拍遅れた。

 遅れは弱さではない。

 近衛という言葉が“王城の奥”へ繋がるからだ。


「……立会いの名簿です」


 ノーンは頷いた。

 王都は三つの机を用意している。

 三つに分ければ、

 どれか一つを掴んでも全体は掴めない。


(甘く見ていたのは、こちらか)


 王都防衛軍団長が不在――その一点だけで、

 入口が薄くなると思っていた。

 だが王都は、薄くなるどころか、

 入口を散らしてきた。


 ノーンは、口に出さない。

 感想は仕事を遅くする。


 代わりに、声の調子も変えずに言った。


「では、突合の前に。

 監督官として、こちらに“立った”記録を残したい」


 書記局の者が目を細める。

 立った記録。

 それは、受理の最初の釘だ。


「本日は順番がございます」


「順番は守る。だが、立つのは今だ」


 丁寧な衝突。

 声が荒れない衝突ほど、後に残る。


 その時、回廊の向こうから別の足音が来た。

 軽い。速い。だが走らない。

 市井の呼吸を知っている者の足――ギルドの足だ。


 先頭にアルトがいた。

 先頭に見えるのに、押し出さない立ち方。

 

 その半歩後ろ、レイナの呼吸が短い。

 短いが、刃の短さではない。

 言葉を増やさない短さ。

 

 セフィラは視線だけで、

 回廊の“静けさの癖”を見ていた。

 王城が、どの机へ誘導しているかを読む目だ。


 アルトが言う。


「監督官殿。――ここは“突合の回廊”だ。

 立つなら、立つ場所を選べ」


 ノーンは初めて、王都の“現場”を見た気がした。

 剣の現場ではない。

 机の現場。導線の現場。順番の現場。


 ノーンは答える代わりに、

 ほんの僅かに首を傾ける。


「選べ、と」


 アルトは頷く。


「選べるようにしてある。

 だから、こちらも選ぶ」


 レイナが一言だけ落とす。


「王都は、入口をひとつにしない。

 ……今日はそれだけ覚えて帰って」


 セフィラは淡く続けた。


「“保全”は扱い方で毒にも薬にもなる。

 王国は、その扱いを自分の手順で残す」


 書記局の者が、息を飲む。

 言い切ってはいけない言葉が、言い切られていく。

 だが言い切られたのは挑発ではない。

 ――境界の提示だ。


 ノーンは、静かに言った。


「王都は、私を歓迎しないのだな」


 アルトは首を横に振る。


「歓迎もしない。拒まない。

 ――通す」


 その“通す”が、今日は重い。

 重いのに、声は軽い。


 ノーンは、少しだけ目を伏せる。

 伏せたのは退いたからではない。

 次の立ち位置を測るためだ。


(森へ行かないのは、正しかった)

(だが――王都が思ったより整っている)


 口にしない感想が、胸の内で短く折り畳まれる。

 折り畳んだまま、仕事に戻す。


 ノーンは言った。


「では、突合から始めよう。

 順番は守る。――“こちら”の順番で」


 王都の午後、回廊の空気が一拍だけ固くなる。

 固くなったのは剣のせいではない。

 誰が先に、何を“記録”にするか――

 その勝負が始まったからだ。


 --------


 回廊の窓の外で、王都はいつも通りに鳴っていた。

 露店の声。荷車の音。子どもの笑い。

 その下で、見えない机の上だけが忙しい。


 今日が最終日。

 返事は返した。――だからこそ、

 返した後の形が問われる。


 ノーンが立つ場所次第で、

 森へ行く前に、王都が先に削られる。

 王都が先に削られれば、

 森は“確認”ではなく“処理”になる。


 アルトは、回廊の端に視線を置いたまま、

 小さく息を整えた。

 整えるのは剣ではない。

 順番だ。


 王都は、まだ戦場になっていない。

 だからこそ――一番危ない。


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