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【第1篇完】終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第1篇【魔王討伐篇】

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第6話 力の方向

 王国ギルド、執務室。


 アルトは机に並べられた

 複数の報告書を見下ろしていた。

 勇者一行の戦果報告、

 各地から届く異常感知の記録、

 そして魔導士協会からの補足資料。


 どれも単体で見れば、問題はない。


「……辻褄は合ってる。だが――整いすぎている」


 そう感じるのは、初めてではなかった。


 過去にも、似た感覚はあった。

 戦争の兆しを読み違えた時。

 数値上は安定していた街が、突然崩れた時。


「数字は、いつも正しい」

「だが、現実はそうとは限らない」


 それを理解しているからこそ、

 アルトは報告書から目を離せずにいた。




「数字だけ見れば、勇者は理想的」


 向かいの椅子に座るセフィラが、

 資料をめくりながら言った。


「討伐速度、連携、被害率。どれも上出来」

「だが、それで終わっていない」


「うん」


 セフィラは頷いた。


「勇者の戦闘記録、よく出来すぎてる」


 彼女は指先で紙を指す。


「反応が速すぎる。判断が迷わない」


「熟練者の動きか?」


「違う。熟練者は『経験から選ぶ』。

 でもこれは……」


 言葉を探し、少し考える。


「世界が、選択肢を減らしてる感じ」


「……補正、か」


「そう。たぶん、転生者特有のもの」


「見えないもの、定義できない異常には無力」


 言い切りに近い口調だった。


「少なくとも、

 今観測されている異常とは噛み合っていない」


「勇者が対処しているのは、『魔物』だ」


「そう。分かりやすい敵」


 セフィラは資料を揃え、アルトを見る。


「でも、今起きているのは」

「敵と呼べるかどうかも分からない、現象」


 アルトは小さく頷いた。


「勇者は、正しい方向を向いている」


「ただし、それは“用意された問題”に対して、だな」


「……うん」


 その言葉には、否定も皮肉もなかった。


「転生者には、特別なスキルが与えられることがある」


 セフィラはそう前置きしてから続ける。


「古い文献にも、断片的な記録がある」

「世界の外から来た者に、環境への適応を助ける力が宿る、って」


「偶然か?」


「いや。意図的だと思う」


 セフィラは、言い切ったあとで小さく息を吐いた。


「……本当はね」

「『分からない』って言うの、嫌なんだ」


 アルトは何も言わず、続きを待つ。


「理論があるなら、説明できる」

「説明できないなら、どこかが間違っている」

「そう信じてきた」


 彼女は、資料から視線を外した。


「でも今回は、理論が正しくても、結果が合わない」


「勇者の《観測適応》は、戦場では理想的だ」

「視認できる敵、明確な脅威、選択肢が限られた状況」

「そういう場面では、ほぼ最適解を引き当てる」


 セフィラはそこで言葉を切った。


「でも――」


「結界の『内側』で起きている違和感」

「原因不明の不安」

「痕跡のない干渉」


 彼女は、静かに列挙する。


「それらは、どれも“観測できない”」

「だから、勇者の力は反応しない」


 アルトは机に手を置き、深く息を吐いた。


「つまり」

「勇者の力は、世界を救うためのものだ」

「だが、“世界そのものの歪みを”扱うための力ではない」


「そういうこと」


 セフィラは、少しだけ困ったように笑った。


「だから、勇者が活躍すればするほど」

「問題は解決している“ように見える”」

「……だが、別の場所で残る」


 沈黙が落ちる。


 アルトは、無意識のうちに胸元に手を当てていた。


 《統治者の残響》


 初めて感じたのは、もっと小さな違和感だった。


 街の人間関係。

 商人の動き。

 冒険者たちの選択。


 理由は分からない。

 だが、何かが「一方向に傾いている」

 感覚だけが残る。


 数値にすれば誤差。

 だが、無視できない偏り。


 それが、最近ははっきりしてきている。


 自分だけが感じ取れる、力と意図の偏り。


「俺の感覚も、同じだ」


 アルトは言った。


「魔物が減っても、偏りは消えない」

「むしろ、移動しているように感じる」


 セフィラは、その言葉に目を細めた。


「……やっぱりね」

「偶然じゃない」

「勇者と、アルトの力」


 彼女は、静かに結論づける。


「方向が、違う」


 勇者は、正しい敵を倒すための力を持っている。

 アルトは、敵と呼べないものを見逃さない力を持っている。


 どちらも、欠けてはいけない。

 だが、どちらか一方だけでは足りない。


「……だから、俺は動けない」


 アルトは、そう呟いた。


 --------


 扉を叩く音がした。


「失礼します。追加の報告です」


「今度は、どこだ?」


 職員は一瞬、言葉を選んだ。


「……勇者一行の進路とは、反対側です」




 勇者が前に進むほど、

 別の問題は、静かに形を変えていく。


 それに気づいている者は、

 まだ、ほとんどいなかった。

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