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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第2篇【帝国戦争篇】

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第48話 動ける者が動く

 

『本件は、王国としての“戦後異常事案”に指定する』


 声が落ちたのは、

 王都フェリオス城――王政会議棟の一室。

 玉座の間ではない。正式な王政会議でもない。


 戦後処理のために設けられた、臨時の連絡会議室。

 壁際には地図板と、封蝋の残る文書束。

 席次は露骨で、王国側の高官が中央、

 軍と教会が左右、そして――ギルド席は端だ。


 端の席に座るアルトは、黙って状況を測っていた。

 この配置は「招いた」ではない。

 「呼び出した」だ。


 隣には、レオンハルト。宰相として政を回し、

 国王の側近として沈黙を整える男だ。

 国王の“声”を代行する男が、

 あえてギルドの側に立っている。


(……使う気だな)


 アルトがそう確信した瞬間、

 議長席の男が一枚の文書を持ち上げた。

 内務卿――治安と国内統制を束ねる、

 王国の現実担当。


 封蝋の紋章は王国ではない。

 帝国のものだ。


「帝国より、通達が来ている」


 内務卿は淡々と読み上げる。

 読み上げているが、これは彼の意見ではない。

 “帝国の言葉”を、そのまま室内に落としている。


「――『戦後の混乱に乗じた虚偽報告も

 想定される』」

「――『許可なき現地入りは控えること』」


 一語一句が、硬い。

 命令文ではない。だが、命令と同じ圧がある。


 軍務卿が、椅子の背に深く寄りかかる。


「現場を縛れば、対応が遅れる。戦後処理が滞る」


 法務長官が即座に継ぐ。


「条項に抵触すれば、王国が咎を受けます」

「指定されれば、帝国の“手続き”が前に出る」


 つまり――王国は自由に動けない。

 だが、動かねばならない。


 そこで、視線が自然と“端の席”に寄る。

 アルトのいる場所へ。


 内務卿が言い換える。

 今度は帝国文書ではなく、王国の言葉だ。


「よって、王国としては――民間協力の形を取る」

「ギルドの調査は“自発的活動”として扱う」


 言葉は丁寧だが、意味ははっきりしている。


(矢面はこっちか)


 レオンハルトが小さく息を吐き、

 アルトにだけ聞こえる声で言った。


「王国が正面から動けば、帝国に掴まれる」

「だから君たちに“先に見てきてほしい”」


 頼んでいるようで、頼んでいない。

 断れば、王国は「協力を求めたが拒否された」

 と言える。


 逆に受ければ――

 何か起きた時、

 王国は「民間が勝手に動いた」とも言える。


 アルトは、文書束の一番上を指で軽く叩いた。


「確認したい」

「“異常”が虚偽かどうかは、

 現場を見ないと決められない」


 内務卿が即答する。


「許可は出せない」

「だが――止める権限も、ここにはない」


 逃げ道を残した言い方。

 王国上層部の“使い方”は、最初から決まっている。


 アルトは立ち上がった。


「分かった」

「見てくる」


 そして、最後に一言だけ付け足す。


「ただし、報告は“都合よく”切り取らせない」

「必要なら、王国にも帝国にも同じ文面で返す」


 室内の空気が、わずかに張る。

 レオンハルトだけが、ほんの少し口角を上げた。


「……それでいい」


 王国は、ギルドを使う。

 ギルドは、その王国を使う。


 そういう戦争が、もう始まっている。


 -----------


 会議室を出た廊下は、やけに静かだった。

 玉座の間のような豪奢さはない。

 だが、ここは王国の背骨

 ――政の骨組みが通る場所だ。


「今の席次、気に入らなかったか」


 少し後ろから、

 レオンハルトが声を落として呼んだ。


「席はどうでもいい」


 アルトは足を止めない。


「言い方が好きじゃない」

「“自発的活動”だとさ」


 レオンハルトは肩をすくめた。


「王国が公式に動けば、帝国の条項に噛まれる」

「噛まれれば、今度は“手続き”で縛られる」

「君たちが動くのが、一番早い」


「早いのは認める」


 アルトは淡々と返した。


「でも、便利な駒にされるのは嫌だ」


「なら、君がルールを作れ」


 レオンハルトの言葉は、奇妙にまっすぐだった。


「報告書を“王国用”と“帝国用”で分けない」

「同じ文を二方向へ落とす」

「切り取りを封じろ」


 アルトは、わずかに口角を上げた。


「それ、さっき言った」


「だから、正しい」


 レオンハルトは少しだけ声を落とす。


「君たちが動けば、王国は“動ける”」

「帝国は“止められない”」

「そして――君たちに責任を押し付けられる」


 言い切る。

 隠さない。


 アルトは一瞬だけ立ち止まり、

 横目でレオンハルトを見る。


「それでも俺に言うってことは」


「壊れない程度に、使う」


 レオンハルトは笑わない。


「壊れたら困る」

「王国も、君たちも」


 アルトは短く息を吐いた。


「……分かった」


 歩き出す。

 ギルドへ戻るために。


 -----------


 王国ギルド。

 王都の喧騒から一歩だけ外れた場所に、

 いつもの屋根がある。


 扉を開けると、すでに二人が揃っていた。


 レイナは壁にもたれ、腕を組んでいる。

 視線だけで、

 アルトが“面倒を拾ってきた”ことを察した。


 セフィラは机に資料を広げ、

 指先で紙の端を揃えていた。

 丁寧すぎる所作が、

 逆に落ち着かなさを示している。


「顔がもう、嫌そう」


 レイナが言う。


「嫌だ」


 アルトは即答した。


「でも、やる」


 セフィラが資料から目を上げる。


「帝国?」


 アルトは、会議で渡された写しを机に置く。

 封蝋の跡。

 命令文のようで命令ではない、硬い言葉。


「転生者事案監督庁」


 その名前を出した瞬間、

 セフィラのまつ毛がわずかに揺れた。


「……“監督”」


 レイナが眉を上げる。


「その言い方、帝国っぽいね」


「帝国語だよ」


 セフィラは、写しの一節を指で押さえる。


「“監督”って書いた時点で、ただの監視じゃない」

「許可と記録と制限と――場合によっては封鎖まで」

「全部を一語に畳む」


 アルトが鼻で笑った。


「便利な言葉だ。責任を取らずに口だけ出せる」


 セフィラは否定しない。

 ただ、言葉を整える。


「便利だから、先に置く」

「条項を置いて、動きを遅くする」

「遅れた側が“悪い”になる」


 レイナが鼻で笑う。


「嫌な話ね」


 アルトは頷いた。


「王国が正面から動けば、帝国の条項に噛まれる」

「だから“民間”が行く」

「――俺たちが行く」


 セフィラが視線を落とし、紙面をもう一枚めくる。

 報告対象項目の一覧。


 原初の森。

 境界。

 異常変質。

 残留瘴気。


「戦果が欲しいんじゃない」


 セフィラが淡々と結論を置く。


「勝ったのに残った“おかしさ”」

「それの記録が欲しい」

「それが、帝国の次の手札になる」


 アルトは地図を広げた。

 印が付いている。


「ここ」


 レイナが覗き込む。


「魔王国領の縁?」


「縁、というより――“抜け道の跡”だ」


 アルトが指で線をなぞる。


「戦後、瘴気は薄く散って終わるはずだった」

「でも、ここだけ残り方が変だ」


 セフィラが言う。


「沈殿?」


「いや」


 アルトは首を振る。


「沈殿なら、形が一定になる」

「これは……寄ってる」

「集まってる」


 レイナが低く息を吐いた。


「……嫌な集まり方」


 セフィラは、紙を揃えながら言う。


「瘴気が“自律”している可能性」

「あるいは、誰かが“寄せている”」


 その一言で、空気が一段重くなる。


 レイナの指が、剣の柄に触れた。


「“誰か”って、帝国?」


「断定はできない」


 セフィラは冷静に言う。


「帝国がやるなら、もっと見えない」

「見える形は、わざとだ」


 アルトは頷く。


「だから、現場を見て判断する」


 レイナが即座に言う。


「で、行くんでしょ」


「行く」


 アルトは頷いた。


「ただし、報告は同じ文面を二方向へ落とす」

「王国にも、帝国にも」

「切り取りさせない」


 セフィラが目を細める。


「正しい」

「……でも、危ない」


「分かってる」


 アルトは地図を畳む。


「危ないから、先に行く」

「先に見て、先に言葉を置く」


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