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【第1篇完】終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第2篇【帝国戦争篇】

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第47話 王政会議

 

 王政会議室は、広い。

 だが、広さが安心を生むことはない。


 壁の装飾は控えめで、窓も少ない。

 大仰な権威のためではなく

 ――余計な音を入れないための造りだった。


 円卓の席に、役職者が揃っていく。


 軍務卿ガレス・ヴァルディア

 ――前線の数字を握る男。


 内務卿マルセル・グレイヴ

 ――王都の治安と情報を束ねる。


 外務卿セドリック・オルヴァーン

 ――帝国の文言を“外交”に翻訳する役。


 財務卿ルチアス・ベルグラン

 ――戦後の現実を金額で突きつける。


 法務長官エドガー・ミルフォード

 ――条文と前例で“正義の形”を決める男。


 教会連絡官とギルド連絡官は、

 円卓の外側に立った。

 “参加しているが、決めない”位置。


 最後に、宰相のレオンハルトと共に

 国王アルベルトが入室する。


 一瞬、空気が整う。

 誰もが背筋を伸ばす。

 そして、その整い方が――

 この国の弱さでもある。


 アルベルトは座り、卓上の紙束に視線を落とした。


「議題は三つ」


 声に装飾はない。

 祝勝の後の言葉ではなく、

 “次の負債”を整理する声だった。


「瘴気の残滓」

「帝国の静けさ」

「転生者」


「……」


 沈黙が落ちる。

 転生者、という単語が空間に置かれただけで、

 重さが変わった。


 軍務卿が、喉を鳴らして口を開く。


「陛下、転生者は……勇者と同義では?」


「同義なら、議題にしない」


 アルベルトは視線を上げない。


 誰を勇者にするか、誰を勇者にさせないか

 その選別と管理の仕組みだ。


 その言い方に、内務卿が眉を寄せて呟く。


「……つまり、勇者の話じゃない」

「転生者そのものを、枠に入れる話か?」


 レオンハルトが一歩、前に出た。

 王の代弁ではない。

 王が“決める”ための地盤を整える声。


「各位、前提を整理します」


 紙束を一枚、卓上に滑らせる。


「帝国は、転生者を“勇者”として扱っていません」

「必要なら英雄にする。不要なら消す

 ――それが帝国の傾向です」


 外務卿が即座に反応する。


「断定は危険だ。外交上――」


「断定ではありません」


 レオンハルトは淡々と続ける。


「“静かすぎる”という事実が、そう示しています」


「魔王が討たれた。王国と教会は祝っている。

 にも関わらず帝国は祝意も声明もない」


「沈黙は礼儀ではなく、計算です」


 財務卿が小さく息を吐く。


「計算、とは」


「次の議題を置くための沈黙」


 レオンハルトは言い切り、次の紙を出した。


「本日未明、帝国より“閲覧許可”が届きました」


「閲覧……?」


 法務長官が顔を上げる。


「条約文書の閲覧です。

 帝国と聖教会が結んだ“戦時協力条項”の一部」

「正確には、こちらが閲覧できるよう“してきた”」


 軍務卿が、苛立ちを隠さず言う。


「見せつけだな」


「はい」


 レオンハルトは頷く。


「そして、見せつける内容が

 ――転生者に関わります」


 室内の空気が、さらに一段重くなる。


 外務卿が言う。


「それは、こちらへの牽制か?」


「牽制ではありません」


 レオンハルトは短く否定する。


「宣告です」

「帝国は“次の舞台”を定義しに来ています」


 アルベルトが、ようやく視線を上げた。


「……続けろ」


 レオンハルトは一枚の紙を読み上げる。


「“戦後秩序維持のため、

 転生者事案の監督権を帝国が一元的に担う”」

「“各国は協力義務を負い、

 必要に応じて対象の移送・隔離に応じる”」


「ふざけるな」


 軍務卿の声が低く唸る。


「王国の勇者を、帝国が監督する? 勝手が過ぎる」


 外務卿が、机に指を置いた。


「……思い出してください」

「勇者召喚を“急がせた”のは、誰でした」


 一瞬、室内の熱が引く。


 早すぎる、と――

 グラディウスの他、この円卓の何人かが、

 あの時口にした。

 それでも王は押し切った。

 ――帝国の意向だ、と。


「最初からだ」


 セドリックは淡々と続ける。


「勇者を“王国の剣”として誕生させておき」

「後で条項で“世界の案件”に引き上げる」


「早期召喚は、布石だったんだよ」


 だが、軍務卿が即座に押さえる。


「感情で返せば、思う壺だ」


「感情ではない。軍事だ」


「軍事で返せば、戦争だ」


「……」


 円卓がざわめく。

 祝勝の熱が残っている分、火種に反応が早い。


 アルベルトは、手を上げて沈黙を作った。


「協力義務――の文言は?」


 法務長官が言う。


「法的拘束は弱い。ですが――

 “聖教会が同意している”ことが問題です」

「教会の大義名分が乗れば、民意が動く。

 動いた民意は、行政を縛ります」

「“監督のための協力”という名目で、

 検問と照会が始まる」


 教会連絡官が、唇を噛む。


「聖教会は……勝利の余韻を利用するでしょう」

「“世界の歪みを正す”という言葉で、

 転生者管理の正当性を演出する」


 内務卿が、確認するように言う。


「つまり、帝国は“正義の顔”を借りる気か」


「借りるのではない」


 レオンハルトが言う。


「貸させている」

「帝国は最初から、

 教会が火を好むことを知っている」


 言い終えた瞬間、誰もが気づく。

 ――この議題の怖さは、帝国の強さではない。

 帝国が“世界の仕組みを理解している”ことだ。


 アルベルトは言った。


「ここから先は、王国が“守れる範囲”を決める」


「守れる範囲」


 その言葉に、ギルド連絡官が僅かに反応した。

 だが彼は発言権の位置にいない。


 アルベルトは続ける。


「転生者を、国家の所有物にはしない」

「だが、帝国に持っていかせもしない」


 軍務卿が即座に問う。


「手段は」


 アルベルトは答えない。

 代わりに、レオンハルトが静かに言う。


「ギルドに“置きます”」


 ギルド連絡官が息を呑む。


「……アルトを?」


「アルト個人ではありません」


 レオンハルトの言葉は冷たい。


「“王国ギルド”という中間領域です」

「王国の剣でも、教会の剣でもなく、

 帝国の鎖でもない」


 内務卿が眉を寄せる。


「だがギルドは、政治の外だろう」


「だから使えます」


 レオンハルトは言い切る。


「政治の“外側”に置けるものしか、

 帝国の議題から逃げられない」


 アルベルトは頷いた。


「……アルトは、嫌がるだろうな」


「嫌がるでしょう」


 レオンハルトは淡々と認める。


「ですが、彼は“壊させない”という思想で動く」

「帝国が壊しに来るなら、彼は動きます」


 円卓が静まる。

 一つの結論が、ゆっくりと輪郭を持つ。


 王国は、戦争を望まない。

 だが、帝国が“議題”として戦争を置くなら

 ――避けられない。


 アルベルトが言った。


「王国は、帝国の監督権を認めない」

「ただし、拒否の仕方は選ぶ」


 外務卿が頷く。


「宣戦ではなく、交渉に見せる」


「交渉の顔で、実務を動かす」


 レオンハルトが補足する。


「裏で、ギルドと情報体制を整えます」


 アルベルトは、最後に教会連絡官へ視線を向けた。


「聖教会は?」


 教会連絡官は短く答える。


「協力します。……ですが、拘束も増えます」

「“正義”は、必ず鎖になります」


 その言葉に、アルベルトは微かに目を細めた。


「……鎖は、必要な時だけ噛ませろ」

「噛ませる場所を誤るな」


 会議は終わりではない。

 始まりだ。


 王国は、戦争の準備を口にしないまま、

 戦争の形を整え始めた。


 -----------


 同じ頃。


 帝都ヴェイルフォルムの空は、曇っていなかった。

 にもかかわらず、街は影を持っている。


 高い塔の一室。

 帝国の“監視”のための部屋は、豪華ではなく、

 機能的だった。


 窓際に立つ女が、外を見下ろしている。


 ノーン。帝国監視者。

 彼女は微笑まない。怒りもしない。

 ただ、観測する。


「王国が、会議を前倒しにした」


 隣に立つ官僚が言う。


「動きが早いですね」


「遅いよりはいい」


 ノーンは、淡々と返す。


「遅い国は、燃える」

「早い国は、折れる」


 官僚は迷いなく問う。


「折らせますか」


「折らせるのではない」


 ノーンは窓から視線を外さない。


「折れる形を、選ばせる」

「それが政治よ」


 机の上に一枚の書類が置かれていた。

 転生者事案監督条項。閲覧許可。

 そして――次の“招致”。


「勇者は勝った。魔王は倒れた」


 ノーンの声が、薄く響く。


「なら、次は“不要な英雄譚”を畳む段階」


 官僚が言う。


「王国ギルドが邪魔になります」


「ギルドマスター、アルト」


 ノーンは、その名を口にしても感情を揺らさない。


「彼は境界にいる」

「境界に立つ者は、時に世界を壊す」


 官僚が首を傾げる。


「壊す、のですか?」


「壊し“かねない”」


 ノーンは訂正する。


「そして、壊し“かねない”者を放置する国は、

 いずれ滅ぶ」

「帝国は、放置しない」


 その言葉の温度は低い。

 だが、低いほど恐ろしい。


「招致状を」


「どなたへ」


「王国へ。――“転生者事案監督府”名義で」


「そして、対象本人へ。拒否できない形式で」


 -----------


 魔都。


 玉座の間に、静かな報告が届く。


「帝国が、動きました」


 老侍従カエルスの声。

 手にした紙は薄い。だが薄いほど、刺さる。


 リリスは、目を伏せたまま言う。


「やっぱりね」


「王国は反発するでしょう」


「反発は正しい」


 リリスは、微かに笑う。


「正しく反発して、正しく削れていく」

「それが帝国の望み」


 カエルスが問う。


「では、陛下は」


 リリスは、ゆっくりと立ち上がる。


「火は、もう置かれている」

「誰が踏むか――それだけ」


 一拍。


「なら、踏ませない“配置”を先に置く」


 とだけ告げた。


 -----------


 王政会議室


「……転生者の件は、以上です」


 レオンハルトが紙束を戻す。


 一拍置いて、視線を会議卓の端へ流した。


「残り二点。瘴気の残滓と、帝国の静けさ」


「瘴気については“現地でしか確定できない”」

「よって、王国としては公式調査を立てない。

 ――立てられない」


「帝国が静かなのは、動けないのではなく

 “動かせない形”を選んでいる」

「こちらが正面から動けば、

 向こうの条文に噛まれる」


「だから――民間の形で先に触れる」

「王国は、表向きは沈黙を守る。

 動くのは“動ける者”だ」



 アルベルトは、短く頷いた。

「……動ける者が動く。以上だ」


 だが、誰も立たない。

 “以上”で終わらないのが政治だと、

 皆が知っている。


 沈黙が一拍だけ続き――その沈黙を、王が切った。


 視線が、円卓をなぞった。


「セドリック。返答文の骨子を作れ。

 “拒否”ではなく“確認”として返せ」


「エドガー。条文の穴と、

 こちらが噛まれない線を引け」


「マルセル。王都の噂を抑えろ。

 英雄譚の熱で、火種が増える」


「ガレス。今は動くな。動ける形だけを整えろ。

 兵は“見せるな”」


「ルチアス。各部門と連携し、

 情勢変化を織り込んだ暫定予算を組め」


 命令は多くない。

 だが、逃げ道も残さない――“動ける形”だけが、

 淡々と配られていく。


 最後に、アルベルトは一言だけ落とした。


「この会議の内容は、ここで止める」


 誰かが息を呑む音がした。

 漏れれば、帝国は“正義の顔”で検問を始める。

 沈黙は、盾にもなるが、刃にもなる。


「――散会」


 椅子が軋み、ようやく部屋が動き出す。

 祝勝の余韻は、まだ消えない。

 だが王国は、余韻の中で次の戦争を

 “始めないまま”始めた。


 -----------


 祝勝の灯りは、まだ消えていない。

 だが灯りの中で、

 誰かがもう――新しい火を置こうとしている。


 そしてその火は、剣より静かに燃える。

 政治という名で。

 監督という名で。

 正義という名で。


 王国は、気づき始めた。

 帝国は、動き始めた。

 魔帝国は、先に“置き始めた”。


 戦争は、宣言で始まらない。

 机上で、先に始まる。


 その日――世界の議題が、静かに決まった。


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