序幕 帝国の沈黙
ヴァル=カイゼン帝国ー
帝都ヴェイルフォルム/枢密院・前室
扉は二重だった。
一枚目は礼で閉じ、二枚目は沈黙で閉じる。
封蝋の匂いが残る前室に、灯りは少ない。
机上に並ぶのは勝利の報告ではなく、
勝利の“後始末”だけ。
大宰相マクシムは、封蝋の残る束の角を揃えた。
紙を整える所作で、場の温度まで整える男だ。
向かいの影は、ほとんど動かない。
監察総監カッシウス。
帝国の“目”であり、同時に“線”でもある。
――表向き、この国にあるのは「監督府」だ。
“監督”という便利な言葉で、
他国の現場にも口を出せる。
責任は取らない。枠だけを置く。
だが、それは外へ出す呼び名。
内部で“本当の名”を知る者は少ない。
監督ではない。“監察”だ。
監察は、対象の「正しさ」を問わない。
ただ、逸脱を数え、痕跡を残し、必要なら“消す”。
カッシウスの机に置かれている紙は、
いつも少ない。
少ないほど、機密だ。
そして機密ほど、国を動かす。
マクシムが一枚、文書の写しを差し出した。
王国へ返す返答案――否ではなく、
確認として書かれている。
カッシウスは、視線だけで読んだ。
「……動ける者が動く形にする」
声は低い。命令ではない。
“決めた”という事実だけが落ちる。
前室の奥。
姿を見せない気配が、ひとつ。
言葉は短い。
「要点だけ」
マクシムは、頷いた。
「勝利は終わりました」
「ですが――“余韻”が、想定より目立ちます」
カッシウスが封蝋へ指先を置く。
帝国の印ではない。帝国の“中”だけを通る印。
「目立てば、騒ぎになる」
「騒げば、王国は“自発的に”触る」
言葉の端に、わずかな冷笑が混じる。
否定ではない。起こる手順の確認だ。
「なら、枠を置く」
「静かなまま」
それだけで、決定は完了する。
扉の向こうへ、勝利の歓声は届かない。




