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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
1篇【魔王討伐篇】

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第5話 正しく進むものと止まらない歪み

 

 勇者の初動は、順調すぎるほどだった。


 討伐報告は簡潔で、被害も少ない。

 同行者に負傷者もなく、村からの評価も高い。

 数字だけを見れば、理想的な滑り出しだ。


「……順調、か」


 アルトは報告書を閉じ、机に置いた。


 内容は単純だった。


 街道付近に出没していた魔物の群れを討伐。

 周辺村落への被害は未然に防がれ、

 結界への影響もなし。


 勇者一行、五名。連携も良好。


 剣を振るう前衛。

 魔法で支援する者。

 回復役もおり、索敵役も機能している。


 連携も取れており、

 特筆すべき問題は見当たらない。


「……出来すぎだな」


 アルトは小さく息を吐いた。


 誰かが語る“成功例”としてなら

 何一つ間違ってはいない。


 だが、同じ報告書の片隅に、

 彼はわずかな引っかかりを覚えていた。


 魔物の数は、想定より少ない。

 抵抗も弱い。

 それなのに、討伐後の村の不安は消えていない。


「……噛み合わない」


 理由は掴めない。

 だが、放置していい感覚ではなかった。



 ----------------




 勇者と呼ばれることに、まだ慣れていなかった。


 元の世界で、ゲームやマンガで

 勇者というものの存在は知っていた。


 名を呼ばれ、肩を叩かれ、期待を向けられる。

 そのすべてが、どこか現実味を欠いている。


(……本当に、俺でいいのか)


 そんな疑問は、いつも胸の奥にあった。


 元の世界では特別な人間ではなかった。


 強く主張することもなく、

 誰かの意見に逆らうことも少ない。


「まあ、それでいいか」


 そう言って流されることが多かった。

 大きな後悔もなかったが、誇れる選択もなかった。



 最後の記憶は、病室の天井だった。


 治る見込みは薄いと告げられ、

 それでも強く抗う気力は湧かなかった。


(……仕方ない、よな)


 そう思ったのが、終わりだった。


 次に意識を取り戻した時、

 白い光の中に立っていた。


 目の前には、“神”を名乗る存在。

 姿も声も、はっきりとは覚えていない。



 ――世界を救ってほしい。

 ――君には、その資格がある。



 理由は曖昧で、説明も不十分だった。


「……俺に、できるんですか?」


 問い返した声は、自分でも驚くほど弱かった。


 ――問題はない。導く者は用意されている。


 その言葉に、深く考える前に頷いていた。


(また、そうやって決めてしまった)



 気づけば、勇者になっていた。


 叙任式を終え、

 装備を与えられ、仲間が集められる。


 剣を扱う護衛役。

 理知的な魔導士。

 おっとりとした回復術師。

 感覚派の斥候。


 五人。

 多すぎず、少なすぎず。


「この編成が最適です」


 そう言ったのは、聖教会の関係者だった。


「魔王討伐は、神の御意志です」


 その言葉を、深く考えなかった。


 考える余裕がなかった、と言った方が正しい。



 最初の討伐は、拍子抜けするほどだった。


 魔物は倒れ、

 村人は喜び、

 祈りと感謝が向けられる。


「さすが勇者様だ」

「これで、世界は救われる」


 その言葉に、

 胸の奥が少しだけ軽くなる。


(……これで、いいんだよな)


 そう思いたかった。


 疑問はあった。

 違和感も、わずかにあった。


 だが、それらはすべて、

「まだ慣れていないだけだ」

 という言葉で片づけられた。


 聖教会は、勇者を称えた。

 民は、希望を語った。

 仲間たちは、前を向いている。


 立ち止まる理由は、どこにもない。


 勇者は、そうして歩き出した。


 ----------------


 勇者一行の進軍は、滞りなく続いていた。


 次に向かったのは、小規模な街道沿いの集落。

 被害は軽微で、魔物の数も多くない。


「囲まれる前に出る」


 剣を携えた護衛役が短く指示を出す。

 勇者は頷き、前に出た。


 身体が、自然に動いた。


 考えるより早く、剣を振る。

 狙ったわけではない。

 だが、当たる。


 魔物の動きが、不自然なほど先に分かる。


(……見える)


 一瞬、そう思った。


 勇者の剣が閃き、魔物が倒れる。


「今だ!」

「援護する!」


 魔導士が術式を展開し、

 斥候が死角を塞ぐ。

 回復役は距離を保ったまま、状況を見ている。


 連携は、驚くほど噛み合っていた。


(俺が強くなった……?)


 そう考えかけて、勇者は首を振る。


 違う。

 何かに『合わせられている』。


 そんな感覚が、一瞬だけ胸をよぎった。


 戦闘は、短時間で終わった。


 被害はなし。

 想定通り、いや、それ以上に順調だ。


「さすがだな」

「やっぱり、勇者だ」


 仲間の言葉に、勇者は曖昧に笑った。


 ----------------


 同じ頃。


 王国ギルドには、別の報告が届いていた。


「……また、か」


 アルトは報告書を読み、眉をひそめる。


 勇者の進軍に伴い、

 前線周辺の冒険者依頼は急増していた。

 討伐ではなく、

「調査」「確認」「異変の報告」が中心だ。


 内容は似通っていた。


 結界内での不可解な感覚。

 魔物の痕跡はない。

 だが、侵入された“気がする”。


「被害は?」


「なしです」


「結界は?」


「正常とのことです」


 報告を持ってきた職員は、困った顔をしている。


「皆、口を揃えて言うんです」

「『何も起きていないはずなのに、安心できない』と」


 アルトは、ゆっくりと息を吐いた。


「勇者の討伐報告は?」


「順調です。各地で成果を上げています」


「……そうか」


 勇者が動いている。

 正しく、強く、期待通りに。


 それなのに――。


「魔物は減っている」


「だが、不安は消えていない」


 アルトは、報告書を並べる。


 勇者の行動範囲とは、微妙に重ならない地域。

 結界の質も、同じ。


「……止まらないな」


 セフィラの言葉が、脳裏をよぎる。


 ――境界の問題、かもしれない。


 あの仮説は、まだ否定できていない。


 理論は崩れていない。

 それなのに、結果だけが噛み合わない。


 境界。

 あるいは、それに類する何か。


「勇者が解決している問題と、別だ」


 アルトは、はっきりとそう認識した。


 机の端に、新たな報告書が置かれる。


「これも、同系統です」


「場所は?」


「王都から、さらに外です」


 広がっている。

 ゆっくりと、確実に。


 --------


 一方で、勇者一行の報告は続く。


 魔物討伐、成功。

 被害軽微。

 民の士気、高。


「……正しい手順は、踏まれている」


 アルトは、そう呟いた。


 だが、その正しさは、

 世界全体を覆うには、足りていない。


 勇者が剣を振るうたびに、

 別の場所で、歪みは残る。


「これは、競争じゃない」

「勇者が勝っても、終わらない」


 アルトは椅子にもたれ、目を閉じた。


「……二つの流れが、同時に進んでいる」


 一つは、誰もが望んだ英雄譚。

 もう一つは、誰も名付けられない異常。


 その交点が、どこにあるのか――

 まだ、誰にも分からなかった。


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