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【第1篇完】終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第1篇【魔王討伐篇】

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追伸:杯の向こう

 

 王都の夜は、思ったより静かだった。


 凱旋の喧騒は昼に置いてきた。

 今は、石畳に落ちる灯りと、

 店先から漏れる笑い声だけが、

 遅れて追いついてくる。


 ギルドの裏手。

 古い酒場の二階席。


 アルトは、窓際の席で杯を回していた。

 氷は入っていない。冷やしても意味がない酒だ。

 熱で誤魔化すだけのものでもない。


「……ほんと、勝った実感ってないね」


 レイナが、肩を落として言う。

 剣を置いた日ほど、腕が重い。


「勝った音がしないからな」


 アルトは、短く返す。

 あの戦いは、勝敗の形が“静かすぎた”。


 ――だから余計に、目の前の“日常”が眩しい。


 扉が開き、背の低い影が入ってきた。


「遅れた」


 セフィラだった。

 紫の長髪を揺らし、いつも通りの無表情で、

 椅子にちょこんと座る。

 店主が一瞬だけ視線を止めて、

 「子供は……」と言いかけて、飲み込んだ。


(まただ)とアルトは思う。

 彼女の背丈は、いつも誤解を招く。


「ぼく、今日は……少しだけ飲む」


 セフィラは、言い訳みたいに呟いてから、

 小さくグラスを受け取った。

 飲み方は丁寧で、所作は静かで、

 いつも通り――のはずだった。


 一口。


 二口。


 三口目で、変化は起きた。


「……ふぁ」


 息が、ふわりとほどける。

 瞳の焦点が、ほんの少し柔らかくなる。

 肩の力が抜け、背筋が“研究者の姿勢”から離れた。


 そして。


「ねえねえ、あんたたちさぁ」


 声の温度が、一段上がった。


 レイナが、すぐに察して笑う。


「出た。“あたし”モード」


 セフィラは、ぐいっとグラスを掲げる。


「あたしはね、今日はね、ちゃんと祝うって決めたの」

「魔王が倒れたの、世界が壊れなかったの、あんたが変な顔しないで座ってるの――全部!」


「全部、か」


 アルトは苦笑した。

 セフィラは、昔から勝手に“全部”にする。


「ね、アルト」


 セフィラが、机越しに身を乗り出す。

 近い。距離感が、普段の彼女じゃない。


「大丈夫?」

「……あんたさ、いつも“外側”にいるでしょ」

「外に立って、壊れない範囲を作って、誰も死なないようにして」

「それって、かっこいいけど、しんどいよ」


 アルトは返事を探して、見つからなかった。


 レイナが咳払いで空気を戻す。


「セフィラ、そういうのは後で」

「今は祝う、でしょ」


「うん、祝う!」


 セフィラは即答し、

 今度は店主に向かって手を振った。


「おじさーん! 追加! あと、甘いの!」


「……甘いの?」


 レイナが目を細める。


「さっきまで硬派な顔してたくせに」


「だって、今日は特別!」


 セフィラは胸を張り、そして急に小さくなる。


「……ぼ、ぼくじゃなくて、あたしだからね」


 言い直して、また笑う。

 彼女は昔、活発だった。

 今夜の彼女は、

 その“昔”がほどけて出てきたみたいだった。


 その時、窓の外で、遠い鐘が鳴った。

 王都の夜更けを告げる音。


 アルトは、ふと視線を外へ向ける。


 ――勇者たちは、どうしている。


「ねえ」


 レイナも同じことを思ったのか、声を落とす。


「勇者たち、明日には出るんだっけ」


 アルトは頷く。


「王国に寄るのは最低限」

「戦後処理の挨拶と……それから、北の街へ」


 セフィラが、指先でグラスの縁をなぞった。


「“次”を探す、って言ってた」

「魔王を倒して終わる感じじゃないって、もう分かってるから」


 勇者エリオたちは、

 明確な目的地を口にしていない。

 だが、行き先は同じだった。


 ――瘴気の残り方が、おかしい。

 ――世界の歪みが、まだ奥にある。

 ――そして、帝国が“静かすぎる”。


 彼らは、勝利の余韻より先に、

 次の不穏を嗅いでしまった。


「強くなったよね」


 レイナが、ぼそりと呟く。

 それは誇りでもあり、寂しさでもあった。


「……あたしも、そう思う」


 セフィラが珍しく静かに言った。

 酔っていても、核心は外さない。


「でもね」

「強くなった子ほど、壊れやすいんだよ」

「世界が、そういうふうに出来てる」


 アルトは、杯を置いた。


「だから、外側に立つ」


「またそれ」


 レイナが肩をすくめる。


 セフィラは、少し笑って、

 そしていつもより真面目な目で言った。


「外側ってさ」

「一人で立つ場所じゃないよ」

「……あんたの外側には、あたしとレイナがいる」

「それ、忘れないで」


 一瞬だけ、室内の音が消えた気がした。


 アルトは、短く息を吐く。


「……忘れない」


 セフィラは、満足そうに頷いた。

 そして次の瞬間、顔を明るくして叫ぶ。


「じゃ、乾杯しよ!」

「“今だけ”は、世界のこと忘れていい日!」

「ね、アルト! ほら、笑って!」


 レイナが先に杯を掲げる。


「……はいはい。付き合うよ」


 アルトも杯を上げた。


 窓の外、王都は静かに灯っている。

 勝利の夜は、まだ終わっていない。


 だが同時に――

 勇者たちの“次の歩き出し”も、もう始まっている。


「乾杯」


 三つの杯が、控えめな音を立てた。

 その音だけが、

 今夜の戦いの“終わり”を、ようやく現実にした。


ここまで本作品を見て下さり、ありがとうございます。

1篇はこれにて終了となります。


続きの2篇(本編)の投稿については、活動報告にて更新頻度などお知らせさせていただきます。


続きが気になる、見たいといった方は、ブックマークや評価などくださると幸いです。モチベーションが上がります。


反響次第では、外伝や延長も考えていますので、引き続き宜しくお願いします。

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