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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
1篇【魔王討伐篇】

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第45話 静かな凱旋――英雄譚

 

 魔王討伐の報は、

 数日を待たずして王国中に広まった。


 王城からの布告。

 聖教会の承認。

 そして、各地の掲示板に貼り出された簡潔な文言。


 ――魔王アモン、討伐完了。


 人々は安堵し、歓声を上げ、

 世界はようやく救われたのだと信じた。


 王都では祝賀の準備が進められ、

 勇者エリオの名は、英雄として正式に記録された。

 同行した仲間たちの名もまた、

 栄誉あるものとして語られる。


「勇者が、魔王を討った」


 その言葉は、誰にとっても分かりやすく、

 受け入れやすかった。


 聖教会は声明を発表し、

 今回の勝利を「神意の導き」と位置付けた。

 長きにわたる不安と混乱は、

 神の加護によって終わりを迎えたのだと。


 王国もまた、その見解を否定しなかった。

 民の士気は高く、

 今は何よりも「終わった」という事実が

 求められていた。


 戦の経緯は、簡潔にまとめられた。

 複雑な事情や、前線を「壊した」者たちの名、

 語られなかった局面は意図的に省かれている。


 ――英雄譚に、余白は不要だった。


 それでも、現場に近かった者たちは知っている。


 魔王城へ至るまでの道のりが、

 決して勇者一行だけの力で

 切り拓かれたものではなかったことを。


 名を残さぬ者たちが、

 名を求めぬまま、戦場を整理し、

 世界が壊れないよう、静かに支えていたことを。


 だが、その事実が語られることはない。


 語られなくとも、

 世界は回り続ける。


 それが、平和というものだった。


 ----------------


 王都の喧騒から離れた一室。


 与えられた客間は、過分なほどに整えられていた。

 豪奢な調度品、柔らかな寝台、静かな香。


 それでも、エリオは落ち着かなかった。


「……終わった、んだよな」


 誰に向けた言葉でもない。

 ただ、口をついて出ただけだった。


「終わったよ」


 答えたのは、ロイスだった。

 鎧を脱ぎ、剣を壁に立てかけたまま、

 床に腰を下ろしている。


「魔王は倒した。国も、教会も、

 街の人も……みんなそう言ってる」


「……うん」


 エリオは頷く。


 理解はしている。

 魔王アモンは確かに倒れた。

 自分たちは、その場に立っていた。


 だが。


「勝った、って感じは……しないね」


 ぽつりと、ミラが言った。


 責めるでもなく、誇るでもなく。

 ただ、胸の内を確かめるような声だった。


「怖かった」

「逃げたかった」

「それでも、剣を振った」


 ティオが、窓の外を見ながら続ける。


「それだけだった気がする」


 誰も否定しなかった。


 セリスは、静かに指を組んでいた。


「……でも、それでよかったんだと思う」

「完璧じゃなくて」

「正解が分からなくて」


 視線を上げ、エリオを見る。


「それでも、前に進んだ」

「それが……勇者、なんじゃない?」


 エリオは、少しだけ息を吐いた。


「……俺さ」


 しばらく黙ってから、言った。


「魔王を倒せば、全部終わると思ってた」

「怖くなくなるとか、迷わなくなるとか」


 小さく、笑う。


「全然、そんなことなかった」


 でも。


「……それでも、剣を置こうとは思わない」


 ロイスが、ゆっくりと立ち上がった。


「なら、十分だ」

「俺たちは――」


 言葉を探し、最後にこう言った。


「ちゃんと、生きて帰ってきた」


 その言葉に、エリオは深く頷いた。


 英雄譚の中では、

 勇者は迷わず、恐れず、常に正しい。


 だが、現実の勇者は違う。


 迷い、恐れ、

 それでも前に進んだ者たちだった。


 エリオは、胸の奥で静かに思う。


 ――あの人たちは、これを知ってたんだろうな。


 剣を教えてくれた人。

 魔法を見せてくれた人。

 名も、立場も、背負わずに戦っていた人たち。


「……まだ、追いつけないな」


 そう呟いて、エリオは立ち上がった。


「でも」


 剣に手を伸ばす。


「いつか、胸を張れるくらいにはなりたい」


 その夜。


 勇者たちは、初めてぐっすりと眠った。



 ----------------



 王都から少し離れた丘の上。


 戦が終わってから、

 アルトはそこに立つのを日課にしていた。

 特別な理由があるわけではない。


 ただ、街の喧騒が届かず、

 それでいて、世界がちゃんと続いているのを

 感じられる場所だった。


「……終わった、か」


 独り言は、風に溶けて消える。


 終わったのは、確かだ。

 魔王アモンは討たれ、戦は幕を下ろした。


 だが、胸の奥に残る感覚は、

 達成感とも、安堵とも、少し違う。


「綺麗に終わりすぎてる」


 誰に言うでもなく、そう呟いた。


 背後で、足音がする。


「それ、王都でも言われてた」


 振り返ると、レイナがいた。

 剣を背負ったまま、

 いつものように気負いのない顔で。


「英雄譚にするには、ちょうどいいって」

「余計なことは、書かれない方がいいらしい」


「……だろうな」


 アルトは頷く。


 世界は、複雑な真実よりも、

 分かりやすい結末を好む。


 そして今回、勇者エリオは、

 その“役割”を、最後まで果たした。


「勇者の顔、してたね」


 レイナの言葉に、アルトは少しだけ考え込む。


「ああ。……ちゃんと」


 彼は確かに成長していた。

 最初に会った頃の、流されるだけの少年ではない。


 自分で考え、選び、

 それでも剣を振るう覚悟を得た。


「だから、これでいい」


 レイナはそう言って、空を見上げた。


「世界が救われたなら、それでいい」

「私たちは……そういう役じゃないし」


 その言葉に、否定はなかった。


 少し遅れて、セフィラが合流する。


「王国から、正式な感謝状」

「受け取りは、代表で勇者に一任」


 短く、淡々とした報告。


「それでいい」

 アルトは即答した。


「表に出る理由はない」

「出たら、面倒が増える」


「同意」


 セフィラは一言で済ませる。


 彼女の視線は、遠く――

 魔王城のあった方角へ向いていた。


「瘴気は、まだ完全には消えてない」

「ただ……流れは落ち着いてる」


「アモンが、全部抱え込んでたからな」


 アルトの言葉に、セフィラはわずかに首を振る。


「抱え込んだ、というより……耐えていた」

「限界だった」


 それ以上は言わなかった。


 誰かを裁く言葉は、もう必要ない。


 しばらく、三人で沈黙する。


 風が吹き、草が揺れ、

 遠くで、鐘の音が響いた。


「次は?」


 レイナが、ぽつりと聞く。


 アルトは、すぐには答えなかった。


 帝国。

 “瘴気”の歪み。

 まだ名もついていない異常。


 すべては、確かに残っている。


「……少し、休む」


 そう言ってから、続けた。


「それからだ」

「世界が、また動き出したら――」


 セフィラが、静かに頷く。


「観測は、続ける」

「変化は、止まらない」


 レイナは笑った。


「じゃあ、準備運動くらいはしとくか」

「平和ボケすると、鈍るし」


 三人は、同じ方向を見ていない。


 それでも、

 同じ場所に立っている。


 ――勇者が、魔王を討った。


 その物語は、ここで終わる。


 だが。


 世界を支える側の物語は、

 まだ、続いていた。


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