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【第1篇完】終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第1篇【魔王討伐篇】

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第40話 五万の魔族を消す方法

 

 魔王城は、すでに視界の先にあった。


 黒い城壁が地平線を断ち切るようにそびえ、

 城そのものが空を押し潰している。

 瘴気の雲が渦を巻き、陽は鈍く、風は湿って、

 吐く息だけが妙に重い。


「……ここまで、来たんだな」


 エリオの声は低かった。


 境界を越えてからの日々は、

 数で数える意味を失っていた。

 眠りの浅い夜。補給の細さ。

 戦うたびに変わる“前提”。

 

 それでも足を止めなかったのは

 ――止めた瞬間に、

 流れが折れると分かっていたからだ。


 そして今。


 城の手前、黒土の平原に、

 魔王軍の主力が広がっている。


 重装の魔族兵の列。獣の骨格を引きずる魔獣。

 瘴気に慣れた術者が編む、

 薄暗い陣――まともに踏み込めば、

 五人のままでは飲まれて終わる。


 ロイスが、奥歯を噛んだ。


「……正面突破は、無理だ」

「ここで消耗したら、魔王に届く前に終わる」


 誰もが同じ結論に至っていた。


 ――自分たちだけでは、足りない。


 そのときだった。


 背後から、足音が一つだけ落ちた。


 前線の喧騒に溶けない、妙に落ち着いた歩み。


「――もう、行っていい」


 聞き覚えのある声だった。


 振り返るより先に、空気の密度が変わった。

 瘴気が押し返される。

 見えない壁が通ったみたいに、

 胸の内側が軽くなる。


 そこに立っていたのは、三人。


 王国ギルドマスター

 アルト・フェルディア。


 ギルド統括受付嬢

 レイナ・アルヴィン。


 そして、魔導士協会会長

 セフィラ・アークライト。


「状況は、見た」


 アルトは短く告げる。


 声は穏やかなのに、言葉だけが決定だった。


「魔王は、君たちが行け」

「ここを越えなきゃ、意味がない」


 一拍。


 レイナが一歩前に出て、平原に目をやる。


「で、あれは?」


「“あれ”は」


 アルトが視線を前に置いたまま言った。


「……こちらの仕事だ」


 セリスは、思わず息を呑む。


(この距離まで、どうやって……)


 だが説明を求める時間はない。

 魔王軍は待ってくれない。


 咆哮が走り、魔力の奔流が立つ。

 黒い陣形が、平原全体でうごめいた。


 ――来る。


「分ける」


 セフィラが、淡々と言った。


 指先が、静かに弧を描く。


 “詠唱”というより、置く動作だった。

 空間に、透明な線が引かれる。

 街道の上にだけ、薄い膜が張られていく。


 風が裂けた。


 目に見えない境が、

 勇者たちの進路と戦場を分断する。


「……結界?」


 ミラが反射で構えかけ、すぐに気づく。


 これは守りではない。遮断だ。


「完全分離」


 セフィラは、要点だけを落とす。


「干渉不可」

「向こうは、君たちの戦場」


 エリオが、アルトを見る。


 言葉にしなくても伝わる問い

 ――本当に、任せていいのか。


 アルトは頷いた。


「行け」

「迷うと、ここが崩れる」


 レイナが、口の端だけ上げる。


「ほら、行けってさ」

「魔王の首、持って帰りな」


 冗談みたいな口調なのに、目は笑っていなかった。


 エリオは一度だけ、深く息を吸う。


「……行こう」


「うん」


 勇者一行は、魔王城へ駆け出した。


 背後で戦場がうねる音がする。

 だが振り返らない。振り返ったら、足が止まる。


 ――止まったら、終わる。


 そして。


 アルトたちは、振り返らなかった。


 彼らの役割は、もう決まっている。


 魔王に辿り着かせる。

 そのために、この戦場を“潰す”。



 --------


 勇者一行が、魔王城へ向けて歩き出した、

 その背中を、アルトたちは、

 振り返らずに見送った。


「……行ったな」


 言葉は短い。


 だが、それで十分だった。


 彼らが向かうのは、魔王。

 自分たちが今、踏み込むのは――戦争だ。


「始めよう」


 アルトの一言で、

 世界が、切り替わった。



 黒い城壁を中心に展開された魔王軍は、

 もはや「軍勢」というより、

 世界を埋め尽くす障害物だった。


 数としては、国家が滅ぶ規模。


 恐怖でも、気圧されてもいない。

 ただ、処理すべき情報量として見ている。


「セフィラ。指揮系統、確認できる?」


「見えてる」


 即答だった。


 彼女の視界には、

 すでに戦場全体が“式”として展開されている。


「十五。

 前衛三、中核七、後方五。

 魔力供給線は――三分で断てる」


「十分だ」


 アルトは一歩、前に出た。


 その瞬間、

 魔王軍の前列がざわめいた。


 咆哮。

 魔力の奔流。

 黒い陣形が、一斉に前へ滑り出す。


 だが――


「……切り分ける」


 セフィラの指先が、静かに弧を描く。


 薄い膜が走った。

 視界が、わずかに歪む。


 勇者たちのいる場所と、魔王城へ続く街道。

 そして、目前に迫る魔王軍。


 その“あいだ”に、透明な境界が立った。


 音が薄れる。

 風が別れる。

 同じ平原に立っているのに、別の戦場になった。


「結界……!」


 セリスが息を呑む。


「完全分離」

 セフィラは淡々と告げる。


 レイナが一歩前に出る。

 剣を抜く動きは軽いのに、空気が引き締まった。


 魔王軍の先頭――重装の魔族兵が一斉に踏み込む。


 レイナは、消えた。


 雷鳴。


 彼女の足取りは“踏む”ではなく、“跳ぶ”。

 稲妻に引かれるように、戦線を横断する。


 剣閃が走り、前列がまとめて崩れた。


「……魔剣士か!」


 指揮役らしい魔族が叫ぶ。


 その声の上から、レイナが短く返す。


「今さら気づくの、遅い」


 剣身に火が走る。

 同時に、雷が絡みついた。


 火は、切り裂いた空気を燃やし。

 雷は、密集した足並みを壊す。


 一振り。


 爆ぜるように炎が広がり、そこへ雷が落ちる。

 重装の列が、文字通り“抉れて”穴が開いた。


 ――その穴へ、魔王軍は突っ込めない。

 踏み込めば、次の稲妻が待っているからだ。


「隊列を広げろ!」


 叫びが飛ぶ。

 だが、広げた瞬間に“指揮”が薄まり、

 全体が遅れる。


 アルトが、その遅れを逃さない。


 剣を抜くのではなく、構えるだけで――

 戦場の“重さ”が変わった。


 前へ出ようとした魔族兵が、足を取られる。

 踏み込めない。

 踏み込むほど、身体が沈む。


 まるで地面そのものが、進行を拒んでいる。


 アルトは短く息を吐く。


「進ませない」

「押し返すんじゃない。――“進めない状態”を作る」


 命令でも呪いでもない。

 ただ、戦場の条件を変えるだけ。



 --------



 セフィラが、上空を見た。


 戦場の広がり。

 敵の密度。

 風向き。

 瘴気の滞留。

 逃げ道の形。


 すべてを、静かに“測る”。


 そして――


 「……災害級を使う」


 その一言が落ちた瞬間、

 アルトとレイナの空気がわずかに変わる。


 アルトは、目を細める。

 止めるべきか、止めないべきか――ではない。

 使うなら、巻き込まない範囲を

 確定させる必要がある。


 レイナは一度だけ舌打ちして、前へ出た。


(来る。あれが降る)


 怖さではない。

 “味方が使う災害”への、正しい緊張だ。


 ――魔法には段階がある。

 初級、中級、上級。

 戦術級は、軍団規模の魔法。

 そして、その上。

 地形や天候そのものを

 “戦力”に変える領域――災害級。


 常人の魔力量は五十前後と言われているが、

 一度の行使で、魔力は百を超えて削れる。

 人が抱えていい代償ではない。


 それを、彼女は使う。


 セフィラの髪が、ゆっくりと青へ染まった。


 炎の赤でも、雷の白でもない。

 深い水のような青。


 魔力が、身体の外側へ滲む。

 空気が冷える。

 瘴気の雲が、上空で押し返される。

 風向きが変わり、

 空が、ひとつの術式みたいに整列し始める。


「……無茶だな」

 アルトの声が低くなる。


「必要」

 セフィラは短く返す。

「ここで、終わらせる」


 レイナが叫ぶ。


「アルト! 境界、固めて!」

「分かってる!」


 アルトが一歩踏み込み、剣を地に当てた。


 見えない線が走る。

 “こちら側”に流れ込むべきでない衝撃を、

 吸わせるための土台。


 レイナはさらに前へ出る。


「――落ちる前に、散らす!」


 火と雷を同時に繰り出し、

 魔族の密集を無理やりほどく。

 避ける場所を奪い、守る場所を壊し、指揮を裂く。


 そして、セフィラ。


 彼女は、唱えない。

 叫ばない。

 ただ――名だけを置く。



蒼天禍そうてんか


 

 次の瞬間。


 空が、青く割れた。


 雲ではない。

 光でもない。

 “落ちてくる密度”だ。


 蒼い奔流が、広範囲に降り注ぐ。


 燃えるのに、音が遅れてくる。

 熱いのに、周囲の空気が凍るように冷える。


 触れた瘴気が、千切れて霧散した。

 魔獣が叫ぶ前に、輪郭ごと崩れた。

 高位魔族が防壁を展開した瞬間、

 壁ごと押し潰された。


 戦場が、地図から消されていく。


(……やりすぎるなよ)


 レイナが歯を食いしばる。

 味方の災害は、味方の命も奪う。


 だが、その不安は――

 アルトの“固めた線”で、ぎりぎり止まった。


 蒼い奔流が、境界で“折れる”。

 こちら側へは、入ってこない。


 アルトは肩で息を吐いた。


(……持ちこたえた)


 そして、セフィラ。


 髪の青は、さらに濃くなる。

 魔力が、第二段階へ移る合図だ。


「……追撃、要る?」


 レイナが問いかける。


「必要」

 セフィラは即答する。

「指揮系統を切る。残滓を残さない」


 アルトが短く言う。


「レイナ、左を潰せ。魔法部隊が残ってる」

「了解」


 レイナが雷で跳ぶ。

 火で焼き、雷で貫き、

 指揮役だけを抜き取っていく。


 蒼天禍の余波が、

 戦場に白い霧のような“残滓”を落とす。

 それを、セフィラが指先で撫でるように整える。


 無駄がない。

 削り残しがない。


 ――災害級とは、ただ強いだけではない。

 “戦争を終わらせるための魔法”だ。


 結界の向こうで、エリオは拳を握った。


 背後にいる三人が、強いのは知っていた。

 だが――これは、知っている強さではない。


「……行こう」


 エリオが言う。


「ここは任せる」

「魔王を倒す」


 ロイスが頷き、セリスが唇を噛む。

 ティオが一度だけ振り返り、

 ミラが小さく祈るように手を握る。


 そして、勇者一行は走り出す。


 背後で起こる“青い災害”を、振り返らない。

 振り返れば、足が止まる。

 止まれば、役割が壊れる。


 アルトたちも、振り返らない。


 彼らの役割は、もう決まっていた。


 ――勇者を、魔王の元へ送り届ける。

 そのためなら、この戦場ごと引き受ける。


 魔王城を背に、

 残存した魔王軍が最後の抵抗を試みる。


 だが、蒼い空が、もう一度歪んだ。


「……第二段階」

 セフィラが息を吐く。

「終端、閉じる」


 アルトは一瞬だけ彼女を見る。


(大丈夫か。――無理を、していないか)


 レイナも同じことを思っているのが分かった。

 だからこそ、言葉は要らない。


 二人は前へ出る。

 彼女が“落とす”なら、こちらは“守る”。


 戦場が、震えた。


 そして――

 勇者が辿り着くための道だけが、静かに残った。

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