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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
1篇【魔王討伐篇】

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第39話 静かな配置―介入の条件

 

 戦いは、始まらなかった。


 魔王城へ続く街道は、もう目に見えて近い。

 城の影を背に、魔族の兵が“いる”。

 剣を交える距離ではない。

 だが、逃げる距離でもない。


 エリオは、剣を握ったまま、

 足の裏の感覚だけで距離を測っていた。


 近い。

 ――近いのに、来ない。


 敵は、散らばっている。

 整列しているわけではないが、

 ばらけているわけでもない。

 まるで、こちらが踏み込む瞬間だけを

 待っているように、動きが最小限で揃っている。


「……変だな」


 口に出したのは、ティオだった。

 斥候の目は、数ではなく“意思の向き”を拾う。


「前みたいに、削りに来ない」

「近いのに、遠い」


 ロイスが、息を整えながら視線を走らせる。


「様子見……か?」


 だが、その言い方は自分でも納得が薄いらしく、

 続く言葉が詰まった。


 これまでの魔族軍は、もっと単純だった。

 勝てると踏めば踏み込み、厄介だと見れば退く。

 今回の沈黙は、どちらとも違う。


 セリスが、低く言った。


「様子見、じゃない」

「“待ってる”……私たちが動くのを」


 ミラは無意識に胸元へ手を添えていた。

 傷はない。

 呼吸も乱れていない。

 なのに――心臓だけが、妙に速い。


(……これ、怖い、とは違う)


 恐怖ではない。

 もっと、嫌なものだ。


 “自分たちが選べていない”感覚。


 エリオは、唇を噛んだ。


 勝てる。

 少なくとも、今までの相手なら。


 だが、今日の相手は――まだ剣を抜いていない。


「……逃げてるわけじゃない」


 その呟きは、仲間に向けたものではなく、

 自分の中の疑念に釘を刺すみたいだった。


 ロイスが、かすれた声で返す。


「なら、なんだよ」


 答えは出ない。


 ただ一つ、確かに分かることがある。

 ここにいるのは、五人だ。

 そして、向こうには“兵”がいる。


 なのに、こちらが押し潰されない。

 逆に――押し潰される“形”だけが、

 丁寧に用意されている。


 ティオが、さらに一段、視線を細くした。


「……動いた」


 魔族の兵が、わずかに位置を変える。

 前進ではない。

 撤退でもない。


 距離を整えるだけ。

 こちらの突入角度に対して、

 逃げ道を残すように――いや、

 逃げ道を“選べる”ように見せるように。


「誘ってる?」


 ロイスが言い、セリスが首を振る。


「誘うなら、もっと露骨に穴を開ける」

「これは……違う」


 ミラが、ぽつりと息を漏らした。


「……待たされてる」


 誰も否定しなかった。


 エリオは、剣を握り直す。

 握り直しても、状況は変わらない。

 自分が動けば、相手が動く。

 自分が止まれば、相手も止まる。


(……俺たちが刃なら、最初に走るはずだ)

(なのに、刃を抜く合図を“待たされてる”)


 その発想が、いま急に怖くなる。


 “主役”のはずなのに、

 始める権利がこちらにない。


 沈黙が、五人の間に落ちた。


 その沈黙を破るように、ミラが小さく言う。


「……エリオ」


「ん?」


「みんな、ちゃんと……いるよね」


 変な確認だった。

 だが、変じゃない。


 この場は、存在が薄くなる。

 空気に溶けて、判断まで溶けていくみたいに、

 輪郭がぼやける。


 エリオは短く頷いた。


「いる」

「今は、ここにいる」


 それだけで、ミラの指先が少しだけ緩んだ。


(……私たち、前に進んでるのに)

(戻されてるみたいだ)


 誰も傷ついていないのに、

 “進めば進むほど噛み合わない”

 という違和感だけが濃くなる。


 その時――


 セリスが、ふと視線を上げた。


 空が、静かすぎる。


 音がないわけじゃない。

 風も、遠い足音もある。

 それでも、“勝つ音”がしない。


「……これ」


 セリスの声は、かすれていた。


「魔王の……戦争だ」


 誰も、それを否定できなかった。


 --------


 同じ頃。


 少し離れた地点で、

 アルトは地図から目を上げていた。

 ギルドと魔導士協会が持ち込んだ情報を重ねた

 即席の線引き――その上で、

 “動かない理由”が形になり始めている。


「止まったな」


 レイナが腕を組む。


「止まった、っていうより……」

「止められてる、の方が近い」


 セフィラは、目を閉じている。

 魔力の濃淡ではない。

 瘴気の揺れでもない。


 “場の規則”が、薄く締め直されている。


「圧がある」

「干渉はしてこない」

「でも……見てる」


「見てるだけで、止まる?」


 レイナが眉を寄せる。


 セフィラは、短く答えた。


「見られると、人は動きを選ぶ」

「選ばされる」


 アルトは、喉の奥で息を転がした。


(……上だ)


 前線の判断じゃない。

 幹部の気配でもない。

 もっと単純で、もっと厄介な――“中心”の意思。


「魔王、だな」


 名を出した瞬間、空気が硬くなる。


 レイナが、笑えない顔で言う。


「やっと、真正面ってわけか」


 セフィラは、淡々と続けた。


「真正面、でもない」

「真正面に“見せてる”」


「……悪趣味ね」


 レイナの吐き捨てに、アルトは否定しなかった。


 勇者が進めば進むほど、

 “正しい形”が用意されていく。


 それは、助けになる形じゃない。

 詰みに向かう形だ。


「……」


 アルトは地図に指を置き、

 ゆっくりと線をなぞった。


 勇者一行が辿るであろう道。

 そこに、わざと余白がある。


 余白は、救いに見える。

 だが、救いじゃない。


 ――選ばせる罠。


「来るな」


 レイナが短く言った。


「来させる」

 セフィラが言い換える。


 アルトは頷いた。


「……“勝たせない”んじゃない」

「“勝った後”を奪うつもりだ」


 その言葉に、セフィラの眉がわずかに動いた。


「理解早い」


「慣れてるだけだ」


 アルトは立ち上がった。

 座って考える段階は、もう終わった。


「外側から支える」

「今度は、偶然じゃない」


 レイナが小さく息を吐く。


「……それでも、前には出ないんだね」


「俺たちが前に出たら、

 あいつらは“考える仕事”を手放す」

「だから、前じゃない」


 レイナは、指で剣の柄を軽く叩いた。


「でも、放っておくわけでもない」


「放っておかない」


 アルトの声が、少しだけ低くなる。


「勇者が進む“道”は触らない」

「その代わり、道の外――周りを整える」

「寄ってくるものを削って、余計な選択肢を消す」


 セフィラが、淡々と補足する。


「干渉は最小」

「崩壊だけ、止める」


 レイナが口角を上げた。


「なるほど。やることは結局――面倒で危ない」


「いつものことだろ」


「だね」


 その一言で、三人の空気が揃う。


 --------


 魔王国中枢。


 玉座の間は、静かだった。


 魔王アモンは、報告を聞き終えると、短く笑った。

 笑った、というより――歯を鳴らしたような音。


 瘴気が、薄く渦を巻く。

 抑え込まれている。

 だが、抑え込んでいるのは理性で、

 瘴気は従順ではない。


「……まだ、早い」


 側近が一歩下がる。


「勇者一行は、街道上で停止しております」

「攻勢に出る気配は――」


「要らん」


 アモンは言葉を切った。


「戦争とは、力を競う場ではない」

「力の“意味”を決める場だ」


 玉座の肘掛けに、指が沈む。

 石が軋むほどではない。

 だが、空気が一段、重くなる。


「魔族は、数でも誇りでも負けていない」

「負けるのは、思想を捨てた時だけだ」


 側近は沈黙した。


「人族は、選ばれた者に依存する」


 アモンは淡々と言う。


「英雄が前に出れば、世界は英雄に寄りかかる」

「寄りかかる世界は、いずれ崩れる」


 瘴気が、わずかに濃くなる。

 その濃さを、アモンは吐息で押し戻す。


「勇者、か」


 その名を口にした瞬間だけ、

 声の底に、獣のような熱が混じった。


「使えるうちは使う」

「だが――主導権は渡さない」


 側近が、恐る恐る問う。


「では、次は」


 アモンは、ほんの少しだけ口角を上げた。


「“進ませろ”」


 矛盾した命令だった。

 止めたいのなら、止めればいい。

 殺したいのなら、殺せばいい。


 だが、アモンは違う。


「進ませて、形を整えろ」

「彼らが“勝つ”ための形ではない」

「“勝った後に壊れる”形を」


 側近は、背を冷やした。

 それが、魔王の戦争だ。


 アモンは遠くを見た。

 城の外――勇者たちがいる方角。


「来い」


 低い声が、玉座の間に落ちる。


「選ばれた者よ」

「お前たちが、世界を背負えるか試してやる」


 瘴気が、応えるように揺れた。


 静かな戦争が、確かに始まっていた。

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