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【第1篇完】終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第1篇【魔王討伐篇】

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第34話 静かな戦争前夜

 帝国中枢。


「観測結果、更新完了」


 低く告げられた報告に、

 広間にいた誰一人として声を上げなかった。


 水晶盤の上には、複数の光点が浮かんでいる。

 勇者の進軍路。

 魔王国軍の布陣。

 そして――

 本来、そこに存在してはならない“第三の揺らぎ”。


「逸脱は修正可能域を越えています」


 淡々とした声が続く。


「勇者単独での完結は、成立しません」


 一瞬の沈黙。


 やがて、指示が下された。


「介入は最小限に抑える。

 排除ではなく、競合を許容せよ」


 それは後退ではない。

 世界の主導権を、別の手に委ねる判断だった。


「監視は継続。

 ただし――次は記録を優先する」


 帝国は、戦場から半歩だけ身を引いた。



 -----------


 同じ頃。

 魔王国。


 黒鉄の床に刻まれた地図の前で、

 複数の魔族が跪いていた。


「前線、再び停滞」


 報告役の声は、どこか硬い。


「勇者は進まず、撤退もせず。

 こちらの探りも、すべて空を切っています」


 重い沈黙の中、

 一人の魔族が、低く笑った。


「均衡を気取るとは、つまらん」


 武断派幹部――ヴァルガス。


「勇者が止まるなら、動かせばいい。

 こちらから、踏み込め」


 別の影が、静かに口を開く。


「……急ぎすぎれば、歪みが生じる」


 魔術派幹部――アグリオス。


「歪みは、いずれ刃になる。

 それがこちらを向く可能性も、無視できない」


 ヴァルガスは鼻で笑った。


「刃は、振るう者次第だ」

「俺は、振るう側に立つ」


 短い沈黙ののち、

 結論は出た。


「前線を動かす。

 勇者を、止めるな」


 魔王国軍は、再始動する。 


 -----------


 そして前線。


 境界を越え、

 魔族領へと足を踏み入れてから、三日。


 魔王の居城へ続く街道は、

 もはや遠くない。


「……静かすぎる」


 エリオが、ぽつりと呟いた。


 魔物の気配はある。

 だが、襲ってこない。


 まるで――

 道を、譲られているかのようだ。


「罠、という感じでもない」


 セリスが周囲を警戒しながら言う。


「でも、何かが“待ってる”感じがする」


 ミラも、小さく頷いた。


 勇者一行は歩みを止めない。

 だが、一歩一歩が慎重になっていく。


 -----------


 少し離れた高台で、

 アルトは状況を見下ろしていた。


「帝国は引いた。

 魔王国軍は動く」


 隣で、セフィラが静かに答えた。


「勇者は前へ。

 ……全部、揃った」


 アルトは前線を見据える。


「ここからは、

 誰か一人の都合で終わる戦争じゃない」




 前線に、風が走った。


 自然のものではない。

 瘴気でも、魔力でもない。


 ――意図。


 高台で、アルトは息を止めた。


(……動く)




 次の瞬間。


「……来る」


 ティオが短く告げた直後、

 街道脇の岩稜帯から、黒い影が姿を現した。


 数は多くない。

 だが、配置が整っている。


「魔王国軍……」


 ロイスが息を詰める。


 これまでの魔物とは違う。

 無秩序ではない。

 “戦うために組まれた部隊”。


「前衛、構え!」


 エリオの声に、即座に反応が走る。


 敵は正面からぶつかってこなかった。


 周囲に散り、

 勇者たちの進む方向を少しずつ限定していく。


「……包囲?」


「違う」


 セリスが短く答える。


「進ませないだけ。

 戦う意図、薄い」


 その通りだった。


 敵は決定打を狙わない。

 一歩進むたびに、

 二歩分の消耗を強いる配置。


「……削り合い」


 ミラの声は静かだった。


 それは勝つための戦いではない。

 “止める”ための戦術。


 --------


 先ほどと同じ高台から、

 アルトは戦線の“形”だけを追っていた。


「前線型の指揮」


 短い分析。アルトは、わずかに眉を寄せた。


「正面衝突を避ける。

 勝てない状況だけを作る判断」


 隣で、セフィラが頷く。


「指揮目的、明確。

 勇者を削る。

 時間を奪う」


 視界の端で、

 レイナが剣に手をかけたまま動かない。


 踏み込めば斬れる距離。

 だが――今ではない。


「……まだ」


 低い声。

 それ以上は言わない。


 その時。


 空間が、わずかに軋んだ。


 先ほどと似ているが、

 同じではない感触。


「……視線、残ってる」


 セフィラの声が低くなる。


 遠く。

 世界を測るような、細い“線”。


「帝国の観測」


「いや今回は、出てこない」


 アルトは即断する。


「見てるだけ。

 均衡がどう崩れるかを」


 前線では、

 勇者たちの進路が完全に塞がれていた。


 進めない。

 退けない。


 魔王国軍は攻めず、

 帝国は介入せず。


「……最悪の均衡」


 アルトの呟き。


「このままだと、

 勇者は前にも後ろにも行けない」


「介入、必要」


 セフィラの判断は即断だった。


「正面からではない」


 アルトが続ける。


「帝国が見てる。

 魔王国軍もいる」


 一拍。


「なら――

 壊すのは軍じゃない」


 セフィラは理解する。


「判断。

 指揮。

 止めている理由」


「そう」


 アルトは前線を見据える。


「戦争は、

 もう一段階、進む」


 その瞬間。


 前線の空気が、確かに変わった。


 誰も気づいていない。

 だが、世界は理解した。


 均衡は――

 壊される。


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