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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
1篇【魔王討伐篇】

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第33話 帝国の影

 

「――空気が、締まった」


 遠く、

 世界の“焦点”がこちらに寄せられる。


 それは魔力ではない。

 瘴気でもない。

 意志ですら、少し違う。

 ――“座標としての視線”だった。


「……来る」


 アルトは短く告げ、足を止めた。


 進軍路の先。

 勇者たちが進もうとしていた街道の、

 わずかに外れた丘陵。

 そこに――

 最初から“いた”かのように、影が立っていた。


 人の形をしている。

 だが、人ではない。


 外套の下に見える輪郭は曖昧で、

 存在が空間にきちんと定着していない。


「――監視、か」


 アルトの声は低い。


 剣も抜かず、魔力も展開せず、

 ただ“見る”。


 それに応えるように、

 丘の上の影が、一歩、前に出た。


 その動きは遅い。

 だが、不思議と距離が縮んだように感じられる。


「……」


 言葉はない。

 名乗りもない。


 それでも、

 その場にいる全員が理解した。


 これは交渉ではない。

 警告でもない。


 “確認”だ。


 セフィラが静かに息を整える。


「……観測系。

 しかも、かなり上位」


「帝国だな」


 アルトは即座に断じた。


 その瞬間、

 影の周囲の空間が、わずかに軋む。


 見えない線が張られ、

 地形も、風向きも、音の反響すら――

 どこか不自然に整えられていく。


「……均衡を固定しに来た、か」


 アルトは、わずかに口角を上げた。


 セフィラが、低く補足する。


「空間、因果、位置」

「全部、同じ方向で触ってる」

「“世界の前提”を書き換える観測干渉」


「悪いが」


 一歩、前に出る。


「もう、黙って見てる段階は過ぎた」


 影は答えない。


 ただ、

 次の一歩を踏み出そうとしていた。


 その瞬間、

 戦線は――

 “監視”から、“衝突”へと移行した。


 影は、言葉を発さないまま動いた。


 一歩。


 ただそれだけの動きだったはずなのに、

 次の瞬間、距離感が狂った。


「――っ!」


 アルトは直感的に身を低くする。

 刹那、彼の立っていた位置を“何か”が薙いだ。


 衝撃も、風圧もない。

 あるのは、空間そのものが削り取られたような、

 奇妙な欠落感だけ。


「今の……」


 レイナが即座に剣を抜く。


「攻撃じゃない。

 “測定”だ」


 セフィラがそう告げると同時に、

 彼女の周囲に淡い魔術陣が展開される。


 だが――

 術式は、完成しなかった。


「……術式が、解体されていく」


「やっぱりね」


 アルトは舌打ちする。


「魔力干渉じゃない。

 因果に直接触ってる」


 影―― ノーンは、ようやく口を開いた。


「確認完了」


 声は淡々としている。

 感情の揺らぎは、感じられない。


「あなたたちは、

 この戦線に存在するべきではない」


「それは、帝国の判断か?」


 アルトが問う。


 ノーンは一瞬だけ、視線を向けた。


「帝国の“現在”だ」


 その言葉に、

 セフィラの眉がわずかに動く。


「……未来じゃない。

 過去でもない」


「そうだ」


 ノーンは肯定した。


「帝国は、

 この戦争を“今の形”で終わらせる必要がある」


「観測、か」


 アルトは、半歩前に出る。


「なら聞くが――

 この停滞も、想定内か?」


 ノーンの動きが、ほんの一瞬止まった。


 それだけで十分だった。


「……やっぱりな」


 アルトは、魔力を解放する。


 だが、それは攻撃ではない。


「レイナ」


「了解」


 次の瞬間、

 レイナが一気に距離を詰めた。


 剣閃が、ノーンの首筋を狙う。


 ――否。


 狙ったはずだった。


「っ、抜けた!?」


 剣は、確かに“当たった”。


 だが、

 刃が触れたはずの位置に、

 “質量が存在しなかった”。


 ノーンの身体は、

 剣をすり抜けるように揺らぎ、

 数歩後ろに“再配置”されていた。


「空間転移……?」


「違う」


 セフィラが即座に否定する。


「座標移動じゃない。

 “存在位置の再定義”」


 その言葉に、

 アルトが目を細めた。


「……帝国、やっぱりそこまで来てるか」


 ノーンは、静かに告げる。


「これは戦闘行為ではない」


「排除する意図もない」


「ただ――

 観測不能な要素を、元に戻す」


 その瞬間。


 地面に、

 複数の光線が走った。


 魔術陣ではない。

 紋章でもない。


 “線”だ。


 世界を区切るための、

 見えない定規――

 いや、

「ここからここまでしか、存在してはいけない」

 そう告げる境界。


「来る!」


 セフィラが叫び、

 即座に防御結界を展開する。


 だが――

 結界は“破壊”されなかった。


 “無視”された。


 線は結界を通過し、

 その内側にいるアルトたちを、正確に分断する。


「……配置を、分けられた」


 レイナが歯噛みする。


 アルトは、冷静だった。


「違う。

 “選択肢を削られてる”」


 ノーンが、静かに補足する。


「あなたたちが取れる行動を、

 最も無害な形に限定している」


「それを――

 戦闘と呼ぶか?」


 アルトは、笑った。


「呼ばないな」


 次の瞬間、

 アルトは“構え”を捨てた。


 剣の柄から指を離す。

 魔力の流れも、止める。

 息だけを――

 一つ、落とした。


 そして、

 一歩、前に出る。


「……?」


 ノーンの視線が、わずかに揺れた。


「それは、想定外だ」


「だろうな」


 アルトは言う。


「選択肢を削るなら、

 最初から“選ぶ形”に乗らないのが一番だ」


 その瞬間、

 地面に走っていた“線”が、

 定規を狂わせたみたいにずれた。

 境界が、ほんの一呼吸だけ、ほどける。


 ほんの一瞬。

 だが、それで十分だった。


 セフィラが、即座に介入する。


「――封界・逆位相」


 魔術は発動した。


 完全ではない。

 だが、ノーンの“定義”が一瞬だけ揺らぐ。


「……干渉、確認」


 ノーンは後退した。


 それは撤退ではない。

 “距離を置く”ための動き。


「今回の介入は、記録する」


「次は――

 より適切な手段を用いる」


 そう言い残し、

 ノーンの姿は、空間に溶けるように消えた。


 沈黙。


 やがて、

 レイナが息を吐く。


「……勝った、わけじゃないわね」


「当然だ」


 アルトは答える。


「でも、向こうも分かったはずだ」


 セフィラが、静かに言った。


「私たちは、

 “従って動く存在”じゃない」


 アルトは、遠く前線の方角を見る。


「これで、戻れなくなったな」


「うん」


 セフィラは頷いた。


「帝国も、魔王国も。

 どちらも、次は本気で来る」


 アルトは、短く息を吐いた。


(もう、“知らないふり”はできない)


「なら――

 やることは一つだ」


 前線へ。

 勇者のもとへ。

 そして――


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