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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
1篇【魔王討伐篇】

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第3話 説明できない異常

 王国ギルドを発ってから、半日。


 調査隊は王都近郊の村へと到着していた。

 畑は耕され、家屋に目立った破損はない。

 見た目だけなら、どこにでもある平和な集落だ。


「……本当に、ここか?」


 誰かが小さく呟く。

 依頼書に書かれていた内容と、目の前の光景。

 その間にある違和感は、

 うまく言葉にできなかった。


 村の入口には結界が張られている。

 術式は古いが、

 王都周辺ではよく使われている形式だ。

 魔力の流れも安定しており、破られた形跡はない。


「結界は、生きてるな」


「壊れてはいない」


 調査隊の一人が、淡々と告げる。


「静かすぎるな」


 --------


 村に足を踏み入れても、状況は変わらなかった。


 住民たちは普段通りに生活している。

 子どもが走り回り、家畜の鳴き声も聞こえる。

 恐慌状態とは程遠い。


 それでも、調査隊の誰もが気づいていた。

 視線を向けられている――そんな感覚だ。


「最近、何か困ったことはありませんか?」


 問いかけに、村人は首を傾げる。


「魔物ですか? いえ、特には」


「数は増えていません」


「……でも、夜が落ち着かなくて」


 答えは揃わない。

 誰も嘘をついているようには見えないが、

 話を合わせようとする様子もない。


「結界があるから安心だ、

 って言ってた人もいましたよね」


「ああ。でも、同時に怖いとも言ってた」


 調査隊の中で、小さなざわめきが起こる。


 結界の内側を一通り確認した後、

 隊は村の外周へ回った。


 痕跡は薄い。

 魔物が侵入した形跡は見当たらない。

 足跡も、戦闘の跡もない。


「侵入された、って話は……」


「証言だけだな」


 一人が地面を見下ろしながら言った。


「だが、結界の内側で見た、と言っていた」


「……見た、か」


 言葉が重なる。

 だが、そこに確信はなかった。


 結界は正常。

 魔物の痕跡もない。

 被害も確認できない。


 それでも、調査隊は理解していた。


 ――何かが、合っていない。


「この件、どう報告する?」


「事実だけだ」


「異常は?」


「……説明できる異常は、ない」


 誰かが苦笑する。


「一番、厄介なやつだな」


 --------


 日が傾き始めた頃、調査隊は村を後にした。


 住民たちは、最後まで穏やかだった。

 不安も、恐怖も、確かな形では表に出ていない。


 だが、背中に感じる視線だけは消えなかった。



「……止まれ」



 先頭を歩いていた調査隊員が、低く告げた。



 風が止んだ。

 鳥の声が消え、足音だけが妙に大きく響く。



「今、何か――」


 言葉の途中で、誰かが息を呑む。



 視界の端で、何かが動いた。

 だが、それが何かを認識する前に、感覚がずれた。



「距離が……近い?いや、縮んだ?」



 次の瞬間、隊列の一人がよろめいた。


「おい!」


 倒れたわけではない。

 斬られたわけでもない。


 だが、彼の背後――

 空間が、歪んだように見えた。


「撤退だ!」


 誰かが叫ぶ。

 その声に応じるように、視線は一斉に消えた。


 結界の外へ一歩踏み出した瞬間、

 張り詰めていた空気が、嘘のように緩む。


「……今のは、魔物じゃない」


「ああ」


「でも、確かに“何か”だった」


 誰も反論しなかった。


 被害はない。

 負傷者もいない。


 だが、調査隊の誰もが理解していた。


 ――偶然ではない。


「報告は、慎重にまとめよう」

「ああ。もう“異常なし”とは、書けないな」


 それが、全員の結論だった。


 --------


 結界の外へ出た途端、空気が変わった。


 張り詰めていた感覚が、一気に抜け落ちる。

 風が戻り、遠くで鳥の声が聞こえ始めた。


「……戻ったな」


「今のが、結界の内側と外側の差か」


 誰かがそう呟く。

 だが、その言葉に明確な答えは返らなかった。


 隊は村から距離を取り、簡単な点検を行った。


 負傷者はいない。

 装備の損傷もない。

 魔力の異常消費も確認されなかった。


「戦闘記録は……なし、でいいな」


「ああ。攻撃された、とは言えない」


「でも、接触はあった」


 言葉の選び方に、全員が慎重になっていた。


「結界は正常だった」


 結界担当の冒険者が、簡潔に報告する。


「地方公認結界の規格通りだ。

 術式も魔力循環も問題ない」


「破壊痕も?」


「ない。更新時期もズレてない」


 それを聞き、誰かが苦く笑った。


「じゃあ、結界のせいじゃない」


「……結界“だけ”の問題じゃない、だな」


「村人の証言も、嘘じゃない」


 別の隊員が続ける。


「魔物を見たと言う者もいる」

「見ていないと言う者もいる」

「だが、全員が“怖い”とは言っていた」


「理由は?」


「説明できない、と」


 沈黙が落ちる。

 それは、調査結果そのものだった。


「今回の件、どうまとめる?」


 誰かが問いかける。


「異常なし、とは書けない」

「魔物被害あり、とも断定できない」


「結界異常?」


「それも違う」


 報告書の形が、誰の頭にも浮かばなかった。


「事実だけを書こう」


 先頭を歩いていた隊員が、静かに言った。


「結界内で、正体不明の干渉を確認」


「物理的被害なし」


「魔法的異常も未確認」


「だが、危険性は否定できない」


「……随分と歯切れの悪い報告だな」


「だが、それが事実だ」


 王都へ戻る道中、

 隊は必要以上の会話を交わさなかった。


 村の様子。

 結界の内側で感じた違和感。

 距離感の狂い、視線の正体。


 どれも言葉にしきれず、

 どれも無視できない。


「この報告、マスターが読むんだよな」


「ああ」


「……嫌な役回りだ」


 --------


 その報告書は、

 やがて一人の男の机に置かれることになる。


 世界が、静かに狂い始めていることを示す、

 最初の、否定できない証拠として。

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