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【第1篇完】終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第1篇【魔王討伐篇】

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第28話 血戦公の違和感

 夜明けとともに、野営地は動き出した。


 焚き火はすでに消え、

 眠気よりも、身体の重さが先に残っている。

 それでも誰も立ち止まらない。

 荷をまとめ、装備を確かめ、前を向く。


 エリオは剣を腰に提げ、何も言わずに進んでいた。

 昨日の静けさは、もう背後にある。


「行軍速度、上げる」


 短い指示。

 それだけで、隊列が整う。


 ロイスは前に出すぎない位置を選び、

 ティオは視線を高く保ったまま、

 周囲の地形を拾う。


 セリスは魔力を抑え、

 必要な時だけ“置く”準備をする。

 

 ミラは回復を構えず、

 仲間の呼吸と歩幅を見ていた。


 ——変わった。

 だが、それを口にする者はいない。


 前線は、以前より静かだった。


 魔物の気配はある。

 足跡も、瘴気の濃度も、確かに存在する。

 それなのに、遭遇が少ない。


「……寄ってこないな」


 ロイスが小さく呟く。


 ティオは地面にしゃがみ、指で痕跡をなぞった。


「数は減ってない」

「動き方が違うだけだ」


 エリオは頷いた。


「無理に追うな」

「前に進む」


 判断は速い。

 全員が、その決定に従う。


 やがて、地形が変わる。

 岩肌が露出し、風の通りが一段冷たくなる。

 魔族領へ向かう境界だ。


 セリスは足を止めかけて、すぐに歩調を合わせた。


(……撃たせない)


 昨日の言葉が、頭をよぎる。

 魔法は“出す”ものじゃない。

 “置く”もの。


 ミラは視線を巡らせ、時間を測る。

 誰も息を乱していない。

 回復は、まだ要らない。


「……いい流れだ」


 エリオは、そう言って前を見た。


 その直後だった。


 風向きが、変わる。


 ティオが、即座に足を止めた。


「……来る」


 言い終わる前に、

 岩陰から魔族の影が現れた。


 装備は軽装。

 数は多くないが、間合いの取り方が揃っている。


「小隊だな」


 ロイスが、低く言った。


「迎撃。深入りはするな」


 エリオの指示は、短い。


 剣が一閃、前に出る。

 だが、踏み込まない。


 魔族の一人が合図を出す。

 包囲に移ろうとした、その瞬間。


 セリスが、魔法を“置いた”。


 爆ぜない。

 押し返さない。


 ただ、動線の上に、存在する。


 魔族の動きが、わずかに乱れる。


 ミラは回復を構えない。

 まだ、必要が生まれていない。


 数呼吸。


 魔族小隊は、撤いた。


 追撃はない。

 誰も、追わない。


「……終わりだ」


 エリオが言う。


 全員、すでに歩き出していた。


 戦いは、成立した。

 だが、広がらなかった。


 -----------



 魔王国軍の前線、その奥。


 高所から戦線を見下ろす影があった。

 鎧の縁に刻まれた紋が、朝の光を鈍く反射する。


 ヴァルガスは、双眸を細めた。


「……動きが変わったな」


 配下が、慎重に答える。


「人族の歩みが、速くなっています」

「無駄が、減っている」


 ヴァルガスは鼻で笑った。


「学んだか」

「だが、それだけだ」


 視線を前線に戻す。


 魔物はいる。

 魔族の兵も、布陣している。

 それでも、戦は起きていない。


「続けろ」

「今は、出るな」


 命令は短い。


 ヴァルガスは、わずかに口角を上げた。


「“前に出ない”人族ほど、厄介なものはない」


 その言葉が、

 次の段階の始まりを告げていた。



 --------


 前線は、静かすぎた。


 剣が交わらない。

 魔法も飛ばない。

 それなのに、双方が確実に距離を詰めている。


「……人族の動きが、妙だな」


 ヴァルガスは、前線を見下ろしながら呟いた。


 配下が一歩進み出る。


「報告によれば、進軍の規模は確認できておりません」

「少数である可能性が高いとのことです」


「軍ではない、か」


 ヴァルガスは鼻で笑う。


「それで前線が止まる理由にはならん」


 だが――

 視線の先で、何も起きていない事実が、

 それを否定していた。


 魔物はいる。

 魔族兵も配置されている。


 それでも、戦が始まらない。


「包囲は?」


「進めようとすると、配置が乱れます」

「部隊同士の連携が、成立しません」


 ヴァルガスは、わずかに目を細めた。


「……数の問題ではないな」


 前に出れば、戦場が歪む。

 動かせば、軍そのものが噛み合わなくなる。


「相手が少数だから厄介なのではない」


 低く、断じる。


「“戦争にできない形”で、立っている」


 しばしの沈黙。


「(これは、俺の戦場じゃないな)」


 低く呟き、視線を上げる。


 判断は、もう一段、上にある。


 風が、戦線を吹き抜ける。


 その時。


 戦線のさらに奥、

 魔王国中枢へと続く通信が、静かに動いた。


 -----------


 重厚な扉の向こう。


 簡素だが、威圧を放つ空間。


 魔王アモンは、玉座ではなく、

 低い椅子に腰掛けていた。


 報告は、すでに聞いている。


「……ヴァルガスが、妙だと言ったか」


 アモンは低い椅子に腰掛けたまま、

 視線を落とした。


「前に出れば、戦争になる」

「前に出なければ、戦争にならない」


 側近が頷く。


「人族は、後者を選んでいるようです」


 アモンは、わずかに笑った。


「勇者が前に出ていない」

「それで前線が進むなら――」


 言葉を切る。


「敵は、前だけじゃない」


 側近が身を固くする。


「英雄が前に出ない戦いほど、危ういものはない」

「人族は、それに気づいた」


 椅子から、ゆっくりと立ち上がる。


「ならば、こちらも変える」


 側近が息を呑む。


「増援を?」


「いや」


 アモンは、静かに首を振った。


「アグリオスを前に出す」


 側近の目がわずかに見開かれる。


「……戦場の設計を、任せると」


「そうだ」


 一歩、前に出る。


「こちらが殴り合う必要はない」

「向こうの足だけを止めろ」


 側近は深く頭を下げた。


「承知しました」


 アモンは、再び椅子に腰掛ける。


「戦は、これからだ」

「静かなうちに、終わらせる」


 その視線は、

 すでに前線のさらに先を見据えていた。


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