第27話 静かな夜、火が消えるまで
あの後のことは、
誰も詳しく語ろうとしなかった。
剣を振った記憶も、
魔法を放った感覚も、
どこか曖昧だ。
ただ一つ、全員が同じ認識を持っている。
あれは、戦いではなかった。
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野営地に戻る頃には、日が傾いていた。
焚き火の準備をする音が、
静かに夜を呼び込んでいく。
エリオは、剣を膝に置いたまま、
しばらく動かなかった。
刃こぼれを確かめるでもなく、
鞘に収めるでもなく、ただ見ている。
「……疲れた?」
ミラが、いつもより少し軽い声で聞く。
「いや」
エリオは首を振った。
「疲れてるのは、頭の方だ」
その言葉に、セリスが小さく笑った。
「分かる」
「魔法を使ってないのに、どっと来る感じ」
ロイスは、剣帯を外しながら言った。
「俺、さ」
「剣を抜いた記憶はあるんだけど……」
言葉を探す。
「何を相手にしてたのか、よく分からない」
ティオが、薪を並べながら答えた。
「それ、たぶん正しい」
「“誰か”じゃなかった」
一同、黙る。
焚き火に火が入り、ぱちぱちと音を立てた。
ミラは、その炎を見つめながら呟く。
「誰も傷つかなかったのに」
「……不思議だね」
セリスが、ゆっくり頷いた。
「今までだったら、
それだけで“良い戦い”って思ってた」
「でも……今日は、違う」
エリオは、ようやく剣を鞘に収めた。
「俺さ」
「全部、やろうとしてた」
誰に言うでもなく。
「斬って、守って、決めて」
「全部、俺がやらなきゃって」
ロイスが、苦笑する。
「それ、俺もだ」
「前に出なきゃ、って」
ティオは、火を見ながら言った。
「今日の一番の収穫はさ」
「“自分が何をしてたか”が、分かったことだと思う」
ミラが、静かに息を吐く。
「回復しなくていい時間が、こんなにあるなんて」
「……初めて、考えた」
少しだけ、空気が緩む。
誰かが勝ったわけでも、
誰かが負けたわけでもない。
それでも、確かに何かが変わった。
エリオは、焚き火の向こうを見た。
(あの人たちは……)
答えは、くれなかった。
だが、考える場所は、確かに示された。
「明日も、進むぞ」
自然と、そう口にしていた。
誰も異を唱えない。
夜は、静かに深まっていった。
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焚き火の火が、少し落ち着いた頃。
見張りの交代を終え、
野営地には、静かな時間が戻っていた。
ロイスは、外套を羽織り直しながら言う。
「……明日からさ」
「たぶん、俺は前に出すぎない」
誰に向けたわけでもない。
「今までは、“出なきゃ”って思ってた」
「でも、今日のあれで……」
剣の柄に、軽く触れる。
「ちゃんと、任せた方がいいって分かった」
セリスが、小さく息を吐いた。
「私も」
「魔法を撃つ前に、見るようにする」
「見る?」
ミラが聞き返す。
「世界」
「……あと、みんな」
ミラは、少し考えてから笑った。
「じゃあ、私は」
「回復を準備しすぎないようにする」
ロイスが、目を瞬かせる。
「それ、大丈夫か?」
「うん」
「今日、分かったから」
ミラは、焚き火を見つめる。
「“使わない時間”も、役割なんだって」
ティオは、地図を畳みながら言った。
「俺は、もっと言う」
「気づいたこと、全部」
「うるさくならない?」
ロイスが言うと、
ティオは肩をすくめた。
「たぶん」
「でも、黙るよりはいいだろ」
エリオは、少し離れた場所でその会話を聞いていた。
剣を抱えたまま、
空を見上げる。
星が、よく見える夜だ。
(……決める、か)
全部を正しくやる必要はない。
全部を守る必要もない。
(俺がやるのは)
一歩、前に立つこと。
「……よし」
エリオは、立ち上がった。
「今日は、休もう」
「明日は、また進む」
誰も反対しない。
それぞれが、寝床へ向かう。
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少し離れた場所。
アルトは、焚き火の光が届かない位置で立っていた。
「……良さそうだね」
レイナが、腕を組んで言う。
「壊れてない」
「むしろ、まとまった」
セフィラは、静かに頷いた。
「役割を理解した」
「あれなら、しばらくは大丈夫」
アルトは、短く息を吐く。
「なら、ここまでだ」
「もう、関わらない?」
レイナが聞く。
「必要なら、だ」
「今は……」
遠くの野営地を、ちらりと見る。
「自分たちで進ませる」
セフィラは、少しだけ微笑んだ。
「勇者、だから?」
「違う」
アルトは、即答した。
「人だからだ」
「考えて、迷って、選べる」
三人は、それ以上言葉を交わさず、
その場を後にした。
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夜は、静かに深まる。
誰も、知らない。
この夜が、
しばらく続く“最後の平穏”であることを。
だが今は、
それでいい。




