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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
1篇【魔王討伐篇】

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第21話 立つ場所を、決める時

 王国ギルドの朝は、今日も騒がしかった。


 受付カウンターには冒険者が列を作り、

 壁際では依頼書の貼り替えが行われている。


 誰もが忙しそうで、

 それでいて、どこか浮き足立っていた。


「……最近、やけに人が多いね」


 レイナが、帳簿を閉じながら言った。


「勇者が前に出てるからでしょ」

「皆、“今なら行ける”って思ってる」


 アルトは、その言葉を否定しなかった。


 実際、依頼の回転は早い。

 成功報告も多い。


 数字だけを見れば、

 王国はうまく回っているように見える。



「ねえ、アルト」


 レイナが声を落とす。


「戻ってこない報告、増えてない?」


 アルトは一瞬だけ視線を下げた。


「増えてるな」


「……やっぱり」


「数そのものじゃない」

 アルトは続けた。


「理由が、似通ってる」


 彼は、机の上に積まれた報告書に手を伸ばす。


 戦闘失敗。

 撤退中の事故。

 判断ミス。


 どれも、珍しくはない。


 だが――


「“正しい判断の結果”が多すぎる」


 レイナは、すぐに意味を理解した。


「無理をしてないのに、戻れなかった?」


「そう」


 アルトは、静かに椅子に腰を下ろした。


「無茶をしていない」

「判断も間違っていない」

「それでも、帰ってこない」


 それは、偶然とは言いづらかった。


 しばらく、ギルド内の喧騒が耳に入る。


 笑い声。

 依頼の確認。

 剣の手入れ。


 ――平和だ。


 だからこそ、

 アルトの胸に引っかかるものは、

 はっきりしていた。


「段階が、変わった」


 誰に聞かせるでもなく、呟く。


「勇者が前に出た」

「魔王軍幹部も、姿を見せた」


「なら、次は?」


 レイナが問い返す。


 アルトは、すぐには答えなかった。


 代わりに、天井を見上げる。


「俺たちが、どこに立つかだ」


 これまでは、

 見ているだけでよかった。


 情報を集め、

 判断を整理し、

 必要なら、裏から手を添える。


 それで“救えなかったもの”が、

 なかったわけじゃない。


 だが、もうそれだけでは足りない。


「“助けない”って選択が」

「世界を歪ませる段階に、入りかけてる」


 レイナは、息を呑んだ。


「……出るの?」


「いや」


 アルトは、首を振る。


「まだだ」

「前に出るのは、違う」


「じゃあ、どうするの」


 アルトは、机に置いた地図に指を置いた。


「位置を、決める」

「勇者の隣でも、後ろでもない」


「世界の、外側だ」


 レイナは苦笑した。


「また、分かりにくい言い方」


「慣れてるだろ」


「まあね」


 二人は、短く笑った。


 だが、空気はすぐに戻る。


 軽くはならない。


「……アルト」


「なんだ」


「危ない役回り、また増えるんでしょ」


 アルトは否定しなかった。


「たぶんな」


「ほんと、損な性格」


「今さらだ」


 アルトは、もう一度報告書の山を見る。


 勇者の戦果。

 王国の士気。

 魔王軍の動き。


 どれも、噛み合っている。


 だからこそ、

 どこかで、誰かが選択を誤れば――

 一気に崩れる。


「……ここからは」


 アルトは、静かに立ち上がった。


「“助けるかどうか”じゃない」

「“どう壊させないか”だ」


 その言葉を、

 レイナは黙って受け止めた。


 ----------------


<魔導士協会>


 魔導士協会本部は、

 王都の中でもひときわ目を引く建物だった。


 白石で組まれた外壁。

 高く伸びる塔には、

 古い魔導刻印が幾重にも刻まれている。


 威圧感はない。

 だが、軽々しく近づける雰囲気でもなかった。


 内部は、外観以上に規律正しい。


 魔導士たちは私語も少なく、

 それぞれの役割を理解した動きで行き交っている。


 ――ここは、研究所ではない。

 国家を支える機関だ。


 上層階。


 セフィラは、

 机に並べられた報告書に目を通していた。


「……また、数値が合わない」


「大きな変動ではありません」


 そう答えたのは、魔導士協会副会長――

 リディア・クロイツだった。


 外見は若い。

 だが、その口調と判断は落ち着いている。


「瘴気が濃くなっているわけではありません」

「同じ地点で、同じ測定値が続かない」


「“揺れている”というより……」


「“基準がずれている”感じですね」


 セフィラは、短く息を吐いた。


 魔導士協会の仕事は、派手ではない。


 魔物を討つことも、

 前線で英雄になることもない。


「世界が“当たり前に動く”状態を維持する」


 それが、この組織の役割だった。


「勇者が前に出たことで」

「魔力の流れが、想定以上に動いています」


 リディアは淡々と続ける。


「人の期待、信仰、恐怖」

「そういった感情が、魔法体系に影響を与え始めている可能性があります」


「でしょうね」


 セフィラは、即答した。


「だからこそ、ぼくたちは前に出ない」

「魔導士協会が戦う側に回った瞬間」

「世界の“基準”そのものが崩れる」


 リディアは、小さく肩をすくめた。


「相変わらず、厳しい判断です」


「現実的、でしょ」


「……ええ」


 しばし、沈黙。


 書類を運ぶ音と、

 魔導器具の微かな稼働音だけが響く。


「それで、方針は」


 リディアが、核心を突いた。


「観測を増やす」

 セフィラは答える。


「結界の再調整は、表向きは保守点検」

「勇者の進軍ルートは、重点的に追う」


「直接は触らない」


「でも、見逃さない」


 それは、アルトと同じ判断だった。


「リディア」


 セフィラは、静かに言った。


「これから、忙しくなる」


「承知しています」


 若いが、迷いはない。


 セフィラは窓の外を見た。


 魔導士協会の塔の下では、

 今日も王都が、平然と回っている。


「……世界が壊れないようにする」

「それが、私たちの仕事」


 リディアは、深く頷いた。


 ----------------


 夕刻。


 王都の喧騒が、少しずつ落ち着き始める頃。


 アルトは、ギルドの屋上に出ていた。


 街並みが一望できるこの場所は、

 昔から彼のお気に入りだった。


 人の流れが見える。

 灯りが増えていくのが分かる。


 ――世界が、ちゃんと動いている証拠だ。


「……動きすぎてるな」


 誰に向けた言葉でもなく、呟く。


 勇者が前に出た。

 魔王軍幹部が動いた。

 教会は戦争を始めた。


 それぞれは、間違っていない。


 だからこそ、危うい。


 背後で、足音がした。


「やっぱり、ここにいた」


 レイナだった。


「考え事する時、だいたいここだよね」


「分かりやすいだろ」


「うん」


 彼女は、隣に並ぶ。


 しばらく、二人で街を見下ろした。


「……セフィラのところも、動くみたい」


「だろうな」


「魔導士協会としては、前に出ない」

「でも、見逃さない、って」


 アルトは、短く笑った。


「同じ判断だ」


 アルトは、街の外れに視線を向けた。


「ギルドも」

「魔導士協会も」


「動けば、帝国が口を出す」


 レイナは、小さく息を吐いた。


「勇者の戦争には、黙ってるのに?」


「だからだ」

「勇者は、使える」

「俺たちは、邪魔になる」


「まあ、帝国がどういう意図を持っているかは

 わからないが、今の王国の人間や俺たちは

 帝国に逆らえない立場だ」


「……理不尽ね、相変わらず」


 アルトは否定しない。



「......ねえ、アルト」


 レイナは、呼びかけてから一拍置いた。

 その間に、言葉を選んでいる自分に気づいて。


「勇者たち……どうなると思う?」


 アルトは、すぐには答えなかった。


 街の灯りを、ひとつひとつ目で追う。


「強いよ」

「判断も、悪くない」


「でも?」


「……まだ、全部を背負う覚悟はない」


 レイナは、それ以上、言葉を挟まなかった。


 分かっている。

 否定でも、責めでもない。


 ただの事実だ。


「勝てる戦いと」

「続く戦いは、違う」


 アルトは、そう付け足した。


「……それ、本人たちに言わないの?」


「言わない」


 即答だった。


「今、言えば」

「考えなくなる」


 レイナは、手すりに肘をついた。


「放っておくと、壊れるのに?」


「だから、見るんだ」


「見る?」


「近づきすぎず」

「離れすぎず」


 言葉は、それ以上続かなかった。


 代わりに、風が吹き抜ける。


「……ほんと、難しい立ち位置」


 レイナが、苦笑する。


「いつものことだろ」


「まあね」


 二人は、短く笑った。


 下では、人の流れが止まらない。

 店の灯りが増え、街は夜へ向かっていく。


「世界はさ」

 レイナが、ぽつりと言った。


「こうしてる間も、進んでるんだよね」


「ああ」


「勇者も」

「魔王も」

「教会も」


「俺たちもな」


 アルトは、静かに答えた。


 しばらくして、レイナが背伸びをする。


「……そろそろ戻ろっか」


「ああ」


 二人は、並んで屋上を後にした。


 暫くして、レイナが一瞬だけ立ち止まった。



「……アルト」


「ん?」


 言いかけて、言葉を飲み込む。


「……なんでもない」


 そう言って、歩き出す。


 背中越しに、

 少しだけ後悔と、

 それ以上の安心が混じった感情が残った。


 世界は、まだ動いている。

 それを見届ける役は――

 まだ、ここにいる。


 ----------------


 同じ頃。

 魔導士協会の上層階。


 セフィラは、窓辺に立っていた。


 王都の灯りが、静かに広がっている。


「……アルトも、同じ結論でしょうね」


 独り言のように呟く。


 魔導士協会は、戦わない。

 だが、世界を見張る。


 彼は、戦わない。

 だが、選択を見逃さない。


 役割は違う。

 だが、立つ場所は近い。


「面倒な時代になったものね」


 それでも、目を逸らすつもりはなかった。


 --------


 夜。


 王都は、何事もなかったかのように眠りにつく。


 だが、その下で、

 

 勇者は、前線で足を止め

 魔王軍は、次の配置を進め

 教会は、戦争を拡大し


 そして――


 外側に立つ者たちが、動き始めていた。



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