第20話 選ばされた一手
進軍路は、変更された。
理由は単純だった。
これ以上、同じ丘陵地帯で
足踏みを続ける意味がなかったからだ。
魔物の数は減っている。
被害も抑えられている。
それでも、前に進めない。
「……ここを抜ければ、地形は開ける」
エリオは地図を見下ろしながら言った。
「見通しもいいし、退路も確保できる」
「前より、戦いやすいはずだ」
誰も反論しなかった。
合理的な判断だ。
少なくとも、そう見えた。
だが、実際に足を踏み入れた瞬間、
エリオは理解した。
「……違うな」
丘陵は確かに緩やかだ。
視界も悪くない。
それでも、どこか落ち着かない。
足元の感触。
風の流れ。
音の響き方。
「戦いやすい、って感じじゃない」
ロイスが肩をすくめる。
「かといって、戦いにくいわけでもない」
「……中途半端だな」
セリスが周囲を見回した。
「魔物の気配が、散ってる」
「前みたいに、固まってない」
それは一見、有利な状況に思えた。
「行ける、か?」
エリオの問いに、誰も即答しなかった。
ミラが、少し遅れて口を開く。
「……回復は間に合うと思う」
「でも、長引くと厳しい」
ティオは、丘の上に目を凝らす。
「視線が通りすぎてる」
「隠れる場所が少ない」
「つまり……」
ロイスが言葉を継ぐ。
「踏み込めば踏み込むほど、逃げにくい」
エリオは、短く息を吐いた。
合理的だが、余裕を削る道だ。
最初の魔物が現れたのは、
こちらが隊列を整え終えた直後だった。
数は多くない。
動きも、荒くはない。
「……来たな」
エリオは剣を構える。
「前と同じだ」
「各個撃破で――」
言いかけて、止めた。
魔物は、突っ込んでこない。
距離を保ったまま、
こちらの動きに合わせて位置を変える。
「……様子見?」
「いや」
セリスが首を振る。
「位置を、合わせてる」
「合わせてる?」
「私たちの立ち位置に、ね」
エリオは、その言葉の意味を理解した。
踏み込めば、背後が薄くなる。
下がれば、側面が開く。
前回と同じ陣形を組めば、
必ずどこかが歪む。
「……前回の“勝ち方”は、もう使えない」
エリオは、静かに判断した。
「陣形を変える」
「無理に前に出るな」
誰も異論を挟まない。
すでに、感じていたからだ。
ここは――
前に進むための場所ではない。
丘陵に、静かな風が吹き抜ける。
戦いは、まだ始まっていない。
だが、
“選ばされた戦場”に立たされたことだけは、
全員が理解していた。
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魔物の動きが、はっきりと変わった。
数は増えていない。
だが、間合いが一定だ。
「……寄ってこないな」
ロイスが低く言う。
「前みたいに、突っ込んでこない」
「かといって、下がりもしない」
「距離を保ってる」
セリスが答える。
「私たちの射程の、少し外」
それだけで、十分だった。
不用意に踏み込めば、
陣形が崩れる。
最初の衝突は、小規模だった。
エリオが前に出て、一体を斬る。
ティオが即座に位置を変え、側面を牽制する。
魔物は、あっさり倒れた。
「……いける」
そう思った瞬間だった。
別方向から、同じ数が現れる。
「数は……変わってない?」
ミラが息を詰める。
「でも、間が空かない」
「休む時間が、ない……!」
回復魔法を挟む余裕が、削られていく。
「エリオ!」
ロイスの声。
魔物の一体が、
エリオの踏み込みを読んだかのように、
わずかに位置をずらす。
剣は届く。
だが、その一歩で――
「……っ!」
背後が、薄くなる。
ティオが即座に滑り込み、
魔物を牽制した。
「深追いしないで!」
「ここ、踏み込みすぎる!」
エリオは、歯を食いしばる。
分かっている。
ここで前に出れば、勝てる。
だが――
「……退路が、狭い」
セリスの声が、冷静に状況を告げる。
「この位置、続けると」
「下がる時に、必ず乱れる」
ロイスが、周囲を見渡す。
「逃げ道はある」
「でも、余裕はねえ」
魔物は、追ってこない。
ただ、
こちらが疲れるのを、待っている。
「……これ以上は、まずい」
エリオは、決断した。
「下がる!」
その声に、誰も異論を挟まない。
「陣形を崩すな!」
「距離を保て!」
勇者一行は、慎重に後退する。
魔物は、やはり深追いしなかった。
「……追ってこない」
ミラが、安堵とも不安ともつかない声を漏らす。
「逃がしてくれた、わけじゃない」
エリオは、丘の向こうを見た。
見えない。
だが、確かに感じる。
――ここで続ければ、詰む。
十分に距離を取ったところで、
ようやく一息つく。
誰も倒れていない。
致命傷もない。
それでも、
全員が理解していた。
「……これ、続けられないな」
ロイスが言った。
「勝てるけど」
「勝ち続ける戦いじゃない」
エリオは、ゆっくりと剣を収めた。
「……前回は、留められただけだった」
今回は違う。
「相手に、選ばされた」
自分たちが進んだ道も。
戦い方も。
すべて、
“相手にとって都合のいい範囲”で。
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丘陵に、夕暮れが落ちる。
戦いは、終わった。
だが――
前進は、許されなかった。
「……このままじゃ」
エリオは、誰にも聞かせない声で呟いた。
「魔王には、辿り着けない」
それが、
この戦場が残した、唯一の答えだった。




