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【第1篇完】終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第1篇【魔王討伐篇】

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第18話 二つの戦争 ― 見えない手

 戦況が変わったのは、前線ではなかった。


 王都に届いた一通の報せが、

 すべてを塗り替えた。


「聖教会が、邪教会に対して正式に宣戦布告」


 読み上げられた文言は短く、

 だが、その意味は重かった。


 魔王国との戦争ではない。

 人族同士の、宗教を名目とした戦争。


 アルトは、報告書を机に置いたまま、

 しばらく動かなかった。


「……一番、やってほしくない動きだな」


 魔王軍が動かなくても、

 世界の力が、別の場所で削られていく。


 信仰の名の下で始まる戦争は、

 いつだって“本当の敵”を見失わせる。


 -----------


 王都の空気は、数刻のうちに変わった。


 広場には人が集まり、

 聖教会の使徒が声高に神意を語る。


「邪教を討て」

「これは聖戦だ」


 掲げられる旗。

 読み上げられる勅令。


 人々は、疑問を挟まない。


 “正義”として提示された戦争は、

 考える余地を与えないからだ。


 アルトは、人混みの外からその光景を見ていた。


「……整えすぎている」


 その違和感は、

 魔王軍と対峙したときの感覚に、よく似ていた。


 ---


「教会が動けば、王国も引きずられる」


 王国ギルドの執務室で、レイナが腕を組んだ。


「表向きは、魔王討伐の継続」

「でも実際は、人員も物資も割かれる」


「勇者は?」


「象徴だよ」

 レイナは即答した。


「前線にいるだけで、“神意の証明”になる」


 セフィラは、静かに視線を伏せる。


「……戦争が二つ、同時に始まった」

「しかも、別々の理由で」


 アルトは、短く息を吐いた。


「だが、戦場は一つだ」


 魔王国領。

 勇者の進軍路。


 そこに、宗教戦争の熱と、

 魔王軍の意図が、同時に流れ込む。


 -----------


 その頃、前線。


 丘陵地帯に、

 覚えのある“違和感”が戻ってきていた。


「……また、来たな」


 エリオは剣を握り直す。


 以前と同じではないが、覚えのある気配。

 だが、“敵の在り方”が違う。


 魔物の配置。

 退路の潰し方。

 間合いの取り方。


 すべてが、“戦争の作法”だった。

 無駄な突撃も、無意味な死もない。


「前みたいに、押し返せると思うなよ」


 ロイスが低く言う。


「向こうは、もう様子見じゃない」


 勇者一行は陣形を組む。


 勝てない相手ではない。

 だが――


「……来るぞ」


 エリオの声と同時に、

 魔物の群れが、動いた。


 -----------


 王都。


 アルトは、報告を受けながら、

 ゆっくりと目を閉じた。


「前線が動いたな」


 セフィラが頷く。


「しかも、今までとは違う」

「“戦争として”来ている」


 アルトは、静かに理解した。


 聖教会の宣戦布告は、

 魔王軍にとっても、好都合だった。


 人族の視線が内側に向く。

 判断が分散する。


「……重なったな」


 魔王討伐という大義。

 聖戦という正義。


 二つの戦争が、

 同じ戦場を、別の意味で削り始めている。


 アルトは、立ち上がった。


「ここから先は、流れに任せると負ける」


 誰かに命じるわけではない。

 自分自身への確認だった。


「……選ばせる戦争に、させるわけにはいかない」



 前線では、剣が交わり始めている。


 王都では、祈りと怒号が渦巻いている。


 そして、どちらの戦争にも、

 同じ影が差し込み始めていた。


 -----------


 魔物の群れは、

 統率されているようには見えなかった。


 突撃の合図もない。

 撤退の命令もない。


 それでも、戦場は妙に“整って”いる。


「……前と、違うな」


 ロイスが歯噛みする。


「無駄に突っ込んでこない」

「こっちが崩れそうになる位置だけ、

 執拗に突いてくる」


「誘導……?」

 セリスが眉をひそめる。


「でも、誰かが命令してる感じじゃない」


 エリオも、同じ違和感を抱いていた。


 魔物は本能のままに動いている。

 だが、その本能が――

 最もこちらが消耗する形で噛み合っている。



「右、来る!」


 ティオの声。


 エリオは踏み込み、剣を振るう。

 確実に一体、斬り伏せた。


 だが、手応えが薄い。


 倒した瞬間、間が埋まる。

 引いた先に、別の魔物が“自然に”現れる。



「……数が減ってるのに、減ってない」


 ミラが回復魔法を重ねながら、息を詰める。


「このままだと……」


「分かってる」


 エリオは歯を食いしばった。


 勝てない相手じゃない。

 だが――


 これは殲滅戦じゃない。


 時間を、削る戦いだ。


 魔物たちは、深追いしてこない。


 こちらが踏み込めば、下がる。

 下がれば、距離を保ったまま圧をかけてくる。


「……倒せる」

 ロイスが低く言う。


「でも、進めない」


「進ませる気が、最初からない」


 セリスの言葉に、エリオは無言で頷いた。


 これは迎撃でも、防衛でもない。


 “留める”ための戦いだ。



「……下がる」


 エリオは決断した。


「陣形を保て」

「立て直す」


「逃げじゃないな?」

 ロイスが確認する。


「違う」

 エリオは即答した。


「このまま続けたら、削り切られる」


 勇者一行は、慎重に距離を取る。


 魔物たちは、追ってこない。


 それが、何より不気味だった。



 退却しながら、エリオは丘の上を見た。


 そこに、はっきりとした姿はない。


 姿ははっきりしない。

 輪郭も、武器も分からない。


 だが――


 確かに、見られている。


 こちらの動きも、判断も、

 すべて測られている感覚。


 剣を構えた相手の威圧でもない。

 “場そのものが調整されている”ような、

 奇妙な感覚だった。


「……なんだ、あれは」


 誰に向けた言葉でもなかった。


 答えも、返ってこない。


 ----------------------


 夜が落ちる。


 戦闘は終わった。

 だが、勝利とは言い難い。


 倒した数は多い。

 被害も少ない。


 それでも――

 前に進めなかった。


「……これが、戦争か」


 エリオは、剣を握り直した。


 これまでの戦いとは、明らかに違う。


 敵は、

 倒される前提で、

 こちらを削りに来ている。


 そして、その“やり方”を、

 誰かが理解して使っている。


 --------


 丘の上の影は、いつの間にか消えていた。


 だが、その存在感だけが、

 胸の奥に残り続けていた。




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