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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第1篇【魔王討伐篇】

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第17話 名前のない歪み

「魔法が壊れているわけじゃない」


 セフィラは、静かにそう言った。


 机の上には、複数の術式図と

 観測記録が並べられている。

 どれも計算上は正しく、再現性も確保されていた。


 それでも、結果だけが噛み合わない。


「前提が、ずれているだけ」

「だから失敗でも、暴走でもない」


 アルトは、黙ってその言葉を受け止めていた。


「前提……世界側の、か」


「うん」


 セフィラは頷く。


「魔力の流れ、干渉の起点、術式の成立条件」

「全部、ほんの僅かずつ変わっている」


 指先で、空中に仮想の円を描く。


「一つ一つは誤差の範囲」

「でも、重なると……」


「結果が変わる」


 アルトが続きを言った。


「しかも、毎回同じ方向に、だ」


 二人の前に並ぶのは、

 勇者一行の戦闘報告、各地の魔物挙動、

 魔法行使時の記録。


 被害は小さい。

 破綻もしていない。


 だからこそ、見落とされやすい。


「共通しているのは――」


 アルトは、報告書の一部を指で押さえる。


「選択肢が、減っている」


 セフィラは、少し驚いたように目を瞬かせた。


「……同じ結論に辿り着いた」


「敵が強くなったわけじゃない」

「こちらが弱体化したわけでもない」


 アルトは、淡々と続ける。


「だが、取れる手が、自然と限定される」

「結果として、最適解しか残らない」


 それは、一見すると“合理的”だ。


 だが――


「合理的すぎる」


 セフィラが、ぽつりと言った。


「世界は、本来もっと雑音だらけ」

「偶然も、無駄も、揺らぎもある」


「それがない戦場は、異常だ」


 アルトは、椅子に深く腰掛ける。


「瘴気じゃないな」


 断定ではない。

 整理の途中で出た言葉だった。


「瘴気なら、もっと露骨だ」

「侵食も、変異も、暴走も起きる」


 セフィラも同意する。


「これは、壊していない」

「“整えている”」


 二人の視線が、自然と交わる。


「……現象だな」


 アルトが、そう結論づけた。


「力じゃない」

「意思でもない」


「世界の反応を、条件で再現している」

 セフィラが補足する。


「瘴気が引き起こす“結果”だけを」

「原因に触れずに、ね」


 名前は、まだ出ない。


 だが、

 これまで“違和感”として散らばっていたものが、

 一つの輪郭を持ち始めていた。


 --------


「つまり……結論は出さない、という結論ね」


 王国ギルドの執務室で、

 レイナが小さく肩をすくめた。


 机の上には、勇者一行の戦闘報告、

 各地の観測記録、魔法行使時の異常値。

 どれも致命的ではない。どれも説明はつく。


 だが――整合しない。


「今の段階で断定すれば、必ず歪む」

 アルトは静かに言った。


「力だと決めつければ、力で殴りにいく」

「瘴気だと決めつければ、浄化を始める」


「どれも、間違いじゃない」

 セフィラが続ける。


「でも……どれも、本質じゃない可能性が高い」


 言葉を選びながら、彼女はそう締めた。



「教会は?」


 レイナの問いに、アルトは即答しなかった。


「……動くだろうな」

「神意か、試練か、あるいは異端」


「理由はどうあれ、戦う方向に寄る」


 それが、長年続いてきた構図だ。


 セフィラは、視線を伏せたまま言う。


「問題は、理解が揃わないまま、

 行動だけが揃うこと」

「それが一番、利用されやすい」


 アルトは頷いた。


「だから、今は揃えない」

「揃えないまま、観測を続ける」


「勇者は……?」


「勇者は前に進む」

 アルトは断言した。


「それが役割だ」

「だが、意味づけまでは背負わせない」


 レイナは、少し考えてから言った。


「つまり……私たちは」

「“正解”を探すんじゃなくて」


「“誤解”を減らす」


 アルトは、短く肯定した。


 --------------


 その頃。

 魔王国領の奥、静かな研究室。


 《変成卿》アグリオスは、記録を見下ろしていた。


 並ぶ数値は、想定範囲内。

 再現率も、安定している。


「……瘴気じゃない」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟く。


「力を増しているわけでも」

「汚染が広がっているわけでもない」


 指先で、紙の端をなぞる。


「これは、現象だ」

「条件が揃えば、再現できる歪み」


 彼は、ゆっくりと記録を閉じた。


「さて……」


 小さく息を吐く。


「どこまで、耐えられるかな」


 その視線の先にあるのが、

 人族なのか、勇者なのか。


 あるいは――

 世界そのものなのか。


 --------------


 勇者エリオの一行は、次の戦場へ向かっていた。


 戦果は十分。

 評価も高い。


 それでも、胸の奥に残る違和感は消えない。


「……選べているはずなのに」


 エリオは、足を止めかけて呟いた。


「気づくと、決まった動きになっている」


 ロイスが笑う。


「勝ってるんだから、いいだろ?」


「……そうだな」


 エリオはそれ以上、言わなかった。


 言葉にできない違和感ほど、

 仲間を不安にさせるものはない。


 --------------


 アルトは、王都の夜景を眺めていた。


 静かで、穏やかで。

 戦争の気配は、まだ薄い。


「……まだ、猶予はある」


 それが希望なのか、

 ただの錯覚なのか。


 答えは、まだ出ない。


 だが、確かなことが一つだけある。


 世界は、

 すでに次の段階へ進み始めている。

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