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終わりなき世界の観測者たち  作者: 颯音ユウ
第1篇【魔王討伐篇】

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第16話 静かな前進

 勇者は、その場で判断した。

 追撃しない、という選択を。


 アルトは、その判断が出ることを、予測していた。


 -----------


 森の縁で、魔物の群れが散り始めていた。


 数は多くない。

 だが、動きに統一性がなく、

 こちらを誘うような間合いを取っている。


「……追うな」


 エリオの声は、以前より落ち着いていた。


 一瞬、仲間たちが視線を交わす。

 前なら、この場面で踏み込んでいただろう。


 だが、誰も異を唱えなかった。


「包囲を維持」

「逃げ道を潰す」


 短く、要点だけを伝える。


 ロイスが前に出るが、深追いはしない。

 セリスも大技を構えず、牽制に徹する。


 魔物は、やがて森の奥へと退いていった。


「……逃げたな」


 ロイスが、剣を下ろす。


「倒しきれなかったけど」

 ミラが続ける。


「でも、誰も怪我してない」


 それは、前回までにはなかった結果だった。


 エリオは、胸の奥で小さく息を吐いた。


(これでいい)


 派手さはない。

 だが、無理をしない戦い方だった。


 -----------


 王都・王国ギルド


 アルトは、最新の報告を受け取っていた。


「追撃なし、被害なし……」


 報告書を一読し、静かに頷く。


「判断としては、妥当だ」


 それは偶然ではない。


 アルトは、事前に

 ・周辺地形

 ・魔物の出現傾向

 ・撤退経路

 を整理し、勇者一行に“選択肢”だけを渡していた。


「判断は、勇者自身がした」


 そこが重要だった。


 レイナが、隣で腕を組む。


「前より、ずっと堅実だね」

「でも……」


「派手じゃない、だろ」


「うん」

 レイナは頷く。


「英雄譚向きじゃない」


 アルトは、わずかに口角を上げた。


「戦争向きだ」


 -----------


 再び、前線。


 エリオは、地面に残った痕跡を確認していた。


「……何か、変だ」


 セリスも、同じ感覚を抱いていた。


「魔法の通りが、微妙にズレてる」

「抵抗、というより……」


 言葉を探す。


「測られてる感じ?」


 ロイスが眉をひそめる。


「敵は、逃げただけじゃないってことか」


 エリオは、ゆっくりと頷いた。


「たぶん」


 確証はない。

 だが、直感が告げていた。


(これは、次の段階だ)


 -----------


 その報告は、程なくして王都にも届く。


 アルトは、内容を確認し、指を止めた。


「……来たな」


 まだ、名前は出ない。

 まだ、姿も見えない。


 だが――

 戦場の“質”が、変わり始めている。


「勇者は、ちゃんと前に進んでいる」


 アルトは、報告書を閉じる。


「だからこそ、次は――」


 言葉を切り、窓の外を見る。


「補助だけでは、済まなくなる」


 それは、予感ではなく、

 これまでの積み重ねから導かれた判断だった。


 -----------


 夜営地に戻った勇者一行は、

 静かに装備の点検をしていた。


 剣を振るってはいない。

 それでも、どこか疲労感が残っている。


「……変な感じだな」


 ロイスが、刃を拭きながら呟いた。


「敵とやり合ってないのに、神経が削られる」

「ずっと、見られてるみたいな……」


 冗談めかした口調だったが、

 誰も笑わなかった。


 セリスは焚き火の近くで、

 指先に魔力を集めては散らす。


「私も、似た感覚」

「魔法を使ってないのに、流れが掴みにくい」


「奪われた感じじゃない、って言ってたよな」

 エリオが確認する。


「ええ」

 セリスは首を振る。


「減ってはいない」

「でも……整えられすぎてる」


 ミラが、周囲を見回した。


「じゃあ、ここ……危ないの?」


 エリオは少し考え、首を横に振った。


「今すぐじゃない」

「でも、長居する場所でもない」


 それは、

 以前のエリオなら出てこなかった判断だった。


 -----------


 王都・王国ギルド。


 アルトとレイナ、そしてセフィラは、

 前線から届いた報告を囲んでいた。


「被害なし」

「交戦なし」

「魔力消耗、軽微」


 レイナが読み上げる。


「……なのに、違和感あり」

「一番嫌なタイプだね、これ」


「同感だ」


 アルトは、報告書から目を離さない。


「敵は、こちらを削ろうとしていない」

「圧も、威嚇もない」


 セフィラが、静かに頷く。


「結界や術式への直接干渉は見られない」

「でも、魔力の揺らぎが均一すぎる」


「自然じゃない?」


「自然なら、もっとムラが出る」

「これは……場そのものが整えられている」


 アルトは、短く息を吐いた。


「正面から殴り合うつもりの相手じゃないな」


 それは断定ではなく、

 積み上げた情報からの整理だった。


 アルトは椅子から立ち上がる。


「……見ているだけでは、済まなくなってきた」


 レイナが、少しだけ表情を引き締める。


「前に出る、って意味?」


「いや」


 アルトは即座に否定した。


「前に出れば、勇者の判断を奪う」

「だが、このまま放置すれば――」


 セフィラが言葉を継ぐ。


「“場”ごと、主導権を取られる」


 三人の間に、短い沈黙が落ちた。


「一段、深く潜る必要があるな」


 アルトの結論は、静かだった。


 それは、戦場に立つという意味ではない。

 敵と同じ“深さ”で、状況を読む、という判断だ。


 -----------


 夜明け前。


 勇者一行は、予定より早く野営地を引き払った。


「次は、もう少し慎重に行こう」


 エリオの言葉に、仲間たちは頷く。


 彼らは、まだ知らない。

 自分たちが、すでに一段深い戦争に足を踏み入れていることを。


 だが、その背中を――

 アルトは、遠くから見ていた。


「……まだ、間に合う」

 そう判断できる程度には、勇者は前に進んでいる。


 それが祈りか、計算かは分からない。


 ただ一つ確かなのは、

 この戦争が、単純な力比べではなくなったということだった。



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