第14話 語られる戦果
勇者一行は、勝利した。
魔王軍の幹部を退け、
進軍は止まっていない。
王国は、それを成功と呼び、
民は英雄譚として語り始める。
だが同じ夜、
その戦いを「予定通り」と評した者たちもいた。
――同じ戦争は、
すでに、違う意味を持ち始めていた。
野営地には、静かな夜が訪れていた。
焚き火を囲み、簡単な食事を済ませた勇者一行は、
それぞれ思い思いに休息を取っている。
誰も、大きな声で勝利を語ろうとはしなかった。
ロイスは鎧を外し、無言で剣の刃を確かめている。
セリスは砕けた術式の構造を、
何度も思い返していた。
ミラは仲間たちの様子を見ながら、
控えめに回復魔法を回している。
「……生きてるな」
ぽつりと、ロイスが言った。
それは冗談でも、自慢でもなかった。
ただの、事実確認だった。
「うん……全員、ね」
ミラが、ほっとしたように微笑む。
勇者エリオは、
そのやり取りを聞きながら焚き火を見つめていた。
確かに、退けた。
だが、圧倒したわけではない。
むしろ、圧倒されていた。
《観測適応》が導いた選択が、
一つでも遅れていれば、
誰かが欠けていた可能性は十分にあった。
――次も、同じとは限らない。
その感覚が、胸の奥に重く残っている。
「……今日は、休もう」
エリオの言葉に、誰も異論を唱えなかった。
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一方、王都では。
勇者一行からの報告が、
すでに上層へと届いていた。
「魔王軍幹部級と見られる魔族と交戦、撃退」
「敵は明確な指揮能力を持ち、
周囲の魔族の動きを統制していたとの報告です」
「勇者側の損耗は軽微」
「進軍、継続可能」
簡潔にまとめられた報告書を前に、
王国の重臣たちは満足げに頷いている。
「やはり、勇者は期待通りだな」
「幹部を退けたとなれば、魔王軍も動揺するだろう」
聖教会の高位聖職者も、同意するように言った。
「神の導きが、正しさを証明したのです」
「この戦いは、正義の側が勝つ戦争だと」
異論は出なかった。
この戦果は、
“完全な勝利”として整理された。
その評価は、すぐに街へと流れた。
酒場では勇者の名が囁かれ、
掲示板には「魔王軍幹部撃退」の文字が躍る。
人々は胸を撫で下ろし、
未来を語り始めた。
「もう、終わりが見えてきたな」
「やっぱり勇者は違う」
誰もが、安心を欲していた。
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だが、その同じ夜。
勇者一行の野営地では、
誰もが静かに眠りにつきながらも、
心のどこかで理解していた。
あの戦いは、
“勝利”と呼ぶには、あまりにも重かった。
そして――
あの将格の魔族は、
まだ生きている。
焚き火の火が小さく弾ける音だけが、
夜の静けさの中に残っていた。
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魔王国領、前線より一段奥。
《血戦公》ヴァルガスは、
報告を終えると静かに鎧を外した。
肩口に刻まれた傷は深いが、
動きを阻むほどではない。
「想定より、勇者はよく動いた」
低く落ち着いた声に、側近の魔族が身を正す。
「では……敗北、でしょうか」
ヴァルガスは即座に首を横に振った。
「違う」
短い否定だった。
「我らは“退いた”だけだ」
「勇者の判断、反応、連携――すべて確認できた」
彼は腰を下ろし、続ける。
「次は、同じ形にはならん」
「向こうは“勝ったつもり”でいる」
「ならば、それを利用する」
それは敗将の言葉ではなかった。
戦争を、工程として捉える者の口調だった。
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少し離れた魔導区画。
《変成卿》アグリオスは、
宙に展開された魔導図を眺めていた。
刻々と変化する戦況表示を、
興味深そうに目で追っている。
「……ふむ」
その声には、落胆も焦りもない。
「勇者の判断は的確」
「だが、能力の使い方が偏っている」
指先で図をなぞりながら、淡々と分析する。
「ヴァルガスが退いたのは正解だ」
「彼らは“勝ち筋を学んだ”つもりでいる」
アグリオスは、ふと指を止めた。
「問題は――」
その続きを、言葉にすることはなかった。
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同じ頃。
王都・王国ギルド
夜も更け、執務室の明かりはまばらだった。
アルトは机に広げた報告書から、
静かに目を上げる。
「……戦果の並び方が、出来すぎている」
被害は少なく、判断も的確。
数字だけを見れば、非の打ち所はない。
だが――
歴史の中で、こうした“整いすぎた勝利”は、
往々にして次の局面を隠してきた。
「敵は、生きている」
それが、この報告書の中で最も軽く扱われている
事実だった。
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「まだ見てたの?」
扉口から声がして、アルトは振り向いた。
立っていたのは、
ギルド統括受付嬢のレイナだった。
「上は、もう祝勝気分だよ」
「酒場じゃ、勇者の話でもちきり」
アルトは報告書を差し出す。
「現場は、そんな余裕じゃない」
レイナは目を通し、ふっと鼻で笑った。
「……撃退、ね」
「勝ったって言われてるけどさ」
「“終わった”感じは、全然しないでしょ」
「ああ」
アルトは頷く。
「勇者は、よくやっている」
「だが、敵は引いただけだ」
レイナは腕を組む。
「だったら、なおさらだよ」
「完全勝利なんて言い切るのは、早すぎる」
アルトは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……君も、そう思うか」
「思うに決まってるでしょ」
「ギルドで、この手の“勝ち方”は何度も見てきたんだから」
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
窓の外では、王都の灯りが穏やかに揺れている。
人々は安心し、未来を語っている。
「まだ、動く段階じゃない」
アルトが言う。
「でも、準備は必要だね」
レイナが即座に返した。
言葉はそれ以上、必要なかった。
同じ戦争を、
勇者は「切り抜けた戦い」として受け止め、
王国は「完全な勝利」として祝福し、
魔王国は「予定通り」として整理する。
そして、主人公たちは――
まだ、表には出ない。
「……これは、序盤だ」
アルトのその言葉だけが、
静かな夜に残った。




