第12話 同じ戦争を、違う意味で
「人族の勇者が、動いている」
魔帝国、深奥。
玉座の間に展開された魔法陣が、
静かに光を帯びていた。
魔皇帝リリスは、その中央に立ち、
遠く離れた魔王国の様子を“視て”いる。
音は届かない。
見えるのは、空間と魔力の流れ、
そして、そこに立つ者たちの振る舞い。
――動き始めた、ね。
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魔王国の玉座の間。
そこでは、魔王アモンが
側近たちを前に立っていた。
「人族が進んでいるそうだな」
側近の一人が、進軍状況を報告する。
「勇者を中心に、各地を制圧しつつあります」
「魔王城までは、そう遠くありません」
アモンは、戦況図に視線を落としたまま言った。
「理由を欲しがるのが、人族の悪い癖だ」
「英雄、使命だのを掲げて」
「自分たちは正しいと、信じたがる」
「だが、世界はそんなものを必要としない」
「残った側が、世界を定義する」
「それだけだ」
「勇者が現れた?」
「ならば、倒す」
「それ以上でも、それ以下でもない」
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リリスは、その光景を見つめながら、
わずかに目を伏せた。
――やはり、そう判断する。
魔王アモンにとって、これは排除だ。
勇者にとって、これは救済だ。
そして――
世界にとっては、ただの過程に過ぎない。
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その頃。人族領、北方街道。
勇者一行は、確かな手応えを感じていた。
「魔物、少なくなってきてるな」
「逃げてるだけだろ」
「魔王軍も、限界ってことだ」
勇者エリオは、前を見据えながら頷いた。
確かに、進軍は順調だ。
戦いは、想定よりも軽い。
「このまま行けば、魔王城は近い」
「思ったより、早いな」
誰もが、疑わなかった。
自分たちは正しい。
この戦争は、世界を救うためのものだと。
だが。
彼らの背後で、森が静かに揺れていることに、
誰も気づいていない。
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再び、魔帝国。
遠隔観測の魔法陣を前に、
リリスは、ほんのわずかに目を伏せた。
(……同じ戦争を)
(彼らは、まったく違うものとして見ている)
魔王アモンにとっては、排除。
勇者にとっては、救済。
だが世界は、
そのどちらにも、意味を与えていなかった。
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魔族領へと続く山道は、
想像していたよりも静かだった。
勇者一行は、慎重に進みながらも、
内心では違和感を覚えていた。
「……思ったより、抵抗がないな」
前衛が、周囲を警戒しながら呟く。
「罠もないし、伏兵もいない」
「魔王軍、引いてるのか?」
エリオは、地図を確認しながら答える。
「無秩序には見えない」
「補給路も、撤退線も整理されている」
それは、逃走ではなかった。
整理された後退。
「魔王は、時間を稼いでる?」
誰かがそう言った。
だが、エリオは首を振る。
「違うな」
「迎え撃つ場所を、選んでる」
一行は、さらに奥へと進む。
道中で遭遇する魔物は、確かに減っていた。
だが、それは弱体化ではない。
配置転換だった。
「……全部、正面衝突を避けてる」
斥候のティオが戻り、報告する。
「小競り合いはあるけど」
「致命的な戦闘は、起きてない」
勇者一行は、戦果を積み上げていた。
負傷者は少ない。
士気は高い。
「順調だな」
誰かが、そう言った。
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
だが同時に、
その“順調さ”が、どこか不自然であることも、
誰もが薄々感じていた。
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王都、魔導士協会の上層階。
夜の静けさの中で、
セフィラは一人、机に向かっていた。
魔力の流れは安定している。
瘴気の濃度も、許容範囲。
魔法理論上、異常と呼べるものはない。
どれも、数値としては問題がない。
だが、今進んでいる魔王討伐は、
まるで教科書通りに再現された
“模範戦例”のようだった。
「……綺麗すぎる」
思わず、そう呟いた。
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その夜。
簡易的な陣を張り、火を囲む。
「魔王城を囲む防衛線までは、二、三日」
「そこから先は……未知数だ」
「想定より早いな」
勇者エリオは、炎を見つめながら頷いた。
「ここまで来たら、引き返す理由はない」
誰も異を唱えなかった。
勇者の判断は、常に正しかった。
少なくとも、これまでは。
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魔王国では、同じ進軍を“確認”していた。
「人族は、予定通り動いています」
側近の報告を聞き、魔王アモンは頷く。
「補給も維持」
「士気も高い」
「迎撃地点は?」
アモンが問いかける。
「第三防衛線にて、準備を完了しています」
「正面から、受け止めます」
アモンは、戦況図に指を置いた。
「逃げる必要はない」
「削る必要もない」
「正面から、叩く」
それは、魔王としての判断だった。
「勇者は、勝っていると思っているだろう」
「それでいい」
「戦争とは、認識の勝負だ」
「先に“勝った”と思った側が、隙を見せる」
側近たちは、静かに頭を下げる。
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再び、勇者一行。
夜が明け、進軍を再開する。
「……静かすぎるな」
誰かが、ぼそりと呟いた。
勇者エリオは、剣の柄に手をかける。
「警戒は続ける」
「だが、止まる必要はない」
誰も知らない。
この戦争は、
すでに“次の段階”へと進みつつあることを。




