第9話 悪徳セールスマンと、魔王軍式クレーム対応
商売において、「客を選ぶ」という行為は贅沢とされる。
だが、あえて言わせてもらおう。客側もまた、飛び込む店を選ぶべきだと。
特に、店員が元魔王軍幹部で、常連客が破壊兵器であるような店には、間違っても詐欺を働こうなどと思ってはいけない。それは自殺行為と同義だ。
平日の午後。
店に、やけに愛想のいい男が入ってきた。
揉み手、高いスーツ、そして胡散臭い笑顔。訪問販売員だ。
「いやあ、こんにちは! 実に素晴らしいお店ですねえ! 繁盛のオーラを感じますよ!」
「そうですか。うちは間に合ってますので」
俺が即座に追い返そうとすると、男は強引にカウンターに風呂敷を広げた。
「そう言わずに! 今日は店長さんに、とっておきの『開運アイテム』をお持ちしたんです。この壺なんですがね……」
出た。壺だ。
古典的すぎて逆に感心するレベルの詐欺だ。
「この『聖女の涙壺』を置くだけで、商売繁盛、無病息災! 今なら特別価格、金貨100枚でご提供します!」
「いりません。帰ってください」
「まあまあ! 実はですね、この壺を買わないと……この店に『不幸』が訪れるという予言が出ておりましてね……ヒヒッ」
男が脅し文句を口にした、その時だ。
「……ほう? 不幸、か」
厨房から、冷ややかな声が響いた。
ヴァネッサだ。彼女は濡れた皿を拭きながら、音もなく男の背後に立っていた。
「おい貴様。その壺がどうしたと?」
「ひっ!? い、いやあ、この壺がないと、悪い霊が寄ってきて店が傾くというか……」
「霊だと? 笑わせるな」
ヴァネッサが素手で壺の口を掴み、軽々と持ち上げた。
「……ふむ。鑑定したところ、これはただの素焼きの壺に、低級な『幻惑魔法』を付与しただけの粗悪品だな。原価は銅貨3枚といったところか」
「なっ……!? き、貴様なにもんだ!」
「さらに言えば、店に不幸が訪れるだと? 我が軍団の『呪術師団』ですら、私にそんな口を利いた者は翌日に灰になっていたぞ」
ヴァネッサの瞳が赤く発光する。
セールスマンは後ずさりした。だが、退路は既に断たれていた。
入り口のドアの前に、サングラスをかけたミアが立っていたからだ。
「……(じーっ)」
「な、なんだこのガキは! どけ!」
男がミアを突き飛ばそうと手を伸ばした瞬間、ミアが懐から杖を取り出した。
そして、無言のまま男の足元を指差す。
ジュッ……!
男の靴のつま先、わずか数ミリ前の床が、高熱のビーム(極小規模)で焦げた。
警告射撃だ。
「ひいいっ!?」
「……(コクリ)」
ミアが頷く。「次は当てる」という意思表示だ。
前門の爆裂魔法使い、後門の元魔族。
セールスマンは完全に包囲された。
「店長さん! なんですかこの店は! 暴力反対! 消費者センターに訴えますよ!」
「いや、お前が言うなよ」
俺はやれやれとため息をつき、ヴァネッサに目配せをした。殺すなよ、絶対に殺すなよ。
「チッ……命拾いしたな、下郎」
ヴァネッサは凄味のある声で囁くと、手に持っていた壺を指先一つで粉々に握りつぶした。
パリン、ではなく、ボフッという音がした。握力がおかしい。
「失せろ。私の視界から消えるのに三秒以上かけたら、その脂肪を燃料にキャンプファイヤーをするぞ」
「い、いち、に、さん……ひぎゃあああ!!」
セールスマンは泡を食って逃げ出した。その速度たるや、アルドにも匹敵するほどだった。
店に静寂が戻る。
俺はカウンターに残された壺の破片(粉末)を掃除しながら、ヴァネッサに言った。
「……ヴァネッサ」
「なんだ店長。礼ならいい。害虫駆除も業務の一環だ」
「違う。握りつぶしたその粉、ちゃんと片付けろよ」
俺たちの店には、「不幸」なんて生ぬるいものは訪れない。
なぜなら、ここが既に災害の中心地だからだ。




