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第4話 求人倍率1倍、ただし応募者は魔界から


 店を経営する上で、最も重要なリソースは何か。

 金? 立地? 味?

 いや、違う。この店に限って言えば、それは「建物の耐久度」と、俺の「精神的なSAN値」だ。


 先日の「プリン戦争」による被害は甚大だった。壁にはヒビが入り、カウンターは焦げ、俺の胃には穴が開いた。

 このままでは、過労死か建物の倒壊か、どちらが先かというチキンレースになってしまう。

 そこで俺は、断腸の思いで決断した。

 アルバイトを雇おう。

 それも、アルドや村長のような劇物ではなく、清涼剤のような常識人を。


 俺は店の前に張り紙を出した。

 『急募:店員。業務内容:接客と掃除。条件:日本語が通じること。物理攻撃を行わないこと。爆発しないこと』

 条件のハードルが低すぎて涙が出てくるが、これがこの村の現実だ。


 数時間後。

 俺の祈りが通じたのか、店の扉がノックされた。

 壊すのではなく、ノックされたのだ。この時点で合格にしてもいい。


「失礼する。ここで兵士……いや、店員を募集していると聞いたのだが」


 入ってきたのは、黒いドレスに身を包んだ、冷ややかな美貌を持つ女性だった。

 長い黒髪、深紅の瞳。背筋は定規のように伸びており、その所作は優雅そのものだ。

 キタコレ。俺は心の中でガッツポーズをした。こういうクールビューティーな看板娘こそ、この店に必要なのだ。


「いらっしゃいませ。面接希望ですね? どうぞお掛けください」

「感謝する」


 彼女は席につくと、懐から履歴書を取り出し、テーブルに置いた。

 俺は何気なくそれに目を通し――そして、二度見した。


 【氏名】ヴァネッサ・ドラグノフ

 【前職】魔王軍第4軍団・殲滅部隊総隊長

 【特技】焦土作戦、拷問、ラテアート(練習中)

 【志望動機】人間という種の生態を内側から観察し、効率的に支配するため


 俺は静かに履歴書をテーブルに置いた。

 そして、笑顔で彼女に告げた。


「不採用です。お帰りください」

「なぜだ? 貴様の喉笛を喰いちぎる前にお茶を出すスキルには自信があるぞ」

「接客業の定義を根本から履き違えてるよ君!」


 ヴァネッサと名乗る元・魔族の幹部は、不満げに眉をひそめた。


「待て。私を雇うメリットは大きい。例えば、無銭飲食をする輩がいれば、その一族郎党を根絶やしにできる」

「警察を呼べ警察を! 過剰防衛どころかジェノサイドだ!」

「掃除も得意だ。店内のゴミを『闇の次元』に放り込めば、焼却の手間も省ける」

「その際、誤って客まで次元の彼方に飛ばさない保証はあるのか?」

「……努力する」

「目を逸らすな!」


 だめだ、こいつもあっち側の住人だ。

 俺が丁重にお引き取り願おうとしたその時、最悪のタイミングでいつもの連中が入ってきた。


「おっ、ケンヤ! 新入りか?」

「……(じーっ)」


 アルドとミアだ。二人はヴァネッサを見るなり、何かを感じ取ったらしい。

 アルドが大剣に手をかけ、ヴァネッサも瞬時に殺気を放つ。


「へえ……いい殺気だ。面白え、採用試験なら俺が相手してやるよ!」

「ふん、人間風情が。私の『接客(戦闘)』に耐えられるかな?」

「やめろ! 店の中で殺し合いを始めるな! ここはコロシアムじゃない!」


 俺の制止も虚しく、アルドが殴りかかり、ヴァネッサが漆黒の魔力で応戦しようとする。

 その時だ。


「……(スッ)」


 ミアが無言で二人の間に割って入った。

 そして、ヴァネッサの履歴書の『特技:ラテアート(練習中)』という項目を指差した。


「……(期待の眼差し)」

「む? なんだ小娘。私のラテアートが見たいのか?」

「……(コクコク!)」

「フッ、よかろう。見ていろ」


 ヴァネッサは殺気を収めると、カウンターに入り(勝手に入るな)、見事な手つきでカフェラテを淹れた。

 そしてミルクを注ぎ、表面に描かれたのは――


 『ドクロマーク』だった。


「どうだ。飲むと死ぬぞ、という警告を芸術的に表現してみた」

「……(パチパチパチ!)」


 ミアがスタンディングオベーションを送っている。なぜだ。

 それを見たアルドも「へへ、骨のある奴じゃねえか」と勝手に納得している。


「よしケンヤ! こいつは合格だ! 採用しようぜ!」

「なんでお前が決めるんだよ! あとドクロのラテをお客様に出せるか!」


 だが、多勢に無勢。

 こうして、俺の店には「殲滅部隊総隊長」という、どう考えても喫茶店に不要な肩書きを持つウェイトレスが加わることになった。


 彼女がエプロンをつける姿を見ながら、俺は思う。

 『いらっしゃいませ』が『死ね』に聞こえないよう、教育するのに何年かかるだろうか、と。

 

 安寧な日常は、また一歩、遠のいたのだった。

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