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第2話 闇鍋というより、それはもはや錬金術


 日本人のDNAには、「寒い日には鍋を囲むべし」という情報が深く刻み込まれている。

 それは異世界に来ても変わらない。

 店の営業が終わり、外には冷たい風が吹き荒れる夜。俺は土鍋に昆布で出汁を引き、慎重に白菜と鶏肉を並べていた。求めているのは「調和」だ。具材たちが互いの味を引き立て合い、一つの宇宙を作り出す。これぞ平和の象徴。俺は一人静かに、この小宇宙コスモを堪能するつもりだった。


 ……そう、「つもり」だったのだ。


「鍋パと聞いて!!!」


 バン! という破裂音と共に店の扉が開く。鍵はかけていたはずだが、どうやらアルドの辞書に「解錠」という言葉はなく、「破壊」という同義語が記されているらしい。


「一言も言っていないし、鍵を壊すな」

「いやあ、匂いでわかったぜ! ケンヤ、水臭いぞ! 鍋なら俺も具材を持ってきたんだ!」


 アルドがドン、とテーブルに置いたのは、紫色の根菜だった。

 一見すると巨大な大根のようだが、問題なのはその根菜に「苦悶の表情を浮かべた人間の顔」がついていることだ。


「マンドラゴラだ! 滋養強壮にいいらしいぞ!」

「ギャアアアアアア!!!」

「叫んでるじゃないか。鍋に入れる前に俺の鼓膜が死ぬ」


 俺がマンドラゴラの口にふきんを詰め込んで黙らせていると、今度は窓ガラスがコンコンと叩かれた。

 窓の外には、ゼグラム村長が浮いている。……浮いている? いや、よく見るとミアが風魔法で村長を運んできたらしい。不法侵入の手段が高度すぎる。


「お主ら、ワシを仲間外れにするとは何事か!」


 窓を開けるなり、ゼグラム村長がズカズカと上がり込んできた。その後ろから、ミアがコクリと無言で挨拶し、勝手知ったる様子でコタツ(俺が開発した魔道具)に潜り込む。


「村長、あんたエルフだろ。肉とか食っていいのか?」

「馬鹿者! エルフといえど、美味いものは食う! それにワシは『鍋奉行』の資格を持っておる」

「どこの国家資格だそれは」

「ええい、五月蝿い! ワシからの差し入れはこれじゃ!」


 村長が懐から取り出したのは、どう見ても「ただのコケ」だった。


「『千年樹の苔』じゃ。これを煎じて飲むと寿命が延びる」

「出汁が濁るだろ。あと俺は人間だから千年生きると困るんだよ」


 俺の抗議は無視され、苔は鍋に投入された。

 アルドがマンドラゴラ(まだ少し呻いている)をブチ込み、鍋の中は一瞬にして「魔女の秘薬」のような紫色に変色した。


「……(キラキラ)」


 ミアが目を輝かせて、杖を取り出す。

 嫌な予感がした。


「おいミア、何をする気だ」

「……(着火)」

「待て、カセットコンロがあるから! お前の爆裂魔法で着火したら店が吹き飛――」


 ボォォオオオオオン!!


 俺の制止は間に合わなかった。

 ミアが放ったのは、極小規模の「地獄の業火ヘルファイア」。土鍋の下で、青白い炎が揺らめいている。いや、揺らめくどころか、土鍋が赤熱し始めている。


「火力が強すぎる! 鍋が溶ける! むしろテーブルが燃えてる!」

「ガハハ! 男料理って感じでいいな!」

「ワシの苔が! 貴重な成分が蒸発してしまうではないか!」

「……(フンス!)」


 カオスだ。

 マンドラゴラの断末魔、苔から立ち上る異臭、そして地獄の炎で煮えたぎる紫色の液体。

 俺が夢見た「平和の象徴」は、今や「生物兵器の培養槽」へと成り果てていた。


「よし、煮えたな! いただくぜ!」


 アルドが躊躇なくその毒沼のような液体を掬い、口に運ぶ。

 こいつの味覚と胃袋はどうなっているんだ。


「……む! これは!」


 アルドが目を見開く。


「不味い!!!」


 当たり前だ。


 結局、その夜の俺たちは、鍋の処理(という名の廃棄作業)と、ボヤ騒ぎの後始末に追われることになった。

 空になった土鍋を見つめながら、俺は思う。

 具材の調和? そんなものは幻想だ。この世界にあるのは、混ぜるな危険の化学反応だけらしい。


 やれやれ。俺の胃袋に平穏が訪れるのは、まだ当分先のことになりそうだ。

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