表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

第14話 露天風呂、あるいは裏庭に活火山を生成する方法


 日本人のDNAには、二つの「抗いがたい欲求」が刻み込まれていると言われている。

 一つは、白米への執着。

 そしてもう一つは、肩まで浸かる「熱い湯」への渇望だ。


 異世界に来て数ヶ月。シャワーと桶だけで済ませる日々に、俺の精神は限界を迎えていた。

 広い湯船で足を伸ばしたい。星空を眺めながら、「あー」と意味のない声を漏らしたい。

 いわゆる、露天風呂への憧れだ。


 幸い、店の裏手には手付かずの空き地がある。

 ここに穴を掘り、湯を張れば、簡易的ではあるがプライベート・スパが完成するはずだ。

 俺はスコップを手に取り、裏庭へと向かった。


 だが、俺は学習しない男だ。

 スコップを持つ俺を見て、「彼ら」が放っておくはずがないということを。


「おうケンヤ! 穴掘りか! 埋蔵金でも探すのか!」


 元気すぎる声と共に、アルドが現れた。

 彼は俺が持つスコップを、まるで爪楊枝のように頼りなく感じさせる極太の腕で指差した。


「違う。風呂だ。露天風呂を作るんだ」

「フロ? 身体を洗う場所か? 川に行けばいいだろ」

「野趣あふれる水浴びと、計算された温浴施設を一緒にするな。俺が求めているのは癒やしだ」

「よくわからんが、穴を掘ればいいんだな? だったら俺の出番だ!」


 止める間もなかった。

 アルドが地面に拳を突き立てる。


「必殺! 『大地粉砕・ドリル・インパクト』!!」


 ズガガガガガ!!

 

 工事現場の重機のような音が響き、土砂が噴水のように吹き上がった。

 数秒後。

 そこには、俺が想定していた「大人が三人入れるくらいの穴」ではなく、地下シェルターとしても深すぎる巨大なクレーターが出現していた。


「どうだ! これなら100人入れるぜ!」

「深すぎるわ! 底が見えないぞ! 落ちたら這い上がれない『アリ地獄』を作ってどうする!」


 俺が文句を言おうとしたその時、穴の底からボコボコという不穏な音が聞こえてきた。

 そして、急激に周囲の気温が上昇する。


「……ん? なんか赤いのが出てきたぞ?」


 プシューッ!!

 穴の底から噴出したのは、温泉ではない。

 ドロドロに溶けた、灼熱のマグマだった。


「お前、どこまで掘ったんだ」

「地殻まで届いちまったかな? ガハハ、天然の暖房だぜ!」

「笑い事じゃない! 裏庭に活火山を作った責任をどう取るつもりだ! 家が燃える!」


 マグマの熱気で、裏庭の植木が自然発火し始めた。

 このままでは露天風呂どころか、火葬場になってしまう。


「……暑苦しいな」


 そこへ、涼やかな声と共にヴァネッサが現れた。

 彼女は煮えたぎるマグマの池を見て、フンと鼻を鳴らす。


「店長。温度調節なら私に任せろ。この程度の地熱、魔界の氷結呪法で適温にしてやる」

「頼む! 急いでくれ! 店の壁が焦げ始めている!」

「承知した。……『絶対零度コキュートス』」


 カキンッ!!


 ヴァネッサが指を鳴らした瞬間、マグマが一瞬で凍りついた。

 いや、マグマだけじゃない。周囲の空気ごと凍結し、裏庭は一瞬にして南極と化した。

 俺の眉毛にも霜が降りる。


「……やりすぎだ」

「む? 少し冷やしすぎたか。だが、熱湯よりはマシだろう」

「極端なんだよ! 灼熱の次は極寒か! 俺は『いい湯加減』という概念を教えてやりたい!」


 溶岩プレートの上でガタガタ震える俺を見て、最後にミアが動いた。

 彼女は杖を振り、空中に巨大なゲートを開く。


「……(湯張り)」


 彼女の意図は理解した。

 どこかの水源から、適温の湯を転送してくるつもりなのだろう。

 だが、俺は忘れていた。

 彼女の魔法には、常に「過剰な付加価値」がついてくることを。


 ザッパァァァァァ!!


 ゲートから落下してきたのは、確かにお湯だった。

 だが、その水圧がおかしい。滝だ。いや、ダムの決壊だ。

 しかも、湯の中に何かが混ざっている。


「……おいミア。あの中で泳いでいる、あの巨大な触手は何だ」

「……(深海直送)」

「深海!? 海底火山の熱水を直引きしたのか!? 水圧で体がミンチになるわ!」


 ドォォォォン!!

 

 激流が凍ったマグマの穴に注がれ、急激な温度変化により爆発的な水蒸気が発生した。

 視界が真っ白に染まる。

 サウナなんて生易しいものではない。蒸し焼きだ。


「ぐわぁぁぁ!! 熱い! 冷たい! 息ができない!」

「おお! これがサウナか! 肌がピリピリして気持ちいいぜ!」

「フッ……この硫黄の匂い、魔界の毒沼を思い出すな……」

「……(美容にいい)」


 もう駄目だ。

 マグマと絶対零度と深海水圧のハイブリッド。

 完成したのは露天風呂ではなく、「処刑用釜茹で装置・改」だった。


 数時間後。

 蒸気が晴れた裏庭には、奇妙な色の湯(毒沼カラー)を湛えた巨大な池と、ボロボロになった俺だけが残された。


 俺は、誰もいない(逃げた)湯船の縁に腰掛け、足先だけを浸してみた。

 熱いし、肌がピリピリするし、時折深海魚が跳ねる。


「……いい湯だな、アハハン」


 俺は虚ろな目で、前世の歌を口ずさんだ。

 涙は流していない。湯気で顔が濡れているだけだ。そう思うことにした。


 結論。

 異世界スローライフにおける「入浴」とは、命の洗濯ではなく、命懸けのみそぎである。

 俺は明日から、大人しくタライと水で体を拭くことにしようと固く誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ